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「音々ちゃーん!!こっち!こっち!」
小学校の隣に建つスイミングスクールは、オレンジ色のトタン屋根が夕陽を反射してキラキラと輝いていた
体育館風のそのスポーツクラブは、どこか懐かしい昭和の香りが漂う外観で、その駐車場には真っ赤なフェラーリが一台、まるで場違いな場所にド派手に停まっていた
ソワソワと入り口で待つ力は胸の高鳴りを抑えきれなかった、そしてしばらくすると、ガラス扉の向こうから音々が姿を現した
「音々ちゃん!こっちだよ!こっち!」
―あれが僕の娘だ―
だけど今自分は「ママの友達」としてしか名乗れない、沙羅と約束したから、力は深呼吸して胸の高鳴りを抑えつつ、こっちへ向かってくる我が娘を見つめた
音々はピンクのプールバッグを肩にかけ、頭には猫耳付きのタオルキャップを被って、首からちいかわのケースに入ったキッズ・スマートフォンをぶら下げている
濡れた髪にかぶっていると自然と乾わくそのキャップは、まるで童話の七人の小人の帽子みたいで、愛らしさが爆発している
あの子は完璧なの!と夢見るように語った沙羅の顔が思い浮かび、思わずデレッとした笑顔になる
「音々ちゃん、お疲れ様! 覚えてる? ママの友達の力だよ! ママに頼まれて迎えに来たんだ! 僕のことは力って呼んでねっ!」
音々は大きな瞳を真ん丸くして力をじっと見上げた
ニッコリ
「ママから聞いているわ、迎えに来てくれてありがとう」
―ああっ!
僕の娘はなんてしっかりして可愛いんだ!―
思わず口を押えて背中をのけぞりそうになるのを堪える、力は音々にメロメロだ
「僕の車で送って行くよ!あっちの駐車場に停めてるんだ!」
力は音々のプールバッグをサッと肩に担ぎ、彼女の小さな手をそっと握ると、音々がぎゅっと握り返して来た、途端に力の胸がときめいた
僕達って・・・親子っぽく見えるかなぁ?・・・
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「力って、ママのお友達なんだよね?」
音々が力を見上げる、キャップの猫耳が可愛く揺れる、ああっなんでこんなに可愛いんだ、自分の子供と思えば余計だ!この子は素晴らしい!
「そうだよ! ねえ、音々ちゃん、お腹すかない? 何か食べに行く?それとも ゲーセン行く? 宿題とかあったら見てあげようか?」
力は興奮を隠しきれずに矢継ぎ早に提案する、8年ぶりに沙羅と再会して自分の娘の存在を知った衝撃、やっと二人っきりで音々と会えたことにすっかりテンションはコンサートのクライマックス並みだ、ああっ歌が出来そうだ!
二人は並んで歩き始めた、力の長い脚に合わせるように、音々は小さな歩幅でトコトコと着いて来る、猫耳タオルが揺れるたびに、力は心の中で「かわいすぎる(泣)」と叫びつつ、父親だと名乗れないもどかしさをぐっと飲み込んだ
二人が駐車場にたどり着くと、力は得意げにフェラーリの助手席をバカンと開けた
「さぁ! 乗って!音々ちゃん!」
オープンカーの赤い車体が夕陽に映える、ところが音々はじっとフェラーリを見つめ、ピクリとも動かず立ち尽くす
「・・・音々ちゃん?どうしたの? オープンカー初めてで怖いのかな? 大丈夫、屋根閉めれるよ?」
力が心配そうに言うと、音々はキラキラした大きな瞳で力を見上げ、くいっと肩眉を上げた
「チャイルドシートがないわ! 」
「え?」
ちっちっちと人差し指を振り、片眉を上げて説教するその姿は、まるで沙羅のミニチュア版だ!
「子供はチャイルドシートに乗らないと、交通事故の時の生存率が45%下がるのよ!チャイルドシートがない車には乗らないわ!ルールは守らないと!」
力は一瞬ポカンとし、思わず吹き出しそうになる
―うわぁ~・・・今の顔・・・めっちゃ沙羅だ!―
と心の中でツッコミつつ、なんとか笑いをこらえる、途端に愛しさが込み上げてくる
「せっかく迎えに来てくれて悪いけど、すぐそこからバスが出てるから、一人で帰れるから大丈夫よ!ママにはちゃんと言っておくから、ありがとね、力、バイバ~イ!」
音々はスタスタと歩き出した、力の腰辺りまでしかない小さな後ろ姿が背中越しに手をひらひら振る、まるで大人びたその口調は、8歳の女の子とは思えないほどしっかりしていて、力は一瞬、自分の方が子供扱いされているような錯覚に陥った
力は慌てて音々の後を追いかけた
「いやいや、待って、待って、音々ちゃん!」
力は長い脚を活かして一気に音々に追いつき、彼女の前に立ちはだかる、息を切らしながらなんとか笑顔を貼り付けた、内心沙羅の教育方針の徹底ぶりに感嘆しつつ、力は言った
「うん、音々ちゃんの言う通りだよ、たしかにチャイルドシート大事だよね、じゃぁこうしよう!すぐ用意するからちょっとあそこのベンチに座って待っててくれるかな?」
音々は立ち止まり、大きな瞳で力を見上げる、まるで沙羅をそのまま小さくしたような、意志の強い目だ
「いいけど・・・早くしてよ?」
「う・・・うん!すぐだから待ってて!」
力はすかさず、ベンチに座る音々から少し離れて、頭をかきむしりながらスマホの画面をタップした
・:.。.・:.。.
【韓国ーソウルー】
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ソウルの喧騒を背にしたビルの一室、「ブラック・ロック」のレコーディングスタジオは熱気に包まれていた
汗とタバコの匂いがスタジオに充満する中、
力のマネージャー・ジフンのスマホがプルルルとけたたましく鳴った
「わぁ!力さんだ!力さんから電話です!」
ジフンが叫ぶとスタジオの空気が一変した、ギターを持ったままの拓哉、ベースの誠、ドラムの海斗が音入れを放り出し、ワッとジフンに詰め寄った
「やっと連絡よこしたか!」
「スピーカー! スピーカーにしろ!」
「あとで俺に代われ!」
「元気なのかな?」
と、4人はワチャワチャの大騒ぎ、ジフンがピッとスピーカーボタンを押すと、電話の向こうから力の叫び声が炸裂した
『ジフン! 助けて! 僕に娘がいたんだ!』
「ええ??」
「ええ??」
「ええ??」
「ええ??」
四人は飛び上がる、拓哉のギターの弦が「バインッ!」と派手に切れ、スタジオに甲高い音が響いた
「何だって?娘?」
誠は大きく口を開けてポカンとして、海斗はスティックを落とし、ジフンはスマホを握り潰しそうな勢いだ
『僕の娘を乗せるフェラーリのチャイルドシートを探しているんだ、どこに売ってる?』
力の焦りは尋常じゃなく、四人が同時にお互いの顔を見合わせる
「え?チャイルド・・・シート・・・ですか?」
「・・・ど、どこって?」
「フェラーリだぞ?」
独身の四人はオロオロと視線を泳がせ、誰も答えられない、そこへおっとりしたドラムの誠がポツリと呟いた
「・・・Amazonとか?」
「ハァ?」
「ハァ?」
「ハァ?」
三人が一斉に誠を振り返る
「Amazonでフェラーリ用のチャイルドシート? お前、頭お花畑か!」
「あんなスポーツカーにチャイルドシートなんか付けるヤツどこにいるんだ」
拓哉が突っ込むが、誠はのんびり呟く
「なんだよ~みんなして、あそこならなんでも売ってるじゃん~」
ジフンはスマホのスピーカーに叫んだ
「力さん! 落ち着いて! まず状況説明してください!」
と叫ぶが、力の声はさらにヒートアップして叫んだ
『ああっ! 音々ちゃんがバスに乗っちゃった!また後で!』
そこで電話はブチッと切れた
「音々ちゃんて誰だ?」
「音々ちゃんて誰だ?」
「音々ちゃんて誰だ?」
「音々ちゃんて誰だ?」
四人は呆然としてお互いを見合わせ、スタジオは再びカオスに包まれた
・:.。.・:.。.
力が駐車場でモタモタとスマホの通話を切っているうちに、音々がスタスタとバス停へ向かっている、あの小さな背中とピンクのプールバッグと猫耳キャップが揺れている
「音々、やっぱりバスで帰るね!バイバーイ、力」
音々はそう言い放つと、くるりと振り返りもせず、やってきた緑の路線バスにひょいと乗り込んだ、そしてバスにはかなり乗り慣れている仕草で、発券機に首から下げているキッズスマホを「ピッ」とかざした
ガシャーン!
「え、ちょっと、音々ちゃーん!待って!」
バスのドアが閉まる直前にまるでアクション映画の主人公の様に飛び乗って力が自動ドアに体を挟む
「お客さぁぁん!駆け込み乗車は危険ですよ!」
バスの運転手の初老の男性が、ミラー越しに力をギロリと睨みつけて怒鳴る、白髪交じりの眉がピクピクと怒りに動いている
「す、すいません!すいません!」
力はペコペコ頭を下げながら、額に浮かんだ汗をぬぐって音々の座る席の隣にドカッと腰を降ろした、音々が目をまん丸にして力を見つめていた
「力、車はどうするの?」
その声には、ほんの少しだけ呆れが混じっている、全米スーパースターは子供から羨望の眼差しで観られことはあっても、八歳の女の子に呆れた視線を投げかけられるのは初めてだった
「車はほら、後で取りに来ればいいし!僕も音々ちゃんと一緒にバスで帰りたいなぁ~・・なんて(焦)」
「そう?」
「うん!」
少しでも娘と一緒にいたいその一心で力はエへへと笑った
「お客さぁぁん!乗車券取ってくださいよ!でないと出発点から料金頂くことになりますよ!」
運転手の声がバス内に再び響き、力はハッと我に返った
「ああ!すいません!すいません!」
慌てて発券スタンドに乗車券を取りに行こうとするが、その時バスがぐらりと揺れ、あやうく力は転びかけて近くの座席を掴んだ
音々はそんな力の焦る姿を興味深くじっと見つめていた、その大きな瞳には、キラキラと好奇心のきらめきが宿っていた
エへへ・・・
「怒られちゃったね・・・ねぇ音々ちゃん!どこか行きたいところある?それとも何か欲しい物でもある?」
「行きたい所?」
キョトン?と音々は力を見る
「うん!何でもいいよ!やりたい事でも、欲しい物でも!行きたい所でも!僕!音々ちゃんのお願いなんでも聞いてあげたいんだ!」←もう必死
「なんでも?」
「うん!」
しばらくじーっと音々は考えだした、そして音々の頭に電球が灯った、音々は人差し指を力にかざして言った
「行きたい所があるわ!」