のちにダンジョンと呼ばれる巨大な構造物が世界各国に突然現れた。
ダンジョンの中には未知の生物、鉱物、植物が存在しており、それを手に入れて売って生活を立てる者達をダンジョンハンターと呼ぶ。
◇◆◇◆
薄暗い荒野を明かりも持たずに歩く少女。
さらさらとした髪をうなじ辺りで一纏めにし、その睫毛はぱっちりとした瞳を強調する。さらに、雪のように白く、触れれば簡単に折れてしまいそうな華奢な身体。
「やっと知ってる場所に来れた」
《ここまで長かった》
《やっとお家に帰れるね》
ライブ配信を見ているリスナーからも、安堵の様子がコメントから伝わってくる。
「よいしょ」
輝夜は歩き疲れたのか、肩に掛けていた鞄を地面に置いて、その隣に腰を下ろして休憩する。鞄からブロック状の携帯食料を取り出して口に咥える。
この少女の名は朱月輝夜(あかつきかぐや)。
『ようやく家に帰れるわね』
輝夜の髪の中から、小さな羽根の生えた少女が出てくる。妖精という言葉が最もしっくりと来るだろう。
それは、大きな欠伸を一つすると、羽を広げて輝夜の頭の周りを飛び回る。この妖精の名はナディ。
「だねー、まさか地図をなくすとは」
『無くしたんじゃなくて、破いちゃったんでしょ。遺物を見つけたって、はしゃいだせいで。しかも遺物でもなんでもないただのガラクタ』
「はいはい、反省してますって」
輝夜は「仕方ないじゃん」という言葉をグッと飲み込んだ。言えばまた小言が返ってきそうだったからだ。
《保護者のお説教助かる》
《腕はいいのにそれ以外がな……》
《輝夜ちゃんが悪い》
コメント欄に目を向けても、誰も輝夜の味方をする者はおらず、輝夜は拗ねたように携帯食料の残りを一気に口に放り込んで水で押し流す。
休憩を終え、鞄を持って立ち上がると、突然大地が揺れる。
そして、輝夜の足元から人の何十倍も大きいミミズの様な生物が姿を現す。
それはギガワームと呼ばれるダンジョンの捕食者の頂点に位置する生物だ。
《ギガワーム!?》
《マジか、下層のモンスターなのに中層で出てくるの?》
《逃げてえええ》
《階層関係なく砂漠ならギガワーム出てくるぞ》
ギガワームはずらりと螺旋状に牙の並んだ口を広げると、真っ直ぐに輝夜達に襲いかかる。
「やっべ!」
輝夜は襲いかかってくるギガワームを見るや否や、ナディを掴み、鞄を抱えて一目散に逃げ出す。
『もうちょっと大切に扱いなさいよー!』
ナディは輝夜の腕を伝って肩まで登ると、耳元でそう叫ぶ。
「悪かったって」
耳をつんざくような金切り声に、輝夜は顔を顰めながらナディを宥めると、走りながら腰のホルスターに手を伸ばし、中から一丁のリボルバー拳銃を抜く。鈍く光を放つ銀色の幅広い銃身を掴み、弾倉外し、弾が入っているのを確認すると、素早く振り向いて銃を構え、ギガワームに狙いを定めて引金を引く。
三度、炸裂音が重なり、銃口から打ち出された鉛は、ギガワームの口から入り、その体を撃ち抜く。
ギガワームは怯み、大きく身を仰け反らせる。その隙に、さらに三発の弾丸をギガワームの胴体に撃ち込む。拳銃とは思えない程の破壊力で、大木並の大きさがある胴体に風穴を空ける。
ギガワームは激しく身を震わすと、糸が切れたように力なく倒れる。
《逃げてえええ(ギガワーム)》
《知ってた》
《今さらギガワームくらいで》
『やるじゃない』
「ま、伊達に修羅場は潜ってないってこった……でも今ので弾切れなので、次襲われたらマジでヤバい」
輝夜は空薬莢を排出しながらそう言う。
《え?》
《さらっとヤバいこと言った?》
《流石にそれはヤバい》
『なんで十分に補充してないのよ!?』
「すぐ帰るつもりだったから、別に迷子になる予定はなかったんだよ」
『あんたが地図破ったせいでしょうが!』
ナディは輝夜の顔の横まで飛んでいくと、頬を掴み思いっきり引っ張る。
《www》
《草》
《笑えない状況だけど笑うしかない》
「いひゃいいひゃいよ、頬を引っ張るなって」
『はぁ、本当にその何も考えないで行動するの、やめなさいよ』
「いやぁ、あはは」
『笑い事じゃ無いわよ! いっつもそうなんだから! 大体、命懸けって自覚がないのよ、アンタは!』
《説教タイム再び》
《仕方ない》
《戦闘しか取り柄がないから》
《輝夜ちゃんから、戦う術を奪ったら何も残らない》
二人が言い争い……というより、輝夜がナディに一方的に文句を言われていると、ギガワームの死体にある銃創から、七色の鉱石がこぼれ落ちてくる。
「あれ、これって」
輝夜はそう言うと、その鉱石を拾いナディに見せる。
『魔石ね。大方他の獲物と一緒に食べちゃったんでしょ』
ダンジョンで得らる鉱石やモンスターの素材をは、ひとつ数十万で取引される事もあり、遺物と呼ばれる代物であれば、数千万で取引されるものもある。
早い話、ダンジョンは稼げる。
強力で稀有な魔物を倒してその素材を売ったり、ダンジョン内にある資源を持ち帰って換金したり、運良く神器を手に入れれば、一財産を築ける。
それを狙って、多くの人間が一攫千金を狙ってダンジョンへと挑む。
「どう?」
『アンタが期待するような効果はないわね。売っちゃってお金に変えなさい』
ナディは、間近でその鉱石を観たり、軽く叩いて音を聞いたりした後に、笑いながらそう言った。
「まぁ、だよねぇ」
輝夜はため息を着くと、鉱石を鞄にしまい込む。
「僕が男に戻れる日は、いつ来ることやら」
輝夜はぐっと背伸びをして、配信に乗らない程の小声でボソッと呟く。
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