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王宮に、異国の風が吹いた。
ある晴れた日の午後――
ユーラナイト王宮に、隣国エルラフィーナから“使者”が到着した。
その先頭に立つのは、
金の髪を薔薇のように巻いた、麗しき令嬢――セリーヌ・ミルディナ。
若干16歳にして社交界で“天使”と名を馳せる美少女で、
今回の来訪は「友好国との文化交流のため」とされていたが――
「まぁ……あなたが噂の、オリビア様」
初対面の挨拶で、そう笑ったセリーヌの瞳は、静かに戦いの火を灯していた。
(……これは、敵意……?)
オリビアは瞬時に察した。
その場にいた近衛兵も侍女も、セリーヌの“可愛らしい”声と微笑みに騙されたが、
オリビアだけは、気づいていた。
(この子、王子様を……狙ってる)
その予感は、すぐに的中する。
「ユーラナイトの王子様って、冷たいけど優しいって……ほんとだったのね」
「……っ」
セリーヌは、ちゃっかりと王子の隣に立ち、腕を軽く絡めようとした。
その瞬間――
「…………やめろ」
アルベール王子が、セリーヌの手を振り払った。
空気が、凍った。
「……っ、王子……さま……?」
セリーヌの目が揺れる。
誰もが予想しなかった拒絶だった。
それも、“貴族の令嬢”に対して、王子が直に触れて拒んだのだ。
その場の全員が凍りついたが――
「……お前には、触れられたくない」
その言葉が決定打だった。
オリビアは一瞬、心臓が止まったような気がした。
(……王子様、今……)
セリーヌの目に、涙が浮かぶ。
「……ごめんなさい。わたし……失礼しました」
そう告げて、彼女は控室へ下がっていった。
その姿を、誰も追えなかった。
***
それから数時間後――
オリビアは、自室のバルコニーでひとり空を眺めていた。
(……王子様、あんなにはっきり……)
セリーヌが悪いとは思わない。確かに、社交上の“過剰な距離感”はある。
けれど、王子があれほどまでに感情を露わにしたのは、初めてだった。
「……嫉妬、じゃないわよね」
オリビアは呟く。
(でも、あの時……少しだけ、嬉しかった)
オリビアの中に、確かにあった“安心”の感情。
それは、“私はただの噂じゃないのかもしれない”という、小さな希望だった。
***
一方、その夜。
王子の執務室では、書類の束の隙間に、怒りの気配が渦巻いていた。
「……あの女、俺の腕に触れようとした」
「令嬢ですので、礼儀の一環かと……」
「……お前がオリビアの腕に触れようとしたら、どうすると思う?」
「え?」
「殺す」
「……そうですね、やはりご自覚ありましたか」
エドワルドは、完全に悟っていた。
(この男、もはや自分が恋に落ちてることに気づいてないだけで、完全に落ちてる)
「……貴方様は本気で好きなんですね、オリビア様のこと」
「違う」
「……耳が真っ赤ですよ」
「それは……血流が……」
「血流って万能じゃないんですよ、王子様」
アルベールは黙り込んだ。
けれど、机の引き出しの奥に隠していた小箱――
中には、白銀の髪に似合うように選ばれた、水色の宝石の髪飾り。
「……渡すつもりだったんだ」
「……いつです?」
「……今日の散歩の時に。けど……他の女に絡まれて、機会を逃した」
「なら、明日渡せばいいじゃないですか」
「……そしたら、“噂のカップル”って、もっと騒がれる」
「騒がれて嬉しそうにしてたの、誰でしたっけ」
「………………」
アルベールは、何も言わずに宝石の箱を閉じた。
でも、その手の中には、微かな迷いと――
“どうか、彼女に届いてほしい”という真っ直ぐな想いが、確かにあった。
***
その夜。
王子は眠れなかった。
オリビアも、同じく。
けれどふたりとも、どこかで確信していた。
――あの距離は、もう“フリ”じゃ埋められない。
だって、心が、もうとっくに動き出していたから。