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スタンピードが終わり、王宮で数日間休ませてもらっていた私たちはショコラとその侍女であるフィナンシアさんとともに王都の街を歩いていた。
歩いていたのだが――。
「お、姫様。2週間ぶりくらいかい? どうだい、ちょうどクッキーが焼けたところなんだよ。フィナンシアさんもね」
「殿下、また俺が作った新作菓子を食べて意見をくれねぇか!? なんかこう、ちょっと何かが足りないんだよなぁ……」
「あ、姫さま……そのクレープおいしそう……えっ、くれるの!? ありがとう、姫さま!」
こんな感じでショコラが人気すぎる。
王族のはずなのにショコラを見掛けても街の人たちは動揺するどころか、どこへ行くにも話しかけられるし、言ってしまえば馴れ馴れしい。
私の想像する王族の姿とはかけ離れているし、街の人にもらった食べ物を迷いなく口にするショコラがすごい。
こういうのって毒が入っていないかとか警戒するものだと思っていたのだが、フィナンシアさんも何も言わない。それどころか一緒に食べている。
聞くと、昔から王子様たちとも一緒に頻繁に街の中を歩いているらしい。
これは私が想像していたものとは少し違ったのだが、この子は決して人々の営みを知らないわけではなかった。
だがこの子が王族としての自覚を得るためにはこの王都の人々との距離は少し近すぎたのかもしれない。
だから正体を隠して距離を置いた状態からありのままの外の世界を見ることで、その知見が広がったのだろう。
――国王様には見当違いのことを言ってしまったかも……。
まあ、あれは私を試す意味合いの強いものだったようなので、内容の正否は関係がなかったのかもしれないが。
それはひとまず置いておいて、私も目の前の問題をどうにかしなければならない。
というのも、好奇心旺盛なダンゴがいろんな人のところに行って大変なのだ。
この国の人たちも怖気付かずに笑顔でお菓子をあげているし、なんなんだこの国は。
「ふんふぃふぁふぁふふぃふぁふぉふぉふぃふぁふぃふぁふぇふぁふふぁ?」
「姫様、流石にそれははしたないですよ」
口いっぱいに食べ物を詰め込んだまま私に向かって、何かを言いながら首を傾げるショコラがフィナンシアさんから注意を受ける。
ショコラは口の中の物を飲み込むと、再度問い掛けてくる。
「ユウヒ様、次はどこに向かわれますか?」
今回、ショコラと一緒に街の中を歩いているのには一応理由がある。
王都まで無事にショコラを連れてきた私にショコラと国王様がお礼をすると言い出したのだ。
大々的にお礼をされることに私が難色を示したところ、ショコラと街の中を一緒に歩いて必要なものを買ってくれることになった。
――この時の私は街の中をショコラと並んで歩くことがどのような意味を持つのか、知らなかったわけだが。
「コウカ、質のいい剣でも買ってもらおうか?」
そういえばコウカに渡した剣が壊れていたなと振り返り、コウカへと問い掛けた。だが彼女は顔をしかめる。
どうしたのかと問い掛けると、ぽつぽつと理由を語ってくれた。
「それだと、ショコラに剣をもらったようで嫌です。わたしはマスターからもらった剣でマスターを守りたいんです」
そういうことらしい。
それくらい良くないかと思わないわけでもないが、そこまで思ってくれるのなら悪い気はしない。
コウカのこの言葉にショコラはなにやら感心したように頷いていた。
「コウカ様はユウヒ様の騎士ですのね」
「騎士、ですか……?」
コウカが首を傾げる。
ショコラは1つ頷くと、語り始めた。
「佩剣の儀式ですわ。主が己の騎士となる者に想いを込めた剣を授けて、臣下の騎士はその剣を己が主のために振るうことを誓うのです。とてもロマンチックでしょう?」
うっとりとしたショコラが妄想の世界へと旅立ってしまう。
ロマンチックかどうかは私には分からないが、彼女にはそう映っているらしい。
そこまで大層な想いを込めて剣を買ってあげるわけではないのだが、その話を聞いたコウカが目をキラキラさせてしまったので何も言えなくなる。
そこまで期待されると、私が買って剣を渡してあげるしかないではないか。当たり前の話だが、私には剣を作ることは不可能だ。
――まあ、そのことは今はいい。
「ヒバナとシズクは何か欲しいものとかってある?」
急に話しかけられて、ビクッとしたシズクがヒバナの後ろに隠れてしまう。……うん、いつも通りの反応だ。
その反応の後、2人がこそこそと話し合う。
そして何か決まったのか私に向き直った。
「魔法を補助する杖が欲しいわ、軍の魔術師が使っていたようなものよ」
どうやらヒバナたちはコウカのように使う武器にこだわりはないらしい。
こちらとしてはありがたいので、妄想の世界に入ったままのショコラの代わりにフィナンシアさんが先導するような形で武器屋に案内してくれた。
そこは王都で一番の武器屋らしく、軍が使用している武器も数多く扱っているらしい。
フィナンシアさんは迷わずに杖が置かれているコーナーへと連れて行ってくれる。
だが、ただ偏に杖と言ってもその種類は膨大だった。
まず属性によっても種類が分かれており、それが基本属性なのか、派生属性なのかによっても違う。
術式の構築、魔力の行使、術式の維持など魔力操作として一括りにされるそれらだが、杖はそれらの向き不向きも分かれているらしい。
ヒバナとシズクは杖の一つ一つを手に取り、吟味しているようだ。
ヒバナたちが杖を選んでいる間、せっかくなので店の中を見て回る。
するとあの2人に似合いそうなものを見つけたので、手持ちのお金でこっそりと買うことにした。
「もっと良いものが見つかるまではありがたく使わせてもらうわ」
「あ、あり、ありが、ありが……とう……」
杖を《継承》のスキルで受け継いだ自らの《ストレージ》に入れながらショコラにお礼を言う2人に後ろから近付いていき、私の《ストレージ》から取り出したそれらをその頭の上にポンと乗せてやる。
「いきゃっ」
「うひゃあっ」
変な叫び声を上げて2人が跳ね上がる。
――ごめん、そうだよね。
この子たちにこんなことをしたら、こうなるのは当たり前だった。当然のようにヒバナからは抗議の声が上がる。
「何するのよっ! ほ、ほんとにびっくりしたんだから!」
「ごめん。喜んでもらいたかったんだけど、ここまで驚いちゃうとは考えてなかった」
私の浅慮さが招いたことだ。もっと配慮するべきだった。
申し訳ないので、自然と視線が下がる。
「……これは?」
私が2人の頭の上に乗せたのは赤色と青色の装飾が付いたお揃いの黒い魔女帽子だ。
視線を上げてみると2人が自分の帽子のつばを手で触りながら、互いの姿を確認し合っている光景が目に映った。
「帽子、かな。魔術師さんとかもよく被っているようなやつ」
「そんなのは見れば分かるわ。どうして私たちに?」
「いや、2人に似合いそうだなって思って……迷惑だった?」
ヒバナは「ふーん……」と興味がなさそうな様子で呟いたかと思うと帽子を押さえ、少し下を向いてしまう。大きな帽子のつばが邪魔でその表情を正確に読み取ることはできなかった。
シズクの方も自分の帽子とヒバナの帽子をまじまじと見比べている。
しばらくの間、2人はそのまま何も話さなかった。
だがやがて、ややぶっきらぼうな声が私の鼓膜を揺らした。
「まあ、使ってあげる。…………ありがと」
「あ、あのっ、ありがとっ……ユウヒちゃん!」
顔を逸らしながら小さな声でお礼を告げるヒバナと、たどたどしくも必死に言葉を紡ぎ感謝の念を伝えようとするシズクに私の口角も自然と上がる。
「どういたしまして、2人とも!」
それから気分が高揚した私は、アクセサリー店でヒバナとシズクに髪飾りをプレゼントした。それぞれ炎と水滴をモチーフとした2人にピッタリのものだ。
コウカが羨ましそうに見ていたが、この子には前に髪飾りをプレゼントしたので手持ちの少ない今は我慢してもらう。
そしてお昼ご飯を食べ、また買い物を再開した。
「他にどこか行きたいところなどはございますの?」
「うーん……」
私は特に欲しいものがないのでコウカの方を見るが、彼女も首を横に振るだけだ。
後ろを歩くヒバナとシズクを見ると、意外なことにもシズクがヒバナに隠れながらもおずおずと手を挙げた。
「あ、あの、えと……本、とか見たいかも……」
「分かりましたわ。フィナンシア、たしかこの近くに大きな本屋がありましたわね」
シズクは本に興味を持ったようだ。
――実際には興味を持ったとかいうレベルではなかったのだが。
店に入って、本を選び始めたシズクに私たちは驚愕することになる。
「と、とりあえずこの棚の本全部とこっちの棚のここからここまで全部ほしい、かな」
これが大人買いというやつなのか。
ショコラだけではなくフィナンシアさんまでもが目を丸くしていた。
今のシズクに遠慮という言葉は存在しないのだ。いくらお礼とは言っても、迷わず散財するのは図太いというかなんというか。
運び出される本をどんどん自分の《ストレージ》に入れていくシズク。
ショコラたちやお店の人には悪いけど、あの子が楽しそうなのはよかったと思う。
本を買い漁り、本当に何もすることがなくなった私たちはあてもなく街を散策することになった。
欲しいものがたくさん手に入り、ほくほくしているシズクは歩きながら分厚い本を読んでいた。
その姿があまりにも危なっかしいのでヒバナが手を引いてあげている。歩きながら本を読むのを止めるつもりはないようだ。
その後も数日間、ショコラに案内されるままいろんな店を見て回ったり、お菓子を買って食べたりしていた。……お菓子を食べているときの時間のほうが長かったけど。
「ここ数日、ほとんどショコラが楽しんでいただけのような気がして申し訳がございませんわ……」
「ううん。私たちも楽しんでいたし、十分御礼はしてもらったよ」
気付いた時には日が傾きかけており、街の人たちも徐々に自分たちの家へ帰っていく。
私たちも王宮へ帰ろうとしている頃のことだ。
王城に続く道の先から、王国所属の騎士が走って近付いてくる。
「はぁ……はぁ……殿下。至急、王宮へお戻りください」
「何かありましたか?」
ショコラの代わりにフィナンシアさんが応対した。
息を整えた騎士が口を開く。
「1時間ほど前、王都へ聖教騎士団が……現在は王宮で待機しています」
「なぜショコラッタ様が向かう必要があるのですか?」
「王都入りしたのは第一騎士団です。騎士団長が直々に騎士団を率いてやってきました」
「第一騎士団ですって……!?」
フィナンシアさんも、その話を聞いていたショコラも驚いている。
聖教騎士団というのはミンネ聖教が抱える騎士団のことだったはずだ。
それの第一騎士団。それに騎士団長の話は前に一緒に馬車の護衛をした冒険者のベルから聞いたことがある。たしかすごく強い人だとか。
そんな人がこの国まで来たと言うのは何かあったということなのだろうか。
なんとなしに聞いていた私たちだが兵士がこちらを向いたことでそう言ってはいられなくなる。
「聖教騎士団はアリアケ・ユウヒという少女を探しており、この王都での噂を聞いたために駆け付けてきたようなのです」
「アリアケ……ユウヒ。ユウヒ様? あなたはいったい……」
ショコラが信じられないといった様子で軽く目を見開いて、私を凝視している。
聖教騎士団が用があるのは私だったのだ。
彼らが女神ミネティーナ様を祀り上げるミンネ聖教の抱える騎士団なら、探していた理由は理解できる。
私が教会に行って事情を話しても、末端の聖職者の人に軽く撥ねられてしまうことは簡単に予想できたので関わってはこなかったのだが、あちらから来てくれると言うのなら話は別だ。
――さすがに拘束されたりしないよね?
一抹の不安がよぎった。