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夜の街は、いつもより少しだけ騒がしかった。
ネオンの光が雨上がりの路地に滲み、まるで別世界みたいに揺れている。
その中心にあるのが、今夜の目的地――カジノ。
重厚な扉を押して入った瞬間、エリオットは思わず目を輝かせた。
「……すご……」
普段は赤シャツにバイザー姿の彼も、今日はきちんと黒のスーツ。
長い金髪は後ろで軽くまとめられていて、少しだけ大人びて見える。
けれど、表情はいつも通り――にこにこして、どこか無邪気だ。
「はしゃぐなよ、初心者ってバレる」
隣で低く笑うのはチャンス。
中折れ帽にサングラス、ネクタイは少しだけ緩められている。
場慣れしたその空気は、この場所そのものだった。
「えー?だって初めてだし。教えてくれるんでしょ?」
エリオットが一歩距離を詰める。
軽くネクタイを指でつまんで、くいっと引いた。
「ほら、先生」
「……お前なぁ」
呆れた声の裏に、少しだけ楽しそうな気配が混じる。
チャンスは彼の手を軽く外し、そのままカジノの中央へ歩き出した。
「まずは簡単なのからだ。ブラックジャック」
テーブルに着くと、ディーラーが静かにカードを配る。
チャンスは慣れた手つきでチップを置いた。
「ルールは簡単。21に近づけるだけだ」
「へぇ」
エリオットは隣に座りながら、じっとチャンスの手元を見る。
「で、何が面白いの?」
「“やめどき”だ」
カードが一枚、また一枚。
チャンスは一瞬だけ目を細めて――
「……スタンド」
それ以上引かない選択。
結果、ディーラーがバーストして勝ち。
「ほらな」
軽くチップを回収するチャンス。
その横で、エリオットはくすっと笑った。
「今の、運でしょ?」
「違う。確率と読みだ」
「ふーん」
エリオットは自分の番でカードを引く。
一枚、二枚――まだ足りない。
三枚目に手を伸ばす。
「やめとけ」
チャンスの低い声。
「バーストする」
「でもさ」
エリオットはそのままカードを引いた。
――結果、ぴったり21。
一瞬の静寂のあと、チップが積まれる音。
「……な?」
にこにこと笑うエリオット。
チャンスは小さくため息をついた。
「だから初心者は嫌いなんだよ……」
「勝ったのに?」
「それが一番危ねぇ」
エリオットはテーブルに肘をついて、少しだけ顔を近づける。
「じゃあさ、どうすればいいの?」
「勝ち逃げだ」
「つまんない」
即答。
「もっと遊びたい」
その目は、完全に火がついている。
チャンスは少しだけ考えて――ふっと笑った。
「……いいぜ。じゃあ次はルーレットだ」
立ち上がり、今度は大きな円形テーブルへ。
「これはシンプルだ。赤か黒か、数字か――好きに賭けろ」
「好きに?」
「ああ。ただし――」
チャンスはチップをエリオットの手に握らせる。
そのまま、耳元に顔を寄せた。
「全部突っ込むな。必ず残せ」
低く囁く声。
エリオットは少しだけ肩を揺らして笑う。
「……なんかさ」
「ん?」
「優しいよね、そういうとこ」
「勘違いすんな。生き残るためのルールだ」
ルーレットが回る。
カラカラと音を立てて、球が跳ねる。
エリオットは一瞬だけ考えて――
チャンスのネクタイをまた軽く引いた。
「これ、どこ?」
「は?」
「“お前の運”ってとこ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、チャンスが吹き出した。
「……馬鹿かお前」
「で、どこ?」
「好きにしろって言っただろ」
エリオットはにこっと笑って、赤にチップを置いた。
結果――
赤。
また勝ち。
「ほら」
「……マジかよ」
チャンスは額を押さえた。
「お前、絶対ハマるなこれ」
「もうハマってるかも」
エリオットは楽しそうに笑う。
ネオンの光が二人を照らす。
危険で、騒がしくて、少しだけ甘い夜。
その中でチャンスは、ふとだけ真顔になった。
「……いいか、エリオット」
「ん?」
「ここは楽しい場所じゃねぇ。命削る場所だ」
「でもさ」
エリオットはすぐに返す。
「チャンス、楽しそうだよ?」
図星。
ほんの一瞬、言葉が止まる。
それから、ゆっくりと笑った。
「……否定はしねぇ」
「でしょ?」
エリオットはまたネクタイを引く。
「じゃあさ、もうちょい教えてよ」
「何をだ」
「勝ち方」
チャンスはその手を軽く掴んで、外す。
けれど今度は離さない。
「――いいぜ。最後に一つだけ教えてやる」
「なに?」
「一番のコツはな」
少しだけ顔を近づける。
「“降りる勇気”だ」
エリオットは一瞬きょとんとして――
すぐに、にやっと笑った。
「それ、出来る気しないな」
「だろうな」
二人は同時に笑う。
ルーレットの音がまた回り始める。
夜はまだ終わらない。