席に着き、私は今までと同じように今日という日を過ごそうとしている。椅子の木の感触も、机の平らな肌触りも。高校を卒業すれば懐かしいものへと変貌を遂げるのだろうか。昨日と同じ教室に満ちるのは、楽しげなざわめき。
きっと許されない。
私は呪われたんだ。
過去の自分に呪われている。
一生解かれることのない。
一生側に居続ける。
私はその呪いを拒絶しなかった。
何も感じなかった。ただ一日を過ごした。
失望した。
言葉に呪われた私は心の内に秘める本当の課題を言葉になんてしない。
だからいつまでたっても私の心は幼いままなんだ。
いつもの一日はいつの間にか過ぎ、光の差し込む放課後で、私は鞄に教材を詰め込んだ。
道浦は何もしてこなかった。
期待していたのにな。
私は待っていた。きっと今日は何かが起こるはずなんだと。きっと…きっと…。
家での些細な出来事だった。
それでも私は一つの過去を思い出すとどうも今までの過去が絡まって無駄に色んなものが昨日の出来事のように思い出してしまい気が沈んでいた。
私は生きてはいけないようなこの感覚…。
忘れていた。この気の沈みは道浦に出会うまでずっとあり続けていたものだったのに。
1人残る教室で、時間の無駄を感じ、待つのを諦めて私は家に帰ることにした。
階段を降りる靴音がこつこつと響き渡る。物語のエンディングでも迎えたかのような清々しい気持ちになる。
靴箱に向かうと、そこには
道浦がいた。
靴箱の隅で腰を下ろしてスマホを触っていた。
私は何も見ていないように、そそくさと靴を履き替えた。
学校からの帰り道、道浦は私の後ろを着いてきた。居心地の悪さを感じ、私は小走りで歩く。
「ついてくるなよ。」
思いの外、息が上がっていたようで零すように言葉を吐いた。いざ、来られると気持ち悪い。
「君がまた飛び降りようとするかもしれないだろ…」
その台詞はいい加減聞き飽きた。低くくぐもる心配そうな声のトーンに、バス停の前でのあの威厳はどこへ行ったのやら。と私は感じていたのだ。私の生死なんぞ気にしてどうする?だったら尚更、ストーカーなんてことをする自分の行動を慎め、まずはそこから反省しろよ。馬鹿じゃねえの。
「誰のせいだと思ってんだ」
私はできる限りの恨みを含ませそいつを見た。しかし、一瞬目を合わせただけなのに私は目に映る生き物が…生き物が?人間だとは何故か思えなかった。いや、そんなことは絶対にないはずだ。怖いと感じた。次に何をするのか予想がつかないような、人とは思えない…。蛇にでも遭遇したような気持ちだった。
お前は誰だ…?
「いいよ。なんでも僕のせいにしてくれていい…だから…お願いだから、死なないでくれ。」
細く呟いたその返答を合図に、私は反射的に背中を隠した。冷や汗が止まらない。しかし、”これは”逃してはいけない。そう感じたのだ。
「じゃあ面白いことしてよ。例えば私を”殺す”とか。」
「ぶっそうなこと言わないでよ…」
震える声は動揺を隠せない。挑戦的に放ったその言葉に意外にも道浦は興味なさげな返答をした。
「冗談だと思うか?…はははっ…今日はいい天気だね。」
失望と安堵の狭間で私は柵に手を掛け、赤くオレンジに染まる海を眺めた。
ひんやりとした風に吹かれ、髪を乱しながら、私は考えていた。
そういえば、私はどうしてこんなにも死に執着しているんだっけ…。
ないふ…
「じゃあ、さ。君はこれを見ても同じことが言える?」
夕焼けに赤く映る道浦はもぞもぞと鞄をあさり、白いタオルで包まれたナニカを取り出した。
ナニカの正体はその異様な形から直ぐにわかってしまった。サバイバルナイフなどではない。調理用の包丁を取り出したのだ。
「僕たちのストーリーはもう終わるんだよ。だからさ、最後にキスをさせてよ。」
コメント
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執筆お疲れ様です ロマンチックとは言えないけど、そう断ずることもできない、不思議な感覚に陥りました。 不覚にも最後ときめいてしまいました……ここだけ見たら惚れてます…😣 言葉自体はそこまで重くないのに、何故か重く読めてしまうのは木ノ下さんの才能かなにかなのでしょうか…🤔💭