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153
#ハッピーエンド
#切ない
その夜、空には月がなかった。
まるで世界から光がひとつ消えたみたいに、静まり返っていた。
少年リオは、森の奥へと足を踏み入れていた。
村では「夜の森には入るな」と言われている。でも――どうしても確かめたかった。
「本当に、願いを叶える魔女なんているのか…」
そのとき、不意に声がした。
「願いがあるの?」
振り向くと、そこには黒いローブの少女が立っていた。
白い髪に、赤い瞳。人じゃないとすぐにわかる存在。
「君が…魔女?」
少女は少し笑った。
「そう。でも、願いには代償がいるよ」
リオは迷わなかった。
「…妹を、助けてほしい」
少女の目が一瞬だけ揺れた。
「いいよ。その代わり――あなたの“いちばん大事なもの”をもらう」
「いい」
即答だった。
少女は少し驚いた顔をして、それから静かに言った。
「じゃあ契約成立」
その瞬間、世界が歪んだ。
――翌朝。
リオの妹は、何事もなかったかのように元気に目を覚ました。
「お兄ちゃん?」
嬉しそうに笑う妹。
でもリオは、その名前を呼べなかった。
なぜなら――
彼は“妹のことを愛していた記憶”を失っていたから。
森の奥で、魔女はひとりつぶやく。
「優しさって、時々いちばん残酷だよね」
月のない夜は、まだ終わらない。
それから数日後――
リオは、村の中でどこか浮いていた。
妹は元気になったのに、不思議と心が動かない。
「…なんで俺、あの子のこと…」
大切なはずなのに。
守りたかったはずなのに。
胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような感覚だけが残っていた。
その夜。
リオはまた、森へ向かった。
理由はわからない。
でも“何かを取り戻さないといけない”気がした。
「……いるんだろ」
静かな森の中でつぶやく。
すると――
「また来たんだ」
あの魔女が、同じ場所に立っていた。
「願いはもう叶えたはずだけど?」
リオはまっすぐ彼女を見た。
「…返してくれ」
「何を?」
「わからない。でも、絶対に大事だったものだ」
魔女は少しだけ目を細めた。
「それは無理だよ。一度払った代償は戻らない」
「じゃあ、もう一度契約する」
その言葉に、魔女の表情が変わった。
「…本気?」
「本気だ」
しばらくの沈黙。
やがて魔女は、小さくため息をついた。
「ほんと、人間って面倒」
そう言いながらも、彼女は一歩近づく。
「いいよ。ただし今度は重いよ?」
リオはうなずいた。
「何でもいい」
魔女は、リオの胸にそっと手を当てた。
「じゃあ――あなたの“未来”をもらう」
その瞬間、風が止まった。
世界が、凍りついたように静まる。
――次の瞬間。
リオの頭の中に、記憶が流れ込んできた。
笑っている妹。
泣いている妹。
「お兄ちゃん」と呼ぶ声。
全部、全部――思い出した。
「……っ!」
膝から崩れ落ちるリオ。
「なんで…最初からこれを…」
魔女は静かに言った。
「それじゃ意味がないから」
「?」
「あなたは“忘れたままでも幸せに生きられた”。でも、それを捨ててまで取り戻した」
彼女は少しだけ優しく笑った。
「それが、本物でしょ?」
リオは何も言えなかった。
ただ、涙だけが止まらなかった。
――数日後。
リオは妹と一緒に笑っていた。
でも彼は知っている。
自分に“未来がない”ことを。
やがて訪れる終わりを。
それでも――
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「なんでもない」
リオは笑う。
今この瞬間を、大事にするために。
森の奥で、魔女は空を見上げる。
その夜、ほんの一瞬だけ――
消えたはずの月が、淡く光った。
「…バカだなぁ」
小さくつぶやいて、彼女は姿を消した。
それから――季節がひとつ巡った。
リオの身体は、少しずつ蝕まれていた。
目に見える傷はない。けれど確実に、“終わり”が近づいていた。
「お兄ちゃん、最近ちょっと変だよ?」
妹が心配そうにのぞき込む。
「そんなことないって」
笑ってみせる。
でも、その声は少しかすれていた。
夜になると、リオは一人で森へ向かうようになった。
そして――
「……いるんだろ」
現れるのは、あの魔女。
「また来たの?」
少しだけ、寂しそうな声だった。
リオは静かに言った。
「…あと、どれくらいだ」
魔女は答えなかった。
その代わり、視線を逸らす。
「ねぇ、後悔してる?」
「してない」
即答だった。
「妹が笑ってる。それで十分だ」
魔女は唇を噛んだ。
「…そっか」
しばらく沈黙が続く。
やがてリオがぽつりとつぶやく。
「なぁ」
「なに?」
「最後にさ、ひとつだけ頼んでいいか」
魔女は少しだけ警戒する。
「内容による」
「妹に――」
リオは空を見上げた。
月のない、真っ暗な空。
「…全部忘れさせてやってくれ」
その言葉に、魔女の目が見開かれた。
「は?」
「俺のこと、全部」
「なんで…!」
「俺がいなくなったら、あいつ絶対泣くから」
静かな声だった。
「だったら最初からいなかったことにした方がいい」
魔女は強く首を振る。
「そんなの、ダメに決まってるでしょ!」
「なんでだよ」
「それは…!」
言葉に詰まる。
リオは少し笑った。
「優しいんだな、お前」
その一言に、魔女は何も言えなくなった。
長い沈黙のあと――
「…代償、いるよ」
かすれた声。
「いいよ」
「今度は本当に、全部なくなるかもしれない」
「いいって言ってるだろ」
魔女は、震える手でリオの胸に触れた。
「……じゃあ契約」
その瞬間――
世界が、静かに崩れた。
翌朝。
少女は、ひとりで目を覚ました。
「……あれ?」
なぜか、胸が痛い。
理由はわからない。
部屋には、誰かと過ごした気配だけが残っているのに。
「……誰だっけ」
思い出せない。
涙だけが、勝手にこぼれた。
森の奥。
魔女は、ひとり座っていた。
「……これでよかったんだよね」
誰に言うでもなく、つぶやく。
でもその手は、強く震えていた。
「全部忘れさせた。あの子も、あの時間も」
空を見上げる。
相変わらず、月はない。
「……なんで私まで」
ぽたり、と涙が落ちる。
「忘れられないの」
魔女は知ってしまった。
人の想いは、消しても――
“完全には消えない”ことを。
胸の奥に残る痛みだけが、
その存在を証明し続けることを。
「バカだなぁ、ほんと」
誰に向けた言葉かもわからないまま。
月のない夜は――
静かに、終わらないまま続いていく。
それから幾度、夜が巡っただろうか。
少女は、相変わらず独りで生きていた。
森の奥、誰も辿り着けぬ静寂の中で。
風は木々を揺らし、
鳥は囀り、
世界は何事もなかったかのように廻り続ける。
――ただひとつ、欠けたまま。
「……また、来た」
魔女は呟く。
誰も来るはずのない場所へ、
足音が響いた。
振り返る。
そこには、一人の少女が立っていた。
「……あの」
戸惑う声。
だがその瞳には、確かな“違和”が宿っていた。
「ここ、どこですか?」
魔女は一瞬、言葉を失う。
「……帰りな」
冷たく言い放つ。
「ここは、来る場所じゃない」
少女はそれでも動かなかった。
「でも、なんか……」
胸に手を当てる。
「ここに来なきゃいけない気がして」
その言葉に、魔女の指先が僅かに震える。
「……知らないよ」
視線を逸らす。
「そんなの、ただの勘違いだ」
「……そう、なのかな」
少女は小さく笑う。
けれどその笑みは、どこか歪だった。
「変なんです。私、何かをずっと忘れてる気がしてて」
沈黙。
森が、異様なほど静まり返る。
「大事な人がいた気がするのに……思い出せないんです」
その言葉は、刃のように突き刺さった。
魔女は強く唇を噛む。
「……だったら」
絞り出すように言う。
「思い出さない方がいい」
「え?」
「忘れてるなら、それでいい」
少女は目を見開いた。
「なんでそんなこと言うんですか」
魔女は答えない。
答えられない。
「……だって、それって」
少女の声が震える。
「その人が、いなかったのと同じじゃないですか」
――違う。
違う、と叫びたかった。
確かに存在していたと。
確かに、誰よりも強く想っていたと。
だが――
それを告げる資格は、自分にはない。
全てを奪ったのは、自分なのだから。
「……帰りな」
再び、同じ言葉。
今度は、ほんの僅かに掠れていた。
少女はしばらく立ち尽くしたあと、
ゆっくりと背を向ける。
「……変なの」
小さく呟く。
「初めて会った気がしないのに」
そのまま、森の奥へと消えていった。
静寂。
風すら、止んでいた。
魔女はその場に崩れ落ちる。
「……なんで」
声が震える。
「全部消したはずでしょ」
記憶も、存在も、痕跡も。
それでもなお――
「なんで残るの……」
涙が、止まらなかった。
土に落ちて、滲む。
まるで、消えきれなかった想いのように。
「……馬鹿」
誰に向けた言葉かも、もう分からない。
リオは消えた。
未来も、存在も、全てを代償にして。
だが――
彼が遺したものは、消えなかった。
名前も知らぬ違和感。
理由も分からぬ涙。
胸の奥に刺さったままの、温もり。
それは呪いのようで、
それでいて――
救いのようでもあった。
その夜。
空に、微かな光が灯る。
欠けたままだった世界に、
ほんの一瞬だけ、月が戻った。
魔女は顔を上げる。
「……嘘」
消えたはずのものが、
確かにそこにあった。
淡く、揺らぐ光。
それはまるで――
「……見てるの」
答えはない。
だが、風が優しく頬を撫でた。
まるで、誰かがそこにいるかのように。
魔女は目を閉じる。
そして、小さく呟いた。
「……最低」
震える声で。
「最後まで、優しすぎるよ」
月は、再び消える。
だがもう、完全な闇ではなかった。
確かにそこにあった光の記憶が、
夜をわずかに照らしていた。
月の無き夜は、続く。
それでも――
完全な闇には、二度と戻らない。
終わりは、訪れなかった。
ただ、形を変えて残り続ける。
消えない想いと共に。
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一言で言って、神でした!!! 小説といったら、私は恋愛系しか見ていなかったのですが、ファンタジーもハマりそうです、!! ありそうなお話だったのに、切ない感じもかけてて、、、神???って感じです!!!😭✨️
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