作り上げられたオーラの形は、魔、いや、魔人、いいや魔王すら睥睨(へいげい)するかの様な、偉大な魔神の姿であった。
色彩の混ぜ合わせの妙(たえ)だろうか、黒々としたその身にマグマの様な溶岩じみた赤い色を纏(まと)いながら、体の所々に、デジタルチックなノイズに似た崩壊間際の光沢を浮かべた巨神は、その手に大きな杖を手にしていた。
杖は魔神の倍ほどもある細身の柄が長く伸び、先端には大きな秤(はかり)、天秤が意味有りげに揺らめいていたのであった。
上皿には分銅の様なものは何一つ乗っておらず、およそ秤(はかり)の用を為す様には見えなかった。
だというのに、天秤は何かを推し量るようにユラユラと揺らめき続け、やがて片方に大きく沈んでその動きを止めたのである。
オルクスの拙い声が沈黙を守り続けたその場を切り裂くように響いた。
「サバキ、ハ、クダサレタ、ヨ! アラタ、ナ、アフラ、マズダ、ノ、タンジョウ、ダヨ! サイテイ、ハ、クツガエル、コトナシ!」
天秤が深く沈んだ先に佇んでいた七大罪が、無邪気な顔を浮かべ、わぁ! と、一気にザワメキ立ったが、モラクスがそれを制しつつ言葉を放った。
「喜ぶのは後の楽しみにとって置くが良い、新たな徳よ、まずは宣言し、それぞれの魂に己の徳を刻みつけよ!」
淀みなく、自身の名と徳を宣言する元大罪達の声は、緊張を隠そうともせず、或いは喜び、或いは重責を怖れながら、揃って震え声であった。
「虚栄の大罪を返上し、今この時より『忠節の徳』の忠節のグローリアとして美しき物を我が同胞に伝えて参ります」
「元嫉妬のインヴィディア、今日より慈愛、『慈愛のインヴィディア』として過ごします、愛するものを愛するままに無垢な心で愛せますよう、身を捧げます」
「怠惰の罪でしたアセディアです、コユキ様の教えに従い『努力のアセディア』として、未だ目標に辿り着かぬ、努力中の魂、純なる心を守護いたします」
「暴食はダメだー、皆がそうならない様に分け合う心が大事だどぉ! おでは『節食のグラ』、独り占めより皆で分けた方が旨いんだどぉー!」
「憤怒はダメだよな! 俺は憤怒の前、直前までの忍耐をこそ重要視したい、よろしくな聖女さん! 『忍耐のイラ』だ、これから頼むぜ!」
「アタシは『慈善のアヴァリティア』、もと欲深かった強欲だよ…… これからは良い子の皆や頑張ってる皆に分け与えるんだ! やったぜ!」
「コユキ様、貴女様の教えによって皆、本来の自分が目指したものに近付けました、感謝致しますわ…… これよりは七人力を合わせ人々に二十一世紀に必要な徳を説いていきます! 貴女の美しい心に準じるように…… 我は『淫蕩の罪』改め、『母性の徳』、『母性のルクスリア』と、申します! うふふふ」
皆、緊張しながらも、一様に嬉しそうな表情を浮かべ、その視線はコユキに向けられていた、答えてコユキが口を開いた。
「なによぉ、あんたら、企んでたのね? 良かったじゃない選ばれてぇ!」
と……
善悪が言う。
「なに? こゆきちゃ、ん、ゴフンゴフン、コユキ殿の知り合いでござるか? まあ、願いが叶ったのであれば喜ばしい事でござるな」
と、喜びの祝辞を贈ったのだが……
この場には勝者とその友達、理解者以外も当然いたのである。
「お、おい! 俺達が負けただと、納得いかん! 再審査を求む!」
「そうだ! 説明も無く、ってか何の権利があって貴様等如き奴バラに決められなければならん! 異論有り!」
「受け入れないぞ! こんな茶番は断じて受け入れられん!」
だとか、主に槍の穂先の三匹のヘビチョロが騒がしい……
モラクスが一刀両断、ってな感じで言葉を遮るのであった。
「黙れ! 見苦しい! 我が兄、グリゴリによって裁定は下されたのだ! 裁定は覆る(くつがえる)事は無い! 大人しく大罪に戻り、己と向き合うのだっ! 元大徳共よ!」
普段は割りと無口な犬好きのパズスが後を引き継いで言葉を告げる。
「再審だと? 分かっているのか? 二度続けてサヴァトで負ければ、その瞬間に塵となって消えるのだぞ? 大罪とは言え霊的な存在のままの方が余程マシだろう。 それとも塵と化し、只の土塊(つちくれ)、命無きシリコーン、珪素(Si)として未来永劫過ごす事を選ぶと言うのか? 軽はずみな言葉はその身を滅ぼす事を知れ!」
端で聞いていると分かり易く、理路整然としたパズスの話を理解出来ない馬鹿はいないだろうと思えたが、元大徳の七人は居ないはずの馬鹿だったようだ、残念至極。
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