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初めてゲームの中でグランツを見たときは一緒にいて楽しそう、というより一緒にいても楽そうという印象を受けた。オタクとしては、こちらの話を相槌打って聞いてくれる聞き上手なグランツが現実にいたらさぞ心が安らぐだろうと思った。
私はそういう面では、グランツはいいなぁと思っている。
ゲームを始めた当初、あまりにもリースルートが難しすぎて、気晴らしにグランツのルートをやったら、一発でクリアできたから。初めて攻略したのは彼である。しかし、以降一回しかプレイしていない。
クールで寡黙だけど心優しい一面もあって、ヒロインを絶対守るマン……しかし、乙女ゲームの男主人公にしてはあまりにも物足りない。
グランツのイベントはいつも規模が小さくて、味気ないというか……まあそれは、他のキャラが派手なイベントが多いせいであり、暗殺者におわれたり魔物を退治したり命に関わることが多かったせいもある。だから、グランツのイベントはいつも霞んでいた。治安維持の見回りとか……
攻略難易度が低いのは本当に利点なのだが、生涯添い遂げるとなるとなんか違う気がする。
グランツルートは主と従者みたいなのが土台にあるせいで、それがくっついてからも拭いきれないというか。
それに、私はそこまで主従関係には萌えない。
「いや、あ……あの」
「何で俺の名前」
そして、いきなりピンチである。
名前呼んじゃったからね。どうしよう。誤魔化す? いや、無理があるよね。
まだ立てずにいる私を見下ろすグランツ。何もうつしていないその空虚な瞳があまりにも冷たく鋭く私に刺さり、私は冷や汗を流す。
手に握られた木剣がさらに私の恐怖を加速させた。
「……貴族がご令嬢が何でここに?」
「へ?」
そう、口を開いたグランツは一言吐き捨て、興味なさそうな顔で私を見下ろしている。グランツは一応聖女である私を視界に入れてもなお、興味なさそうな顔をしているのだ。
(うわッ……めっちゃ腹立つ。腹立つ…! というか、貴族のご令嬢?)
と、私は眉間にシワを寄せながらグランツを見る。
確かに、借り物のドレスを着て髪の毛もセットして貰った為一見貴族の令嬢に見えなくもないが……どうやら、この服のせいでグランツは私の事を何処かの貴族の令嬢と勘違いしているようだ。だとしても、あまりにも冷たいというか敬意のけの字もないというか。
そもそも聖女らしい服装とは何だろうと考え、やっぱり修道女のような服装なのだろうかと私は思った。
ドレスは着るのに思った以上の時間がかかるし動きにくいし、明日から服を新調して貰えるならして貰おうとすら思った。装飾をふんだんにあしらったドレスは私には似合わない。
私は立ち上がりスカートを叩き、グランツを見上げた。立ち上がっても身長差があるせいでどうしても見上げる形になってしまう。エトワールが小さいというわけではないが、攻略キャラは皆高身長である。
それにしても……
「格好いい……」
「……?」
「いいいいい、いいえ! 何でもないです!」
思わず声に出てしまった言葉を飲み込み、慌てて首を振る。危ない、口に出ていた。
ちらりとグランツを見たが、彼は首を傾げていたが、依然無表情のままである。
リース以外の攻略キャラに会うのは彼が初めてで、やっぱり攻略キャラというだけあって顔面偏差値の高さが異常である。
(……というか何か喋ってよ! 気まずいんですけど!)
私達の間に沈黙が流れ初め、私は何か話そうと話題を探すが、焦れば焦るほど何を言えばいいかわからなくなる。
そもそも、あっちでは(現在進行形で)オタクで自分から人に喋りかけることも、喋りかけて貰ってもろくに会話が続かなかった。それどころか、口を開くことすら出来ず呆れられ誰も寄ってきてくれなくなったと言うのに。
そんな私に、自分から喋れと!?
しかし、こんな状況が続くのはもっと気まずい。やっとの思いでリース以外の攻略キャラに会えたのだから。このチャンスを逃してはならない。それに自分から引き止めておいて、何も喋らないのはまずいと、私は、意を決して口を開いた。
取りあえず、彼が誤解していることから話そう。
「私は、貴族のご令嬢じゃないです。勿論、平民でもありません」
「じゃあ、一体……」
そう、グランツに聞かれまたしても私はしまったと頭を抱えた。
ここで、聖女と言ってしまってもいいのだろうか。いいや、まず聖女だと信じてもらえるのだろうか。
グランツ含め他の攻略キャラは、最初に召喚された聖女エトワールの事は聖女として認めておらず、横暴な振る舞いをする彼女に軽蔑の目すら向けていた。
それは、彼らの中に聖女は清く正しく美しく、女神の化身であるという考えがあったから。だから、人間くさく醜いエトワールのことを聖女と認めていなかった。
――――……が、初対面で何もしてないのに、冷たい目を向けられるってどういうこと!?
悪役は悪役になれってこと!? 酷い!
私は一旦落ち着くために目を閉じ深呼吸をし、再びグランツを見た。そして、目に入った木剣を見て今まで忘れていたことを思い出す。
「その……ッ!」
「……?」
「アンタのその木剣が私の方に飛んできたの! 当たりそうになった! 当たったら死んでいたかもしれない!」
そう私が、グランツの手に握られている木剣を指さすと、グランツは指を指された自分の木剣に視線を移した。
すると、彼は眉間にシワを寄せながら少し考え込むような仕草を見せた後、地面に膝をつき頭を垂れた。
「申し訳ありませんでした。この時間帯にここを訪れる貴族がいるとは知らず……お怪我はありませんか?」
その姿があまりにも様になっていて、一瞬息を呑む。しかし、完全に順番が逆である。
「いや、別に怒ってはないけど……その、とても怖かったなあって、思って。それで……」
「……」
私は怒っていないと伝えたが、彼は顔を上げようとはしなかった。
もしや、グランツは貴族に危害を加えたという罪に問われるのではないかと心配しているのではないだろうか。という推察が頭によぎりとなれば。私は、慌ててグランツの前にしゃがみこみ、彼の肩を揺すった。
顔を上げさせようとしても、頑なに上げようとしないグランツ。
「ほんと、怪我ないから! ほら、顔、顔あげよう!」
「申し訳ございません……」
(クソ……! この頑固者! 私がいいっていってるのに……!)
言うんじゃなかったと後悔したが、死にそうになったのだ。だからただ一言謝って貰えればと思っていたのに。
グランツから、どんな処罰でも受けますみたいなオーラが伝わってきて逆にこっちが責められているみたいな気分になる。この状態だと私が悪いみたいになる。早く立って欲しい。断じてカツアゲしているみたいでいやだ。
顔を上げないグランツを前に、ふと彼の手元に目線を落すと血が滴り落ちていた。
彼が地面に置いた木剣にも血がついている。
「ちょっと、手、手見せて……!」
「……ッ!?」