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前職は舞妓
425
きょう
171
プロローグ:煙草とポテトと放課後の少女
視点:峯岸 健(42歳・刑事)
愛車のダッシュボードに置いたライターを取ろうとして、派手に指先を滑らせた。カチリと虚しい音が響き、不発に終わる。
「……チッ」
煙草を咥えたまま舌打ちをひとつ。車のウィンドウを少しだけ下げ、夕暮れに染まり始めた県立高校の校門へと視線を向けた。
校門からは、カラフルなスクールバッグを肩にかけた女子高生たちが群れをなして出てくる。箸が転んでもおかしい年頃らしく、甲高い笑い声が夕空に響いていた。
そんな賑やかな雑踏の中から、ひとりの少女がのそのそと歩いてくるのが見えた。
皐月渚(さつき なぎさ)、16歳。
ブレザーのボタンを上までキッチリ留め、背中に大きなリュックを背負った冴えない女子高生だ。
彼女が校門を出た瞬間、隣を歩いていた女子生徒グループがサッと距離を置くのが見えた。渚が誰もいない道路の端に向かって、鬱陶しそうに手を振りはらっていたからだ。
『また渚ちゃん、空に向かってキレてる……』
『近寄らないでおこうよ、不思議ちゃんだし……』
周囲のヒソヒソ声が聞こえてきそうだったが、当の渚はどこ吹く風。冷めた顔でふぁーとあくびを噛み殺している。
クラスでの評価は「何を考えているか分からない変な子」。
だが、俺だけは知っている。あいつが空に向かって手を振っていたのは、そこにへばりついている地縛霊がしつこく話しかけていたからだ。
見る、聴く、そして触れる。
フルスペックの超霊媒体質。それが皐月渚という少女の裏の顔だった。
俺がクラクションを軽く短く鳴らすと、渚はこちらに気づき、死んだような目で歩み寄ってきた。助手席のドアが無造作に開く。
「……チース。煙草臭い。車内で吸わないでって毎回言ってるでしょ、峯岸さん」
「車主の勝手だろ。それに窓は開けてる」
渚はリュックを足元に放り投げると、慣れた手つきでシートベルトを締めた。
「で? 今日の捜査協力費は?」
「いつものファミレスで山盛りポテトとドリンクバー。これでどうだ」
「ドリンクバーにソフトクリーム食べ放題もつけて」
「贅沢言うな、女子高生」
軽口を叩き合いながら、車をファミレスの駐車場へと走らせる。
16歳と42歳。親子ほど歳の離れた俺たちがこうしてつるんでいるのは、決して仲良しこよしのおままごとじゃない。
科学捜査では手詰まりになった不可解な事件現場に、俺があいつを連れていき、死者の証言——いわゆる『聞き霊』をさせるためだ。
あいつは死者の怨念だの未練だのを「ちょっと、証言と食い違ってるんだけど?」と冷ややかな対応で聞き出し、俺はその証言を足と刑事の勘で裏付けて犯人を追い詰める。
警察組織の落ちこぼれ刑事と、霊が見える女子高生の秘密のバディ。
……そして。
チラリと横顔を見ると、渚は車の窓の外を眺めていた。茜色に染まる街並みを、どこか遠い目で見つめている。
三年前。
市内を恐怖に陥れた『連続通り魔放火事件』。
あの大火災で、渚は両親を失った。そしてその凄惨なショックが引き金となり、彼女の中に眠っていた霊媒体質が覚醒した。
あの事件の担当刑事だった俺は、煙と炎の中で両親を奪われ、突如として死者の姿が見えるようになってパニックを起こしていた13歳の渚を、ただ抱きしめることしかできなかった。
犯人は未だ捕まっていない。時効の足音が刻一刻と近づく中、俺にとってもあの事件は胸に刺さったままの棘だ。
そして何より残酷なのは——
あらゆる霊と会話でき、触れることすらできる渚が、『一番会いたい両親の霊』にだけは、今日まで一度も会えていないということだった。
「ねえ、峯岸さん」
渚がふいに口を開いた。窓の外を見たまま、ポツリと呟く。
「今日の事件……火事じゃないよね?」
「……ああ、ただのマンションの不審死だ。密室で自殺扱いされかけてるヤツ」
「そ。ならいいけど」
渚は短く答えると、それ以上は何も言わなかった。
あいつが俺の事件捜査を手伝う本当の理由を、俺は知っている。
数多の事件現場を回り、幽霊たちの声を聞き続ければ——いつか、どこかで両親の霊に巡り会えるかもしれないからだ。成仏もできずに迷っているかもしれない二人に、「ここにいるよ」と伝えるために。
俺は煙草の煙を窓の外へ吐き出し、アクセルを少し強く踏み込んだ。
「よし、着いたぞ。ポテト冷めないうちに注文すんぞ」
「はーい。チョコパフェも奢ってね、おじさん」
「調子に乗るな」
車を止め、俺たちはいつものファミレスへと足を踏み入れる。
悲しい過去も、消えない罪悪感も、全部ファミレスの油の匂いの中に隠して。
今夜も俺と渚の、おかしな捜査が始まる。
コメント
1件
もう第1話から心掴まれすぎた…!!😭💕 42歳のダメ刑事×16歳の霊媒女子高生バディ、渋すぎでしょ…!年齢差も立場も超えて、ファミポテとドリンクバーで繋がってるのがもうエモすぎる。渚ちゃんが空に向かってキレてるの、周りからは変わり者扱いなのに実は地縛霊相手だったってオチ、めっちゃ好き。 そして「一番会いたい両親の霊だけに会えない」って…その設定だけで涙腺緩んだわ。火事の事件の真相、絶対気になる。続きガン待ち!🔥