気まずい時間が流れるばかりで、何も解決には至らない。
出席しろと言われただけで、どのタイミングで抜け出せばいいかとか、抜け出したらいけないのかとかも分からなかった。ただ一つ救いであることがあるのなら、アルベドと、ブライトが側にいてくれることだろうか。
彼らの好感度はもう見えなくなっていたが、彼らが私に対して、悪い気持ちを持っていないことだけは分かった。持っていたら私となんか一緒にいたくないだろう。なんて、またマイナスな考え方で彼らを見てしまう。そんな目で彼らを見たいわけじゃ無いのに、どうしても何も信じられなかったのだ。
「アルベドとかは、他の人話にいかなくていいの?」
「俺がそんな、話をしたい奴がいると思うか?」
「交友関係が狭い……と」
「今何つった。エトワール」
眼を飛ばされ、私は何でもないと首を振る。まあ、アルベドが誰かとつるんでいるところは見たこと無いし、他の人からアルベドを避けるだろう。本人にはいわないし、本人が分かっていることだから、これ以上言及したところで何も変わらないだろうと。
そんな感じで、アルベドは私の側から離れなかった。何か理由をつけて、とかそういうのではなく、本気でそう言う相手がいないようだったのだ。
仮にも公爵なのに。
「おい、また失礼なこと思っただろ……」
「思ってないって。てか、エスパー?」
「それ図星だって白状しているようなもんだぞ」
と、アルベドは冷ややかな目で私を見た。こうやってぼけたら突っ込んでくれるっていうのも何だかいいな、と感じつつ私は会場をもう一度見渡した。私達だけ別次元にいるように誰も声をかけてこない。その方がいいのは分かっていても、ここにいるのかな? と不安になってしまう。事を荒立てないためにはこのまま影を薄くしていればいいんだろうけれど。
そう思っていると、私にわざとぶつかるようにして誰かが歩いてきた。
「きゃっ」
「大丈夫ですか、エトワール様」
「う、うん、ありがとう、ブライト」
慣れないヒールで、バランスを崩し倒れかけたところをブライトが支えてくれた。彼は私の無事を確認するとにこりと笑ったが、すぐにぶつかってきた人の方を見た。
「おい、今ぶつかっただろう。それに、此奴の服にシミが出来た」
そう言い放ったのはアルベドだった。指を指されて私は自分の真っ白な服にワインが付着していることに気がついた。これくらいのシミなら……と思ったけれど、よく見ればじんわりと染みている。
さすがにぶつかってきたってことは気づいただろうし。ぶつかったということは、私はここに存在するわけで……などと思ったが、変なことを考え初めても仕方ないので、私はぶつかってきた人を見た。何処かの令息らしく、そこまで高貴な感じはしなかったが、やけにジャラジャラと装飾をつけているように見えた。似合っていないというか格好悪いというか。勿論、アルベドやブライトがやったとしても似合わないんだろうけど。
「アルベドいいって、そんな大きくしなくていいから」
「謝るのが普通だろ」
「そうだけど……」
確かにぶつかってきたのに謝罪の一つもないのはどうかと思った。しっかりとした貴族なら尚更謝るのが普通なのではないか。いや、プライドが高いから謝らないのか。私がそこにいたから悪いというのか。
どっちにしろ、謝れといいったら多分あっちは逆上するだろうなと思って私はこの場からはなれようとブライトに言った。ブライトはそうですね、といってくれたが、アルベドが先に口を出したので、その令息は私達に突っかかってきた。
「誰かと思えば、偽物聖女だったか。いや、聖女でもないか……所で、何故こんな所に?今日という日に場違いじゃありませんか。エトワール・ヴィアラッテア」
男は私を見下ろすように、ねっとりとした笑みを浮べる。
此奴には、私しか見えていないのだろうかと思った。こんな男が、アルベドやブライトより爵位が高いなんて考えられない。この二人を前にして、私に突っかかってくるとは度胸があるな、と思いながら見ていた。といっても、私はふたりがいるからこんなに気が大きくなっているのかも知れないと反省もした。いなかったら、面倒くさくて無視して居たかも知れないし。
でも、このいい方にはカチンときて、さすがの私も言い返した。
「何?ここにいちゃいけないっていうの?私は、皇帝陛下の命令でここにいるんだけど」
「そうなんですねえ。でも、何もしないで下さいよ。祝いの席が滅茶苦茶になったりしたら大変だ。ああ、でも、先ほどぶつかってきたんだからもう何かしていますよね」
「……」
話が通じない人間だと思った。チンピラよりもチンピラ。ちりぢりな茶髪パーマが似合っていると思っているのだろうか。私は彼を睨み付ける。だが、それが彼の精神を魚でしたようで、令息の眉はピクリと上に動いた。やってしまったかと思い、私は遅いと思ったが顔を逸らした。
「ハッ、偽物の分際で、聖女という神聖な地位に偽って座っていた。その罪が国外追放でも、死刑でもないことに少しはありがたみを感じろよ」
「なあ、テメェは、俺達が見えてないって言うのかよ」
また、悪口を言われているなあ、とさらっ流そうかと思ったが、口を挟んだのはアルベドだった。だから、火に油なんだって、と思ったが、彼の善意は受け取るし、私が思っていたことをそのまま口に出したようなものだった。
令息は、貴族と思えないくらいガラ悪く、ああ? みたいな感じでアルベドを見て、ぎょっと目を剥いた。さすがに、公爵が見えていなかったとは言えないだろう。どれだけ視界が狭いんだと。
「あ、アルベド・レイ」
「ああ、そうだな。アルベド・レイだなあ」
ニタリとアルベドは我ラッTあ。笑っているが目は笑っていない。事を荒立てないでくれと雰囲気から察して欲しいが、いわないと伝わらないのだろうか。令息も少しビビったように後ずさりしていた。そのまま帰ってくれるのが一番なのだが、私と、そして、その隣にいるブライト、アルベドをもう一度見、ここにいる人間がどういう集まりなのか分かったのか、それを馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「これはこれは、レイ卿。本日はいらしていたのですね」
「さすがに、皇太子殿下と、聖女様の結婚パーティーだ。くるに決まっているだろう。テメがいいてえのは、俺には招待状が来なかったんじゃないかってことだろ。馬鹿にするなよ。たかだか、男爵の地位に収まっているお前と俺じゃ違う。闇魔法の人間だろうが、爵位は貰えるんだよ。扱いが、お前らと違うだけだ」
「……ひっ」
もうこれは、言い返せないだろうと思ったが、騒ぎを聞きつけた人達が少しずつ私達の周りに集まってくるのを感じていた。目立ちすぎた。というか、私ってここにいたんだ、とまた変な考えが頭を巡っては消えていく。もう少し端の方に移動しようとブライトの服を掴めば、ブライトはコクリと頷いてくれた。
アルベドが引き寄せてくれるならその内に逃げてもいいと思ったが、何だかそれも申し訳ない気がする。私のせいでこうなったっていうのに。
どうすればいいだろうかと悩んでいるうちに、周りに人が集まってくる。注目されていると、冷や汗が流れ、シミが出来た場所を何度も触ってしまう。どうにもならないなと思っていると、ぶつかってきた令息と集まってきた人の間をぬって見慣れた亜麻色の髪の男性がこちらに向かって歩いてきた。
「失礼します。何かあったんですか」
「お前は……?」
「聖女、トワイライト様の護衛の、グランツ・グロリアスです。所で、何の騒ぎですか?騒ぎを起こした人間をつまみ出せといわれているのですが……」
「お、お前は聖女の護衛だろ。護衛が離れてもいいのか」
それは紛れもなくグランツで、彼は淡々と令息に向かって言葉を放っていた。変わらない彼を見てほっとしつつも、ちらりと翡翠の瞳が私を見た危害S手、思わず目をそらしてしまった。
彼の言っていることは本当なのだろう。護衛でいつづけることができたこととか、色々聞きたいが、騒ぎを起こしたのがこの令息だって分かってくれているだけでもありがたかった。
「つまみ出されたくなければ、今すぐにこの場を離れてください。事を荒立てたくないでしょう」
「ご、護衛の分際で」
「聖女の護衛ですが。それに、貴方よりは出来ると思いますよ、色々と。弱いもの虐めをする貴方よりかはよっぽどマシだと思いますが?」
「ッチ……立場を利用して、いけ好かねえな。今日の所はここまでにしてやる」
と、捨て台詞を吐いて令息はずかずかと会場の波へと消えていった。全く何をしたかったのか。こんなことになると分かっていてもきっとやったのだろう。頭が悪そうだし。
そんな風に消えていった令息と、なんだ、といわんばかりに散っていった人達を遠目で見ながら、私はザッと私の前にやってきた亜麻色の元護衛の気配を感じ取って顔を上げた。
少し髪を切ったのだろうか。前髪が少し短い。それ以外は、長い襟足に少し跳ねた亜麻色の髪、何処を見ているか分からないガラス玉のような翡翠の瞳が私をじっと見つめていた。
何も変わっていない。未だにその瞳の奥に、私への感情が見て取れるような気がして、彼は彼のままだとそう思わされる。自意識過剰なんかじゃなくて。
じゃなかったら、彼は私を見ても何も思わないだろう。
「…………お久しぶりです。エトワール様」
そういって彼は深く頭を下げた。
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