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渚の家は広く、物にあふれていたが、温もりはなかった。
父も母も、家にいる時間は少なかった。仕事と称して出かけ、時折帰ってきても、どこか他人のような距離を感じた。
「渚、いい子にしてた?」
母は微笑んでいたが、目はどこか遠かった。
「うん」
渚が頷くと、母は満足そうに髪を撫でて、すぐに部屋へと消えた。そのまま電話の声が聞こえる。「あなたに会いたかった」――優しく甘い声だった。でも、それは渚に向けられたものではなかった。
父も同じだった。携帯を耳に当てながら、時折見せる柔らかな表情。それを渚が知るのは、父が家の中にいる時ではなく、誰かと話している時だけだった。
食卓を囲むこともなかった。家族で過ごす時間は短く、ふと目が合っても、どこか遠くを見ているような目をしていた。
「パパ、ママのこと好き?」
ある日、何気なく聞いた。
父は一瞬黙り、すぐにいつもの笑顔を作った。
「もちろん」
嘘だと思った。母に同じことを聞いても、きっと同じ答えが返ってくるのだろう。
渚は気づいてしまった。大人は平気で嘘をつく。愛していないのに、愛してると言う。寂しいのに、寂しくないふりをする。
ならば、愛とはなんなのだろう。
知らなければよかった。知ってしまったからこそ、渚は愛を求めた。人の愛し方を知れば、自分も誰かに必要とされるのではないか。愛されるのではないか。
けれど、その方法がわからなかった。
だから、とにかく人に触れた。距離を縮めた。軽い言葉をかけ、誰かが自分を求めてくれることを願った。
それでも心の奥底では、いつも疑問がこびりついていた。
本当に、これは愛なのだろうか。
「渚…大丈夫?」
鈴が渚の手を掴む。渚はハッとした様子で微笑む。
「どうしたの。後輩ちゃん。もしかして一緒にお茶でもしてくれるの?俺はいつでも大歓迎だよー」
「渚先輩…無理してるでしょう?」
鈴の心配そうな声色に渚は動揺する。
見破られてしまった。孤独な自分が醜い自分がどうしたらいいのか…見損なったと言われるだろうか。それとも…それとも…!
「違う…!違う…!!俺は…俺は…!俺は……!!!」
渚はパニックになり過呼吸になってしまう。
そんな渚を見て鈴は渚を抱きしめる。
「渚。今は無茶しなくていいから。落ち着くまでそばにいるわ。大丈夫。」
「…!言わないでくれるか…?」
「うん。言わない。」
落ち着かなかったら…ずっとそばにいてもらえるだろうか。家族の温もりってこんな感じなのだろうか。その言葉に救われたが同時に複雑な気持ちになるのだった。