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そして起きたときにはもうここに居た。
そこまで思い出し、あの時の恐怖と痛みが妙にリアルに体に蘇ってくる。

結局、そこまで思い出せてもイザナくんが何故こんなことをするのかという理由は分からない。ただただ体に深く刻まれている苦しみだけが私を蝕んでいく。


『…たすけて』


あの日口に出来なかった言葉を息と共に吐く。その独り言は響くことも木霊することもなく、ただただ無機質な室内の空気に溶けるように消えていく。

今ここにイザナくんはいないというのに恐怖という感情が心にこびりつくように居座り続け、いつまで経っても片付かない。重い黒ずんだ不安が胸の奥でじっと淀んでいる。

何でここに来たのかも分からない。何をされるのかも分からない。また殴られるのかもしれないし、“悪いところ”に当たって今度は本当に殺されるかもしれない。

悪い考えが一向に止まらず涙目になる目尻を擦り、溶けることなくただただ積っていく冷たい不安の雪を押しつぶすように自身の身体を精一杯抱き締める。

もうこのままイザナくんが帰ってこなければいいのに。


そんな私の願いは届かなかったのか、ガチャリと金属が重なり合う音が鼓膜を貫く。


心臓はドキドキと異常な速さで脈を刻み始め、視線は足音のなる方へ釘付けになる。


『ヒッ…』


トントンとテンポよく耳に流れ込んでくる軽やかな足音に恐怖と緊張で電気に触れたようにビクンと震える。ぞわりと足の指先から全身にかけて鳥肌が浮き出て、体が冷たくなる。

ギシリと重く軋んだ音が耳に届き、開かないでと望む私と反対に無情にも扉は開いていく。


「…ただいま、逃げないでくれたンだな。」


カランと両耳につけている花札の耳飾りを躍らすように揺らがせ顔を出したのは、助けてくれる警察でもなく、会いたくてたまらない両親や友達でもなく、私をこの部屋に監禁している張本人だった。

逃げないも何も君が足枷まで逃がさないようにしたんでしょ。甘く歪んだ笑みを浮かべるイザナくんを震える瞳で睨みつけ、心の中でふつふつと火山のように湧き上がってきた怒りの言葉を喉元に留めグッと息と共に飲み込む。


「…何その目、オレ“ただいま”って言ったンだけど」


怒りの籠った声にまずいと思った時にはもう遅く、グッと喉を握りつぶすように掴まれ、急な強い圧迫感に押しつぶされたような濁った声が口から零れ落ちる。

この物理的な苦しみから逃れようと手足をバタバタと暴れさせ抵抗するが、イザナくんの手はびくともせず圧倒的な力の差に深く絶望的な気分に襲われ体が冷たくなっていくのを感じる。


「……なぁ○○。オレになんていうの?」


さっきとは打って変わって優しく、それなのにほんの少しの怒りを感じる口調に恐怖が背を流れる。背中を氷で撫でられたように悪寒が走る感覚に冷汗が混じり、酷く気持ち悪い。


『…おかえり、なさい』


絞り出すようにやっと出た声は“声”というよりずっと言葉にならない掠れた色をしていた。ブルブルと何かの余韻のように震える私の声を合図に首に引っ付いていたイザナくんの体温が離れ、それまで感じていた圧迫感が消えた。


『ゲホッ…ゴホッ』


やっと手が離されたと安堵する心と反対に新鮮な酸素がそれまで機能していなかった喉と肺を刺激していき、少しの間床に手を付き倒れ込む姿勢で激しくせき込む。泣き声の滲んだ咳は簡単には止まらずそのまま数秒、吐き出すように咽つづける。


「ン、ただいま。」


そんな私を愛しむ様に呟き、イザナくんは倒れ込む私の体を起き上がらせるように抱きしめてくる。

まだ少し残った喉の異物感を感じながらケホッと呟くような咳を1つ零すとそれっきり咳が止まり、息が軽くなる。だけど私の心には底知れぬ絶望と悲しみが染みつくように胸に住み着いており、酷く歪んだ黒い感情に押しつぶされそうな幻覚が見えそうなほど重たい。

そんな私の感情も知らないイザナくんは歪んだ笑みを浮かべ名残惜しそうにゆっくりと身体を離し、私の足首を締め付ける様に囲んでいた鉄の足枷を外した。

見た目よりずっと重くひんやりとした足枷がやっと取れ、少し赤い跡の残った自身の足首をぼんやり見つめる。


「足首、痛い?」


『…大丈夫』


もうここへ来て毎日のように感じていた足首のヒリヒリとする乾いた痛みも、逃げられるかもしれないという希望を持つ気持ちも全て空っぽになったように何も感じない。


「…やっと空虚カラになってくれたんだな。」


イザナくんは本当の人形みたいに虚ろで動かなくなった私の髪を優しく撫でる。嫌悪感がイザナくんの手の動きに合わせて髪を伝っていき、皮膚がゾワリと締め付けられるような鳥肌が浮き立つ。脳内で首を絞められた時や鳩尾を殴られたときの映像がフラッシュバックし、抵抗したいのに制御できないほどの恐怖で体が言う事を聞かない。


「…はぁぁぁぁぁ…好き、可愛くて小さくて力弱ェ……大好き。」


“暴力”という恐怖に締め付けられ動けなくなる私を再度離さないようにと一部の隙もないようギュっと抱きしめてくるイザナくんと毎日のように聞かされる呪文の様な言葉にもうここから逃げられないのだろうか、と何度目かの冷たい絶望が私の心を潰した。





続きます→♡1000

ど ろ ど ろ【黒川イザナ】

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