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依頼も終わり、俺たち三人は事務所へと帰宅した。

現在時刻は午前十一時。

渦人形の件から、まだ半日も経っていない。


俺にしてみれば、かなり濃い一日だった。

体力も気力もすり減って、立っているのもやっとの状態だ。

ほかの二人――神薙と霜月も、さすがに睡眠不足で目の下に隈を作っていた。


……それでも眠ることができないのは、目の前に積まれた“紙の束”のせいだ。


「報告書、まだ終わらないのか?」


デスクの向こうで、氷見が腕を組んで俺たちを見下ろしている。

なんでこの人、こんな時間にここにいるんだ。


遠方の依頼に行ってると聞いていたはずなのに、いつの間にか帰ってきていた。

しかも、依頼を完遂したうえに報告書もすでに提出済みだという。


「早く書け。寝るのはそれから。」


そう言って、氷見はコーヒーを片手にソファへと腰を下ろした。

まるで「終わるまで監視してやる」とでも言いたげな態度だ。


「……鬼かよ」

神薙がボソッと呟く。


「うるさい、聞こえてる。」


返ってきた声が、容赦なく冷たかった。

霜月はすでに机に突っ伏し、ペンを持ったまま動かない。


俺は、眠気で霞む視界の中、渦人形のことを思い出しながら、

報告書の一行目に震える手で文字を刻んだ。


『対象:渦人形 発生地点:T県山中別荘』


あの夜のことを、淡々と――けれど確かに記すために。



報告書を書きながら、ふと気になることを思い出した。

「あの猿……何だったんだ。」


俺の手が止まったのに気づいたのか、氷見が隣に腰を下ろした。

「猿?」


短く聞き返す氷見に、向かいの神薙が反応する。

「そういやいたな、猿。あの“おかっぱ頭”と同じとこに。」


「ほう。」

氷見の目がわずかに細くなる。

興味を惹かれた時の、あの癖だ。


「で、どっちが渦人形で、どっちが猿なんだ?」

「俺がおかっぱ頭。時雨が猿。」


神薙はそう言って、机に突っ伏して眠っている霜月の肩を軽く揺らした。


「んぅ……なぁに?」

眠そうに瞼を擦りながら顔を上げた霜月に、氷見が静かに問いかける。


「霜月、猿はどんな感じだった?」


「えっと……子供ぐらいの大きさで、毛むくじゃら。

あとは……鳴き声がうるさかったかな……」


思い出しただけでうんざりしたのか、霜月は顔をしかめる。

「確かに、あれは煩かったな……」

神薙が苦笑混じりに呟き、俺も深く頷いた。


氷見はしばらく黙り込み、思案するように腕を組んだ。

そして、ぽつりと呟く。


「その猿は――恐らく“ひょうせ”だろうな。」


その名前に、どこかで聞き覚えがあった。

頭の片隅を探るように思い返していると――


「「「あ」」」


三人同時に声を上げた。

渦人形の依頼ファイル。

あの茶封筒の中、資料の一番下に――確かに、その名が刻まれていた。


「……思い出したか。」

氷見が、呆れ半分の声で言った。


「恐らくは“周期”が重なり合ったんだろうが……それにしても、なぜ同じ空間にいたのか。」

顎に手を当て、しばし考え込む仕草を見せた氷見。

だが、何かに思い至ったように首を振り、すぐにその動作を止めた。


「――作業の手を止めさせてすまなかった。続きをやってくれ。」


その声はいつも通り淡々としているのに、どこか重い。

俺たちは返事をする気にもなれず、ただ黙って紙束を睨みつけた。


報告書の白い紙面に、まだ乾かぬインクが滲んでいく。

それがまるで、怪異の影が再び滲み出してくるように見えて――

俺は、ほんの少しだけ、ペンを握る手に力を込めた。



結局、報告書を書き上げたのは、それから約四時間が経過した頃だった。

達成感というより、もはや安堵。

この報告書が完成した時の喜びを、俺は一生忘れないだろう。


疲れきった俺たち三人は、それぞれの帰路につく。


「赤坂くん、ありがとね〜!」

控えめに手を振る霜月の横で、

「じゃ、またな。」

神薙は軽く手を上げ、背中を向けた。


キャラの濃い二人だったが、同時に強かった。

自分はまだ、あの背中にさえ届かない。

けれど、いつか――。


「俺も頑張らなきゃな。」


復讐を果たすために。

そして、彼らと肩を並べて戦えるようになるために。


遠ざかっていく二人の背中を見つめながら、

俺は静かに拳を握りしめた。























怪異事件ファイル No. 089


件名:渦人形(うずにんぎょう)

依頼人:某高校 部活動合宿参加者・匿名

調査担当:霜月探偵事務所/霜月・神薙・赤坂

作成者:赤坂 颯



【発端】


入社2日目、廻谷社長の指示により、神薙・霜月両名の業務見学を命じられる。

依頼内容は、T県山中の別荘で発生した「不審な笑い声」と「人形の残骸」に関するもの。

調査および怪異の鎮静を目的として現地へ向かった。



【経過】


▼ 天音宅訪問


出発前、同行者・神薙天音の起床を確認。霜月時雨による強制的な起床措置が実施された。

神薙の生活環境には改善の余地あり。


▼ 出発


神薙の運転で現地へ向かう。

目的地:T県某所の山中にある別荘。

移動時間:約7時間半。


途中、赤坂が別荘を発見。

建物外観は蔦に覆われ、窓は板で打ち付けられていた。

玄関の施錠はなく、容易に侵入可能であった。



【現場状況】


内部は荒廃し、家具や資料が散乱。

探索中、「ホホホホホ……」という不気味な笑い声が家中に響き渡る。

音源を追跡した結果、2階に顔のない子供のような存在を確認。


特徴:

• 目・鼻・口が空洞化

• 異様に長い首

• 首を振り乱し、視界を乱す行動を取る


この存在を「渦人形」と判断。



【交戦記録】


先行した神薙が渦人形と交戦。

相手は首を鞭のように振り回し、距離を詰めることを妨害。

神薙はこれを潜り抜け、胴部への一撃を加える。

直後、対象は内部から崩壊し、完全に消滅した。


同時刻、霜月は別個体の怪異(獣型)と遭遇。

子供ほどの背丈で、全身を血で濡らした猿のような外見。

霜月は和傘を使用。対象の血を傘に吸わせたのち、地面から無数の「手」が出現し、

怪異を拘束・圧壊。完全沈黙を確認。



【帰還および考察】


午前3時、現場鎮静を確認し撤収。

午前11時、事務所帰還。報告書作成中、氷見が現場での怪異について補足。


別荘内で確認された猿状の存在は「ひょうせ」である可能性が高いとのこと。

渦人形とひょうせが同じ空間に出現した理由は不明だが、

氷見の見立てによれば「周期的な重なり」が関係している可能性がある。



【結語】


渦人形およびひょうせの両個体の消滅を確認。依頼は完了。

ただし、ひょうせとの同時出現理由は未解明。

今後、類似事例発生時は同一地点での複合的怪異発生を前提に調査を行うことが望ましい。


――報告書提出者:赤坂 颯











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