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合同合宿、初日の夜。
消灯時間を過ぎた合宿所の廊下は、しんと静まり返っていた。時折、遠くの部屋から選手たちの寝息や、寝返りを打つ衣擦れの音が微かに聞こえてくる。
(……「夜食、作って待ってる」なんて。治くん、北さんにバレたらどうするの)
私は心臓の鼓動を抑えながら、抜き足差し足で一階の厨房へと向かった。
重い扉をそっと開けると、そこには月明かりに照らされた銀髪の影――エプロンもせず、慣れた手つきでフライパンを振る治くんがいた。
「……遅い。朱里、道に迷ったん?」
「……ううん。途中で梟谷の木兎さんのいびきが凄くて、起きないかヒヤヒヤしちゃった」
私が近寄ると、治くんは「どんまい」と短く笑い、皿に盛ったばかりの「夜食」を差し出してきた。
それは、香ばしい醤油の匂いが漂う、特製の焼きおにぎり。
「……はい、あーん。……合宿所のご飯、ツムがうるさくてゆっくり食えんかったやろ」
「……っ、治くん。自分で食べられるよ……」
「……やだ。……暗闇でこっそり食うんは、俺の手からが一番美味いねん」
逃げ場のない、深夜の厨房。
私は恥ずかしさに耐えながら、彼の差し出した「熱」を口に含んだ。
パリッとした表面と、中のふっくらしたお米。隠し味のバターのコクが、疲れ切った体に染み渡る。
「……美味しい。……すごく、贅沢な味がする」
「……おん。……でも、俺にとっては、まだ足りひんな」
治くんは皿を置くと、私の腰をグイッと引き寄せた。
バレー部員らしい、熱くて広い胸板。
そのまま、耳元に顔を寄せ、低い声で囁く。
「……朱里。……昼間、音駒の黒尾さんに『可愛いね』って言われとったやろ。……あれ、俺の戦術盤にはないノイズやねん」
「……えっ? 見てたの?」
「……当たり前や。……俺の獲物、他の奴に味見させるわけないやろ」
彼が私の唇に触れようとした、その時。
『あーーーっ!! 見つけた!! 治、自分だけ朱里ちゃんと深夜の不潔なもぐもぐタイムしとるやんけ!! 卑怯やぞ!!』
厨房の勝手口から、おにぎりの匂いを嗅ぎつけたらしい侑くんが猛烈な勢いで突っ込んできた。
後ろには、ナイトモードのスマホを構えた角名くんが「これ、心霊写真より怖いね」と楽しそうに続いている。
「……ツム。お前、ほんまに……死ね。……今、一番ええ具材(ところ)やったのに」
「具材って何やねん!! 朱里ちゃん、こいつの夜食には『治専用』っていう洗脳薬が入っとるからな!!」
「……洗脳薬やない。……愛や。……角名、今のツムの『泥棒猫顔』、北さんに送信しとけ。明日、こいつだけ正座や」
治くんは侑くんをしゃもじで追い払うと、私の手をギュッと握り、暗闇の奥へと私を連れ去った。
「……朱里。……合宿はまだ始まったばかりや。……俺の隠し味、一滴残らず君に叩き込んでやるから」
深夜の厨房、隠し味は君の熱。
おにぎりの匂いよりもずっと濃い、治くんの「夜這い(?)」という名の独占欲が、私の理性をじわじわと溶かしていった。