テラーノベル
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鏡の壁に細い道。
俺はその道を進むしかないのか。
立ち竦む俺の左の鏡に、映像が映った。
まるで映画のスクリーンのように映し出された光景は、こちらを覗き込む、若い両親と幼い紗羅だった。
「こっち見て笑ったわ」
「いちゅきぃ、ねーねだよ」
どうやら、生まれてまもない俺の視点だということがわかった。
若い姿の母さんが、目を細めて笑う。
「二人分の笑顔ね」
「そうだな」
父さんが言うと、紗羅が父さんの顔を見て言う。
「ふちゃりぶん?」
「双葉が一つの樹になったんだよ」
「ふちゃば?」
「紗羅にはまだ難しいな」
父さんが柔らかく笑って、キョトンとした顔の紗羅の頭を撫でる。
両親と姉の何気ない会話に、深い意味はないと思ったが、
少し引っかかるものを覚えつつ、俺は歩みを進めた。
気づけば、グリムリーパーの姿は消えていた。
だが、俺は進むしかない。
自分を奮い立たせて歩んでいくと、鏡の壁がまたスクリーンのように映しだす。
今度は幼い紗羅の怒った顔だった。
どうやら、俺たちはケンカしていたようだ。
そんな懐かしい事を思い出して、俺はクスっと笑った。
また迷路を進むうちに、俺の視点は幼稚園児から小学生へと変わる。
成長していく自分が見ていた光景が、鏡の壁にいくつものスクリーンとして映しだされる。
今度は剣道を習っていた時の俺の視点が、映像に出てきた。
師範に向かって竹刀を構え、踏み込んだ俺。
だが、師範に銅を打たれて、俺は壁に激突していた。
痛さで視界が歪んだ。
帰り道の光景に変わり
「剣道、もう……やめる」
泣き声で言った俺を、優しい眼差しで俺の頭を撫でる紗羅の顔が映し出される。
結局、俺……剣道を辞めたんだっけ。
思い出して、苦笑いする俺だったが——
「今日、このゲームしようぜ!」
鏡の壁から聞こえた声に、俺の足が止まった。
映し出されるその映像から、俺は目を逸らせなかった。
「樹! 今日は、絶対負けないからな」
満面の笑みで笑う少年——蒲生哲也を見て、俺は拳を握った。
小学五年の夏、こいつが転校するまで、俺と蒲生哲也は同級生で、大親友だった。
毎日遊んで、一緒にゲームをした。
蒲生哲也が転校して、最初は互いに連絡していたが、いつの間に連絡も取らなくなり、そのまま離れてしまった。
互いに忘れて、そのまま会わないままになるはずだった。
だが、俺はこいつと再会した。最悪な状況で、最悪な再会。
こいつは、友人でもなんでもない——
昔の蒲生が見せる屈託のない笑みは、今の俺には忌々しい笑みにしか見えなかった。
そう感じながら、俺は右と左の分かれ道まで歩いた。
鏡に映る昔の蒲生哲也の姿を、追うように右に曲がろうとした。
左の方の鏡の壁には、今の俺の姿が映っていることに気づき、視線を向けた。
鏡に映る俺の姿、その後ろにグリムリーパーが不敵な笑みを浮かべて立っている姿が見えた。
——いなくなったと思っていたが、
グリム……死神は、俺の行動を監視しているということか。
だが監視されてるからと、俺は怒りが湧くわけではなく、どちらかというと、諦める気持ちの方が強かった。
もう、抗う力もなく、俺は紗羅の為に七つの魂を集めるんだという気持ちが、高まってきていたからだ。
そして鏡の中の幼い蒲生哲也を追うようにして、歩いた俺の前にまた映し出されたのは……
「———ッ!」
男子トイレで三人の男に、見下ろされている光景。
この光景は、俺の高校一年のあの時だと、瞬時にわかった。
俺はガタガタと身体を震わせた。
鏡に映る奴らはこっちを見て言う。
「梶原、汚ねぇな」
俺を蔑んで見る男——溝口宗輔。
「臭い匂いが、また臭くなったぁ」
[Boulangerie カジワラ]と書かれた紙袋を持った男——西谷順。
西谷は紙袋からロールパンを取り出し、一口かじって、くちゃくちゃと咀嚼音をたてると、唾と一緒に吐き出した。
西谷が唾液の混じったパンの塊を吐き出した瞬間、映像が歪んだ。
——俺の視点の映像だからだ。
俺は西谷から食塊となったパンの咀嚼物を、顔に吐き出されて、視界を塞がれていたからだ。
目を擦って視界を戻した俺が、次に見たのはスマホで俺の姿を写す男——蒲生哲也だった。
映像は続く。
「汚ねぇから、洗ってやれよ」
と言った溝口に頷いて、トイレに置かれたバケツを手にする西谷。
その中の汚水を、俺の頭から被せる。
「うわっ! ますます汚ねぇ!」
笑う溝口と西谷が、
「汚ねぇから、脱がせてやるよ」
「やめろ!」
二人がかりで俺の濡れた制服のシャツを引っ張り、無理矢理に脱がす。
「ズボンも脱がさないとな」
溝口に抑えつけられて、ズボンも脱がされる俺を薄ら笑いで、スマホで撮影する蒲生。
「やめてくれ!」と俺が叫んだ瞬間、
「何をしているんだ?」
と言う声がして、映像は声の主を映す。
それは俺の担任——清水正高だった。
清水は冷たく俺を見下ろし、溝口の方を向いた。
「……あまりやりすぎるなよ」
そう言ってニヤッと笑った清水は、トイレから出て行く。
そう、俺は溝口、西谷、蒲生からいじめを受けて、屈辱的な目に遭っていた。
そんな俺を見て、担任の清水は止めることなく、笑って出て行ったのだ。
その光景が映しだされて、過去の事を思い出さされた俺は両耳を塞いで
「うわぁああ!」
叫び声をあげて、鏡の迷路を走っていく。
——見たくなかった! 思い出したくなかった!
なんで、こんなのを見せるんだ!
怒りと絶望。過去の恐怖の再燃。
俺は半狂乱になりかけながら、迷路を左、右へと走った。
だが、行き止まりになり、そこに映しだされた映像が、また俺を錯乱させる。
職員室の机に座った清水が、俺の顔を見て薄ら笑いを浮かべて言う。
「大学進学? パン屋の息子なんだから、大学に行かなくてもパン屋をやればいいだろ?」
「……」
「お前の姉ちゃんもパン屋になったんだろ?
家族でやってるんだから、お前もそうしろ!
大学は溝口を推薦する。お前は無しでいいな」
ニヤニヤと馬鹿にして笑う清水の顔。
——また、その顔を見ることになるとは……
「くそっ! こいつは……」
そう言って俺は、映像に映る溝口の顔を睨みつけながら、拳を握り締めた。
そうだ。
俺はこの時、こいつを一生許さないと決めた。
こいつを俺は……
そう思った瞬間、映像は消えて行き止まりだった鏡の壁が、扉に変わった。
「最初の魂、決まったな」
俺の後ろから聞こえた、この声。
俺はゆっくり振り向く。
腕組みした腕を上に向けて、顎に手を添えたグリムが両方の口角をあげて冷笑する。
「樹に絶望を与え、七つの大罪——憤怒に値する人間を見つけたな」
俺が最初に刈り取る魂——清水正高。
俺はグリムリーパーに、大きく頷いた。
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