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君がいる日々

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君がいる日々

2 - すれ違いの距離

♥

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2025年06月08日

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日菜が部活から帰ると、悠真はいつも通り学校の近くのカフェで待っていた。

二人の「いつもの時間」――約束していたわけではないけれど、気づけば毎日のように、放課後のこの時間にカフェで会うことが習慣になっていた。

今日も、悠真は黙ってコーヒーを飲んでいた。日菜は、少し遅れてやってきた。

「ごめん、遅くなった」

日菜が席に着くと、自然に会話が始まる。しかし、いつもと何かが違っていた。

悠真の目は、どこか落ち着かなくて、日菜の視線を避けているような気がした。

「今日は、練習どうだった?」

日菜があくまで気を使って質問をする。だが、悠真の返事はいつもよりも素っ気なかった。

「普通だよ。まあ、何も変わらない」

「そっか」

日菜は少し沈黙してから、顔を上げた。

「でも、やっぱり桐島くん、すごかったな。バスケ、ほんとに上手で……」

その言葉に、悠真の心の中で何かが弾けた。

桐島の名前を出すたび、日菜の顔が明るくなるのがわかる。

悠真は無意識に手にしていたカップを少し強く握りしめていた。

「うん……」

その一言を返した後、悠真は黙って目の前のコーヒーを見つめる。

日菜がその様子を見て、少しだけ不安そうな顔をした。

「悠真くん、なんか……元気ない?」

「別に……なんでもない」

悠真の答えは、あまりにも冷たかった。

その冷たさが、日菜の心にじわじわと染み渡る。

「本当に? 私、最近、悠真くんと話す時間が少なくなってる気がして……なんだか、ちょっと寂しいな」

その言葉が、日菜の本音だった。でも、悠真にはその気持ちがうまく伝わらない。

「それは……俺が忙しいからだろ」

「ううん、違う。悠真くんが、なんだか遠くにいるみたいで……」

その時、悠真はふと顔を上げた。

「遠くって……どういうこと?」

日菜は言葉を飲み込む。

悠真が少しだけ不機嫌そうに見えるのを、彼女は敏感に感じ取った。

「……なんでもないよ。ごめん」

日菜は、軽く笑顔を作った。しかしその笑顔は、どこかぎこちなく見えた。

悠真はそれを見て、ますます心の中で何かが渦巻いた。

自分が、日菜に何を言いたいのか、どうすれば彼女が喜ぶのかがわからなくなってきていた。

「……でも、あんまり無理しないでね」

日菜のその言葉が、悠真の胸に突き刺さった。無理しているのは自分の方だということに、気づいてしまったから。

「……」

無言のまま、二人はしばらくの間、静かにコーヒーを飲んでいた。

そして、突然日菜が席を立ち上がった。

「ごめん、先に帰るね。ちょっと、用事があるから」

「うん」

悠真は、いつもならその背中を見送るだけでよかった。だけど、今日は何かが違った。

日菜がドアを開ける直前、悠真は思わず声をかけた。

「……日菜」

日菜が振り向く。

その瞬間、二人の視線が交錯した。だが、悠真の口から出たのは、言いたかった言葉とは違うものだった。

「……桐島と仲良くなったの?」

日菜の表情が、突然固まった。

「え?」

「桐島と、仲いいんだよね?」

その一言が、日菜を一瞬驚かせた。

「……それ、どういう意味?」

日菜は、少しだけ怒ったように眉をひそめた。

「何、突然……」

悠真はその顔を見て、すぐに後悔した。

「ごめん……」

言い訳をしようとしたが、日菜はもう振り向いていなかった。

その背中を、悠真はただ黙って見つめていた。

ドアが閉まる音が、悠真の心に響いた。


日菜が帰ってしまった後、悠真はひとりカフェのテーブルに座り込んだ。

自分が言った言葉に、なんだか言い知れぬ後悔が押し寄せてきていた。

「俺、何やってるんだろう」

桐島のことを引き合いに出すなんて、まるで子供みたいだと思った。

だけど、どうしても、彼女が桐島に引き寄せられていることが気になってしまう。

「……でも、俺だって、言わなきゃいけないことがあるんだよな」

その夜、悠真は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

けれど、日菜がどう思っているのか、彼女の気持ちが全くわからないまま、悠真は帰路についた。


その数日後、二人の関係は完全にギクシャクしていた。

最初は気まずさだけだったが、今ではもう、口をきくことすらできないくらい、距離ができてしまっていた。

悠真は、何度も日菜に声をかけようとしたが、どうしてもその一歩が踏み出せなかった。

日菜もまた、悠真を避けるようになっていて、目を合わせることすらなくなっていた。

そして、放課後――

「おい、日菜」

その一言に、日菜はぴくりと肩を震わせた。

「……何?」

いつもと違って、日菜の声は冷たかった。

「……なんで、俺にあんなこと言ったんだ?」

「何が?」

「桐島のことだよ。あんなに何度も名前を出して、俺がどんな気持ちになるか分かってるのか?」

悠真の声は、だんだんと感情を押し殺しきれなくなってきていた。

日菜の目がわずかに揺れたが、すぐに表情を引き締めた。

「私が何か悪いことでもしたの? あなた、桐島くんのこと、そんなに気にしてるんだね」

その言葉に、悠真は一瞬言葉を失った。

けれど、その一瞬を逃さず、日菜はさらに続けた。

「別に、私、桐島くんのことなんとも思ってないよ。けど、あなたがああいう態度を取るから、気になっちゃうんじゃない」

「俺が? それって……俺が悪いのか?」

悠真は、自分の怒りが爆発しそうになるのを必死に抑え込んだ。

でも、もう限界だった。

「何であんなに桐島のことを持ち上げるんだよ! どうして、俺のことを見てくれないんだよ!」

その一言が、日菜の胸に突き刺さった。

「……どうしてそんな風に言うの?」

「だって、俺はお前のことが好きだよ! でも、お前は桐島に夢中なんだろ? お前が俺を見てくれないから、俺だってイライラしてるんだ!」

その言葉に、日菜の目が大きく見開かれた。

「……好き? それ、今さら言われても、もう遅いんじゃない?」

日菜の目から、少しだけ涙がこぼれ落ちた。その瞬間、悠真は自分がどれだけ傷つけたのか、痛いほど感じた。

「お前が、桐島のことをそんなに気にしてるから、俺は……俺だって、こんな風にしか言えない!」

「それは私のせいじゃないでしょ! あなたが私をちゃんと見てくれなかったからじゃない! 私がどうして桐島と話してるのか、わかってるの?」

日菜は、涙を拭いながら言った。その言葉には、深い怒りと悲しみが込められていた。

「私は、桐島くんがいい人だって思ってるだけよ! でも、あなたが私を信じてくれなかったから……だから、私だって、どんどん距離を置くしかなくなったんだよ!」

悠真の胸に、鋭い痛みが走った。その痛みが、日に日に大きくなっていく。

「俺が、信じられなかったって?」

「そうよ! あなたは私をちゃんと見てくれなかった! 桐島のことばっかり気にして、私の気持ちは見ようともしなかったじゃない!」

その言葉が、悠真の心を締め付けた。

彼は、目の前の現実が信じられなかった。日菜の怒りがすべて正当なもので、しかも自分が悪かったことを、やっと理解したからだ。

「……でも、俺だってお前のことが好きだって言っただろ?」

その言葉が、さらに日菜を追い詰めた。

「だからって、どうすればよかったの? あんなに桐島くんに嫉妬して、私をわざと傷つけて……それでも、私にどうして欲しいの?」

その問いに、悠真は答えることができなかった。自分が何をしていたのか、今さら気づいても遅い。

日菜が涙を流しているのを見て、悠真は胸が締めつけられるような思いを抱えた。

「私、もう……あなたとは話したくない」

その言葉が、悠真の心に冷たい刃のように突き刺さった。

日菜がそのまま振り返って歩き出す。悠真は、何も言えずにただ立ち尽くしていた。


その日以降、二人はほとんど言葉を交わさなかった。

日菜は悠真を避けるようになり、悠真もまた、何も言えずに日菜を見守ることしかできなかった。

教室でも、廊下でも、二人はすれ違ってもお互いに目を合わせることなく、ただ通り過ぎていく。

まるで二人の間に壁ができたかのように、何もかもがぎこちなくなった。

悠真は、自分が何をしてしまったのか、もうどうすればよいのかわからなかった。

でも、日菜の涙を見て、やっと自分の愚かさに気づいた。

けれど、その気づきが、もう手遅れだったことに気づいていた。


放課後、学校の体育館はほぼ誰もいなかった。

悠真は、バスケの練習をしたいわけじゃなかった。ただ、何かを打ち破りたかった。自分の中のもやもやを、少しでも解消できるなら――それだけのために、一人、ゴール前に立ってシュートを打ち続けていた。

何度も何度もボールを手に取っては、リングに向けて投げる。

でも、ボールはまるで自分の気持ちを反映するかのように、外れ続けた。

「……なんで、こんなにうまくいかないんだ」

空気がひんやりと冷たく感じる中、悠真は無言で立ち尽くす。

その時、ふと、背後に足音が響いた。

「お前、こんなところで何してるんだ?」

振り向くと、そこには桐島怜が立っていた。

バスケ部のユニフォームを着て、いつものように余裕を感じさせる表情で悠真を見下ろしている。

「桐島……」

悠真は、驚いた様子も見せずに、ただボールを拾ってシュートの位置に立ち直した。

桐島は、その様子を静かに見守っていた。

「一人でシュート練習してるのか?」

「まあ、そんなところだな」

悠真は無理に淡々と答える。

でも、心の中では、桐島に話したくないことが山ほどあった。あの夜の日菜との言い争い、彼女の涙、そして自分の無力さ。

桐島はしばらく黙って見ていたが、やがて小さく笑みを浮かべて言った。

「別に、お前が一人でやることだから、どうこう言わないけど」

その言葉に、悠真は少しだけ眉をひそめた。

桐島は、何も気にせず、体育館の片隅に立って腕を組んでいる。

悠真は再びシュートを放った。今度は、少しだけ力を込めて。ボールは――今度こそ、リングに触れ、バウンドして落ちた。

「……くそ、全然決まんねえ」

その呟きに、桐島がクスリと笑った。

「お前、日菜にバスケ練習してやろうって言われたんだろ?」

その言葉に、悠真は思わず止まった。

桐島がこんなことを知っているのか?と驚いたが、すぐに気づいた。桐島は、あの時の練習試合の後、日菜と話をしていたに違いない。

「……どうしてそれを?」

桐島は肩をすくめて答える。

「別に、日菜が言ってたからさ。お前が練習しないって言ってたって」

その瞬間、悠真の胸の中に何かが引っかかった。

日菜が桐島に話していたことが、自分にとっては、痛くてたまらないことだとわかっていたからだ。

「お前、日菜と仲いいんだな」

その言葉に、桐島の表情が少しだけ変わった。

だが、すぐにまた、あの余裕のある顔に戻った。

「お前も、仲いいんだろ?」

その問いが、悠真の胸を鋭く突き刺す。

「……俺は、日菜のことをどうすればいいのかわからない」

「俺もな」

桐島の言葉は、意外にも真剣だった。

それに気づいた悠真は、思わず桐島の顔を見た。

「お前、日菜のことどう思ってる?」

その問いに、桐島は少し黙り込んだ。

その間に、悠真は自分がこの問いに答えたくないことを、強く感じていた。

「俺がどう思ってるかなんて、言わなくてもわかるだろ?」

桐島は、そう言って少しだけ真面目に目を向けた。それでも、どこか軽い口調で、悠真に言った。

「日菜は、お前のこと好きだよ。でも、お前はその気持ちに気づいてない。そんなに見守って、もどかしくないか?」

その言葉が、悠真の心に再び不安を呼び起こした。

「……気づいてるよ。でも、俺はどうすればいいんだ? 俺、日菜の気持ちを裏切ってる気がするんだ」

桐島は一瞬黙り込んだが、やがてしばらくしてから言った。

「お前はな、あんな風に日菜に言っておいて、今さら自分を責めるのか?」

その言葉が、悠真の胸に重く響いた。

桐島は、まるで悠真の心を見透かしたように話す。

「でも、日菜はお前を待ってる。気づいてるなら、今度はお前がどうするか決めろよ」

その一言が、悠真の胸にグサリと突き刺さった。

桐島は悠真を見て、少しだけ顔をしかめた。

「……日菜を傷つけたくないなら、お前がちゃんと向き合わなきゃな」

その言葉が悠真の中で何度も響く。

そのとき、体育館の扉が開き、日菜が入ってきた。

その瞬間、悠真の心臓が一瞬で跳ね上がる。


「え、二人ともここにいたの?」

日菜は驚いた表情を浮かべて、悠真と桐島を交互に見た。

悠真は無言で、ただその場に立っていた。

桐島は、少しだけ顔を上げて、日菜に向かってにっこりと微笑んだ。

「おう、日菜。お前、練習しに来たのか?」

その問いに、日菜は少し照れたように笑って答えた。

「うん、でも、もう遅かったかな?」

その言葉に、悠真は少しだけ胸を痛めた。

日菜が来た理由――それが、ただバスケをしたいだけじゃないことを、悠真は感じていたからだ。

「……日菜、練習したいなら、もうちょっと待ってろよ」

悠真が、やっと声をかけたその瞬間、桐島が軽く肩をすくめて言った。

「じゃ、俺は失礼するわ」

そして、桐島はそのまま体育館を後にした。

日菜と悠真は、二人きりの空間になった。

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