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にてパラ
微アメパラ
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波の音。
遠い青空。
こういう空を見ると、いつも思い出す人が居る。
『弱くて、すまない』
そう言って泣いたあの日の彼を、僕はいつまでも忘れずに居るのだ。
────
世界を戦火で覆い尽くしたあの戦争が終わった後、僕はアメリカさんに一時引き取られた。
日帝は負けた。だからこれからは俺が責任を持って、あいつの代わりにお前の面倒を見る。
そう言われて、僕の戦後は始まった。
アメリカさんは優しい人だった。
僕の話をよく聞いて、ナイチに関する事を沢山話しても拒絶しなかった。むしろ、もっと聞かせてくれと言ってくれた。戦後日本を立て直していく上で、戦前の事や戦時中のことを沢山知りたいのだと。
僕は沢山話した。ナイチがおにぎりを作ってくれた事。日本の遊びとして、色んな自然の物を使ったおもちゃを作ってくれた事。空襲がありそうなときは教えてくれて、真っ先に逃がしてくれた事。
アメリカの爆撃機が僕らの国に頻繁に来るようになった時代、もうすでにパラオに居た人々は違うところに避難させられていた。けれど、僕は残った。小さくても国の化身という事には変わりないし、何よりナイチと一緒に居たかった。
何百年も搾取され、奴隷のように働かされてきた僕らだけれど、20世紀に入って初めてナイチと出会った時──……どうして、と思った。パラオは日本の委任統治領のはずだ。なのに、学校を作って、インフラを整えて、僕らに良くしてくれて。様々な事柄を率先して日本軍がやったのは、戦争をするのに必要だったからなのかもしれない。けれど、それでも僕らにとっては不思議な事だった。ドイツやスペインの植民地だった頃と、全然違う。
『どうして、環境を整えてくれるの』
思わずそう尋ねた事があった。ナイチは塩を手につけて白米を握っている所だった。ナイチのすぐ隣に立って、彼を見上げながら聞いていた。あの頃の僕はまだ世間を知らなかった。
どうして、か、と彼は呟いた後、しばらく黙ってから答えた。
『自分たちがこうされたら嬉しいから、じゃないか』
まるで他人事みたいな答えだった。でもナイチは笑っていた。
どうして笑っていたのだろう。
もう物資も殆ど無くて、人が病にかかって倒れていくような状況だったのに、どうして彼は笑っていたのだろう。
戦後になってやっと気づいた。
僕のためだったんだ。
けれども、彼は一度だけ弱音を吐いた。
僕が傷を作って帰ってきた日のことだった。
アメリカの爆撃機が僕の島を襲い、逃げ遅れた僕は左腕に軽い火傷を負った。
それを見て、ナイチは泣いていた。
初めて僕の前で泣いていた。
もしかしたら、日本兵が一人死ぬ度に彼は弔いながら泣いていたのかもしれない。目の下に涙の跡があることに、その時初めて気づいた。
『私が、もっと、強ければ』
そう言って泣いていた。弱くてすまない、と。僕の胸元に縋るように服を掴みながら、ナイチは泣いていた。
アメリカさんは優しかった。心が広くて、戦争で荒廃してしまった僕らの国をすぐに立て直してくれた。
でも、やっぱりナイチとは優しさの種類が違う。
どっちが悪いとか、どっちが良くなかったとかいう違いの話じゃなくて、思いやりの方向が違った。
きっと、わかり合えたはずだ。
お互いにお互いのことを理解しようとしていれば。
きっと、誰も死ななかった。
────
夏が到来すれば、僕らの戦後はまた始まる。
記憶の中に刻み込まれた音や匂いが鮮明に蘇る。
硝煙の匂い、爆弾の音、銃弾の音。空薬莢が転がるカラカラという音も何千回と聞いた。そして、それらの音は平等に僕のトラウマになった。
ナイチは本土へ戻った際に、目に見えない力を持った爆弾に焼かれて死んだそうだ。
僕らの国の太陽よりもずっと眩しい光を浴びて。
あの時、どうするのが正解だったのだろうとずっと考えている。
そもそも最初から道を誤ってしまっていたのかもしれない。
ナイチを救けたいと思う事自体が駄目なのかもしれない。
それでも、本当にそうなのだとしても。
あの時代、あの時をナイチと一緒に過ごした事だけは、それだけは間違ってなんかいなかった。
また夏が来る。
世界が二分割され、激しい戦火を散らしたあの戦いが最後に終わった季節。
青い空、白い雲。穏やかな波。
あれらが全て赤く染まっていたのが、ようやく晴れた季節。
それでも、僕の胸の中には、ずっとあの頃から変わらないナイチがいる。
どんなに辛くても相手を思いやる心を忘れなかった、真っ直ぐな信念を抱いたあの人が。人のために泣く事ができる、あの人が。
誰よりも優しい、日帝さんが居る。
今日もまた、一歩ずつ進んでいこう。
トラウマを引きずって。暗い過去を背負って。
それでも、今を創るための糧になってくれた、あの人達の魂を連れて。
Fin.
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