テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
番外編
菊葉家の茶飯事
― 休日、迷子と甘味 ―
土曜日の四条河原町は、平日とは比べものにならないほどの人潮に溢れていた。
今日は任務ではない。四人は連合の制服ではなく、思い思いの私服を纏っている。梅は落ち着いたネイビーのロングコート、蓬は流行りの厚底ブーツに短いレザースカート、桐は黒のパーカーのフードを深く被っていた。
「……椿。何度言えばわかるんですか。人混みでふらふらとショーウィンドウを眺めないでください。はぐれたら面倒なことになると――」
梅が振り返った先には、つい数秒前までそこにいたはずの、182cmの大きな影が消えていた。
「……あ、ヤバい。椿、マジで消えたんだけど☆ 撮影のチャンス逃した〜!」
「……諦めろ、梅。……あの男は、……自分の身長が目印になるという自覚が、欠如している」
溜息をつく桐の視線の先。交差点の向こう側で、京都高島屋の入り口に貼られた「北海道物産展」のポスターを食い入るように見つめている椿の姿があった。
「……っ! 椿! 待ちなさい!」
梅が慌てて駆け寄ると、椿は深紅の瞳を丸くして、のんきに笑った。
「あはは、ごめんごめん。ねえ梅ちゃん、ここのコロッケ、すっごく美味しそうだよ」
「コロッケではありません! 私たちはあなたのマントを買いに来たんです! ほら、行きますよ!」
梅が椿の袖をぐいと引き、無理やり歩き出す。その背後で、蓬がクスクスと笑いながらスマホのシャッターを切った。
「もー、二人とも熟年夫婦かよw ……あ! ねぇねぇ、見て! あそこのクレープ屋さん、マジ映えじゃない!? ウチ、いちごチョコ生クリーム特盛りがいい!」
蓬が26cmの身長差を活かし、椿の腕にすっぽりとぶら下がるようにして、路地裏の行列を指差した。
「え、クレープ? いいね、俺も甘いもの食べたいな」
「……椿! お昼を食べたばかりでしょう!」
「……梅。……諦めろ。……蓬の食欲は、……結界の強度に比例する」
桐の冷静なツッコミに、梅はついに天を仰いだ。
結局、四人はクレープ屋の行列に並ぶことになった。182cmの椿が、小柄な蓬に合わせて少し屈み込みながら、メニュー表を二人で覗き込む。
「椿、これマジでデカいよ! 食べきれるかな☆」
「大丈夫、残したら俺が食べてあげるからさ」
そんな何気ない会話を、梅は少し離れた場所で、白銀の瞳を和らげて見守っていた。
一蓮托生の呪いに縛られた四人。けれど、こうして人混みの中で甘い香りに包まれている時間は、どんな救済よりも彼らの心を「安全」な場所へと導いていた。
「……全く。マントを選ぶ時間は、一時間だけですからね」
梅の小言は、賑やかな街の音に溶けて、優しく響いた。
蓬はいちごチョコ生クリーム特盛でした。椿はどんなクレープが好みでしょうか?
次なる記録 :― 四条の灯火、四つの指輪と今夜の献立 ―