いた
その人はベンチにポツンと座っていた
俺が近づいても顔を上げることは無い
ずっと、下を向いている
俺は近くに行くけど、まだ顔を上げない
彼の目線の先に、俺の手を出す
すると、パッと顔を上げ、俺の顔を確認すると、涙を1滴、零した
《ダイジョウブ?》
そう問いかけるけど、返事はない
すると、彼は喉を抑え、顔を顰める
口を開け、
「久しぶり」
声を、発した
もう、一生、聞くことのないと思っていた、声が、
彼の口から、発せられた
「ぇ、なんで……」
俺は、驚きで、手話を使うのを忘れていた
彼は?マークを浮かべていた
《ナンデ?》
そう問いかけると、彼は悲しそうに笑った
《ジツハ、イッテナカッタコトガアルンダ》
俺は、彼の手に、集中していた
《オレハ、チュウトシッチョウシャなんだよ》
“中途失聴者”
俺はてっきり、ラウールは生まれつきだと思っていた
中途失聴者とは、生まれた時は聞こえていたものの、人生の途中で、
なんらかの理由で耳が聞こえなくなった人のことだ
そして、前は聞こえて、話せていた人の中には、聴力を失っても喋れる人はいる
ただ、自分の声は聞こえない
それなら、喋る意味はないから、と喋れるけど、喋らない人もいる
《オレハ、チュウガッコウニニュウガクシタトキ、ミミニイワカンヲオボエタ》
ラウールの話はこうだった
ラウールは、中学入学のタイミングで、音が聞こえづらくなった
病院に行くと、だんだんと聴力が失われていく病気だということが分かった
一緒に行った母親は嘘だ、と繰り返した
……自分の息子が、自分の声が聞けなくなるというのは、辛いだろう
だから、信じたくなかった
ラウール本人も、信じたくなかった
でも、事実は事実としてあって、
どれだけ現実逃避をしても、無理だった
__現実は、ラウールの”運命”は、確実に、ラウールに迫ってきていた
ラウールは、死にたいとまで思った
でも、それを何とか堪えられたのは、”ある人物”の存在だった
ラウールが、初めて、本気で恋した人だった
その人物は、幼なじみで、3歳年上の”目黒蓮”
彼もまた、中途失聴者だった
完全に聴力を失ったのは、小学2年生
病気を発症したのは、6歳の頃
幼稚園の、年長だった
2年間、その人は、苦しんだ
だんだんと、あまりにもゆっくりと
しかし、聴力は、確実に失われ続けた
それでも彼は、足掻き続けた
聴力を失っても、聞こえるものはないのか
__また、ラウールと話したい
ラウールの声を聞きたい
その一心だった
ラウールは、聴覚障害を知るには、あまりにも幼くて、
彼の事情を、理解することはできなかった
それでも、毎日のように、彼の元へ訪れた
ノートに書いて、会話をしていた
ラウールの、覚えたての平仮名は、彼にとっては微笑ましいものだった
それが、何よりの癒しだった
ラウールと、文字で会話をすること
それが、彼の沈んだ心への、唯一の光だった
希望だった
ラウールも、最初は彼のことを恋愛対象として見ていた訳では無い
けれど、大事な存在なのは、変わらなかった
彼もまた、ラウールのことが大切だった
そして、ラウールが病気だと分かり、どんどん聴力が失われていくことを知った時、
彼は、ラウールの支えになろうと決めた
昔、自分がしてくれたみたいに
彼は、ラウールに手話を教えた
ラウールの心が沈んでいることも、彼には分かった
けれど、ラウールは嘘の笑顔を作る
心配させない為に
そこで、ラウールは話を止めた
そして、不意に空を見上げた
空は、雲ひとつない青空で、どこまでもどこまでも高く高く続いていた
《レンクンハ、シンダ》
蓮くんは、死んだ
なぜ、と問う前にラウールは話し始めた
《オレトオナジ、コウツウジコデ》
聴覚障害者の方は、事故にあいやすい
人間は、まず耳で、音で察知する
そして、振り返って、目で確認する
人間にとって”耳”は、安全装置のひとつなのだ
でも、聴覚障害者の方は安全装置が使えない
だから、後ろからくる車のエンジン音も聞こえない
この世界には、車を違法速度で走らせる人もいる
その人が、いくらクラクションを鳴らしたって聞こえるはずがない
気づくはずがない
聴覚障害者の方は、”目”で確認するしかないのだ
だから、事故に遭う確率も低くはない
ラウールは運良く助かったけど、その蓮くんは……
《ソンナトキ、リョウタニアッタ》
彼の心が悲しみに沈んでいる時、
俺が、現れた
俺は、気付かぬうちにラウールの希望の光になっていた
『はいオッケー!!』
「ねぇ、なんか俺知らないうちに殺されてんだけど」
と、目黒がいいながらこっちにくる
なんとも迫力がある
「俺らだって知らなかったもん」
と、ラウール
「なんか作者は目黒を殺しがちらしいよ」
「メタイことは言わない約束でしょ?」
と、こんな馬鹿な掛け合いを俺と目黒でする
俺らは馬鹿同士だからこんな会話は笑うしかない
そう。馬鹿だから
「あんま馬鹿を強調しないで」
目黒に止められた
エスパーかよお前
「全部文字になってる」
「だからメタイことは言わない約束だってさっきお前がいったじゃん」
「すみません、よく、分かりません」
さっきよりも知能Lvが下がった
ゲラゲラと笑う康二も馬鹿だ
ふっかも馬鹿だ
笑うやつは馬鹿だ
……阿部も笑っている
どうやら馬鹿だけ笑う話ではなかったらしい
コメント
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本当に天才ですね、、