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ここまで読んでみてどう思った?思ってた貴族の生活と違う。貴族ってもっと遊んで暮らせたんじゃないの?と思った?もちろん遊ぶこともある。
中世ヨーロッパの貴族たちは、何を娯楽にしていたのだろうか。娯楽の種類は色々あるのだが、その前に当時の貴族たちの身の上について少しおさらいしておく。
貴族たちの主な仕事は、領土の防衛。戦争の際の拠点にするために、貴族たちは小高い山の頂上や崖の上に城を築き、そこで暮らしていた。このことから想像がついた方もいるかもしれないが、貴族は外部と遮断された生活を送っている。山の頂上や崖の上だから、気軽にお出かけというわけにはいかない。
しかし貴族たちも人間。刺激が欲しい。
外部との交流が乏しい貴族たちは、宴会や娯楽に飢えていた。そのため祝祭や婚礼などは、宴会を設けるための良い口実になったと言われている。
では宴会の際には、どのようなことが行われただろうか?そこには我々の常識では考えられない光景が。
楽しい宴の時間。大勢の音楽家や歌手による演奏や、芸人たちのパフォーマンスが披露され、宴会は大変盛り上がっている。きっと多くの人がイメージするような貴族たちの姿がそこにあった。
しかし驚くのはその後……。なんと宴会に、生きた豚が入ってきた!これはどういうことだろうか?実はこれ催し物の一種。生きている豚を狩りの獲物に見立てて、それを捕まえる様子を見て楽しむというもの。このような強烈な催し物は、当時の貴族たちを大いに楽しませた。
また宴会の席以外でも、様々な娯楽を堪能していた。ボーリングやチェス、すごろくなどのゲーム。そしてギャンブルも、当時の貴族たちを熱狂させたという。また、ゴルフのような球技や鬼ごっこも楽しんだという記録が残っている。鬼ごっこって、ちょっと可愛い。
そして当時の貴族たちに、最も人気だった娯楽があった。それが|馬上槍《ばじょうやり》試合だ。
現代では全く聞かない名前のこの娯楽。なのだか、ある形で現代に受け継がれている。
どういうことかというと、大勢で馬上槍試合を行う行事のことをトーナメントと呼ぶ。そう。現在のスポーツに使われるトーナメントという言葉は、馬上槍試合に由来している。
その内容は名前の通りで、馬に乗った状態で槍を使い相手を落馬させるというもの。そして試合が開かれるとなると貴婦人たちの応援があり宴会も同時に開かれたという。
使用した槍は、トーナメント用に先端を丸くしたもの。ゾッとすることに、馬上槍試合が始まった当初は実戦と同じものを使用されていたと言うが、ほとんどの場合は先端を丸くしたものを使用していた。
中世ヨーロッパの貴族たちの間で、馬上槍試合は絶大な人気を誇っていた。しかし人気が白熱しすぎたせいか、事故が多かったのも事実。
一対一の個人戦だけでなく複数対複数の団体戦も行われていたが、特に団体戦の事故が多かったようだ。実際に馬上槍試合が原因で、死亡する事故も多発していた。
16世紀。フランス王のアンリ二世は、馬上槍試合が元となり亡くなってしまったとされている。また馬上槍試合が原因で疲弊してしまう貴族もおり、これが問題視されて度々禁止令が出されるようになった結果、中世以降馬上槍試合は衰退していった。
中世ヨーロッパの貴族は外の世界から隔離された城の中で、限られた娯楽を楽しんでいる。このような環境においては、馬上槍試合のような刺激的なイベントが求められていた。
そして馬上槍試合の他にも、中世ヨーロッパの貴族たちが求めてやまないある人々がいた。それは吟遊詩人である。様々な国を旅しながら、音楽を作り演奏する吟遊詩人たち。彼らは度々山の頂上にあるお城までやってきては、貴族たちに詩や音楽で楽しませる。そして外の世界から切り落とされた生活を送る貴族にとって、外の世界からやってくる吟遊詩人たちは様々な恩恵を与えてくれる存在だったと言われている。
彼らが歓迎されるのは、その一つはもちろん音楽だ。これまで書いた通り、中世ヨーロッパの貴族は娯楽に飢えていたことは重々書いた通り。そして例に漏れることなく、音楽も娯楽として大変喜ばれていた。貴重な娯楽を与えてくれるというだけでも、吟遊詩人たちは貴族にとって重要な存在だ。しかしそれ以外にも非常に重要な役割が、当時の吟遊詩人たちにはある。
先ほど書いたように、吟遊詩人たちは様々な地方を旅しながら音楽を演奏した。そのため、彼らは様々な場所の風景や人々の暮らしを見てきている。つまり当時の貴族にとって吟遊詩人たちは、外部の状況を知るための重要な情報源となっていた。
楽しい音楽を演奏するのに加えて他の城の状況などの外部の情報を教えてくれる彼らは、貴族にとって大変重要な存在だったと言える。
また吟遊詩人たちは数日間城に滞在した後、また別の場所へ行って、その先にいる人々に自分のことや城の様子を話して聞かせた。その際自分の悪い評判が立たないように、貴族は吟遊詩人たちを手厚くもてなしたとも言われている。
つまり当時の吟遊詩人たちは貴族にとって娯楽であり情報源であり、そして自分の宣伝役でもあった。
このような理由から吟遊詩人たちが城に訪れると、中世ヨーロッパの貴族は大喜びで彼らを招く。
よっか
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#一次創作
ruruha
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コメント
1件
わあ、面白かったです…!中世の貴族って「遊んで暮らしてた」イメージがありましたけど、実際は山の上の閉鎖空間で娯楽に飢えてたんですね。生きた豚を狩りの真似事に使う催しとか、鬼ごっこが人気だったとか、想像と現実のギャップが楽しかったです。特に吟遊詩人が「娯楽」「情報源」「宣伝役」の三重の役割を担ってたっていうのは、なるほどなあと膝を打ちました。サトルさんの史実の掘り下げ方、好きですよ🌷