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65
仮住まいへ移ったその夜。
荷物を最低限だけ片付けて、阿部と目黒は早めにベッドへ入った。
知らない部屋。
知らない天井。
それでも隣には目黒がいる。
阿部は布団の中で目黒の手を握った。
「今日は疲れたね」
「うん」
「でも、ちゃんと家出られた」
「うん」
目黒が握り返す。
「次の家、ゆっくり探そうね」
「本棚大きいやつ」
「分かってる」
「キッチンも」
「広いやつ」
「リビングも」
「九人入れるやつでしょ?」
阿部が笑う。
「覚えてるじゃん」
「何回も聞いたからね」
そんな話をしているうちに。
二人とも、いつの間にか眠っていた。
阿部が目を開ける。
「……ん?」
天井がない。
というより。
真っ白だった。
阿部は瞬きをする。
隣を見る。
目黒がいる。
その向こう。
岩本。
深澤。
宮舘。
渡辺。
佐久間。
康二。
ラウール。
全員いる。
「……また?」
阿部が呟いた。
深澤も目を開ける。
「え?」
渡辺が起き上がる。
「何ここ」
佐久間も周りを見回す。
「あ! 夢じゃん!」
「見れば分かる」
渡辺が即座に返した。
ラウールが少し離れたところを見る。
「あそこ」
全員の視線が向く。
そこには。
大きな机を挟んで、天使と魔王が座っていた。
二人とも。
ものすごく真剣な顔をしている。
机の上には。
壁紙の見本。
床材のカタログ。
タイル。
木目。
照明。
何枚もの図面らしき紙。
魔王は一枚の壁紙を持ち上げた。
「これいいと思わない?」
天使が首を傾げる。
「暗くない?」
「魔王っぽくていいじゃん」
「マンションなんだから魔王っぽさ要らないよ」
阿部の眉間に皺が寄った。
嫌な予感がする。
ものすごく。
する。
「……何してるの?」
ようやく声をかけると。
魔王が顔を上げた。
「あ、来た」
「来たじゃないよ」
天使が嬉しそうに手を振る。
「あべちゃん、おはよー」
「寝たばっかりなんだけど」
「夢だからね」
「知ってる」
阿部は目黒を見る。
目黒も明らかに警戒している。
岩本が代表して聞いた。
「今度は何?」
「今度は何って失礼だなあ」
魔王が口を尖らせる。
渡辺がすぐ言った。
「前科が多すぎるんだよ」
「魔法間違えたし」
深澤も続ける。
「ノート勝手に読んだし」
康二が。
「でもアルバムはありがとうな!」
と言う。
阿部が振り返る。
「康二、今それ言わなくていい」
「ほんま嬉しかったから」
魔王は満足そうに頷いた。
「でしょ?」
「調子乗らないで」
阿部が言う。
魔王は気にせず、机の上の資料を整理し始めた。
「実はさ」
「うん」
「俺、現実世界でも旅行したいんだよね」
阿部は無言になる。
天使が横で頷く。
「この前の世界一周、楽しかったみたい」
「めちゃくちゃ楽しかった」
魔王は嬉しそうに話す。
「でも現実世界だと、人間の姿にしかなれないんだよね」
「……それで?」
阿部の嫌な予感が。
どんどん強くなる。
魔王は腕を組んだ。
「旅行するにはお金いるじゃん」
「いるね」
「現実世界のお金、俺持ってないじゃん」
「そりゃそうでしょ」
「だから」
魔王が。
にっこり笑う。
「マンション経営したいんだよね」
沈黙。
阿部が目黒を見る。
目黒も阿部を見る。
深澤が小さく呟いた。
「話飛んだな」
渡辺が頷く。
「めちゃくちゃ飛んだ」
岩本が聞く。
「なんでマンション?」
「毎月お金入るでしょ?」
「急に現実的」
ラウールが笑う。
天使が机の資料を指差した。
「一応、二人で調べたんだよ」
阿部が驚く。
「調べられるの?」
「夢だから大体できるよ」
「便利だなあ……」
感心している場合ではない。
魔王が立ち上がった。
「というわけで!」
嫌な予感が。
確信に変わった。
魔王は机の横に積んでいた紙を配り始める。
まず。
阿部と目黒に一枚。
岩本と深澤に一枚。
宮舘と渡辺に一枚。
そして。
佐久間。
康二。
ラウールには一枚ずつ。
合計六枚。
全部。
真っ白だった。
さらに。
鉛筆。
消しゴム。
「はい」
阿部は受け取った紙を見る。
「……何これ」
「間取り書いて」
「は?」
「だから」
魔王は当然のように言った。
「間取りもデザインも全部好きに決めていいよ」
にっこり笑う。
「その代わり、家賃ちょうだい」
「……」
阿部は。
もう一度目黒を見る。
目黒も。
紙を見ている。
佐久間が一番先に反応した。
「え、好きにしていいの?」
「いいよ」
「部屋数も?」
「好きにしていい」
「壁紙も?」
「好きにしていい」
「すご!」
「佐久間、乗らないで」
阿部が止める。
でも。
佐久間の目はすでに輝いていた。
康二も紙を見る。
「写真飾る部屋作ってええ?」
「いいよ」
「暗室も?」
「いいよ」
「ええやん!」
「康二まで!」
ラウールも。
「天井高くできる?」
「できる」
「じゃあ俺ちょっと興味ある」
「ラウも!?」
深澤が笑い始める。
「あべちゃん、もう負けてるよ」
「まだ何も始まってない!」
魔王は満足そうだった。
「もちろんセキュリティも最新にするよ」
阿部の動きが。
少しだけ止まる。
「……最新?」
「うん」
魔王は指を折りながら説明する。
「オートロックでしょ。顔認証でしょ。防犯カメラいっぱい。エレベーターも住んでる階しか止まらないようにして」
「結構ちゃんとしてる」
目黒が呟く。
「でしょ?」
魔王は得意げに胸を張る。
「エントランスには真面目な手下も置く」
渡辺が眉を寄せた。
「手下?」
「うん」
「人間?」
「現実だと人間に見える」
「見えるだけ?」
「中身は手下」
「怖いんだけど」
宮舘が静かに聞く。
「真面目なんだよね?」
「めちゃくちゃ真面目」
「なら翔太より受付向いてるかも」
「なんで俺と比べたの?」
渡辺がすぐに振り返る。
部屋に笑いが起きた。
阿部は。
まだ紙を見つめている。
最新のセキュリティ。
知らない人が簡単には入れない。
そして。
自分で間取りを決められる。
正直。
かなり魅力的だった。
でも。
相手は魔王。
そこが一番の問題だった。
「……家賃は?」
阿部が恐る恐る聞く。
魔王は待ってましたとばかりに笑った。
「今の家の半分でいいよ」
全員が黙った。
目黒が阿部を見る。
阿部も目黒を見る。
深澤が岩本へ顔を向ける。
「照」
「うん」
「安くない?」
「かなり」
宮舘も考えている。
渡辺が。
「怪しい」
と呟いた。
「俺もそう思う」
阿部は即答する。
魔王が不満そうに頬を膨らませる。
「なんで?」
「魔王だから」
「ひどい」
天使が横から口を挟んだ。
「でも家賃だけじゃないからね」
全員が見る。
天使は。
床材の見本を片付けながら言った。
「光熱費のことも考えて間取り決めてね」
一瞬。
誰も返事をしなかった。
佐久間が瞬きをする。
「……光熱費?」
「そう」
「夢なのに?」
「現実に建てるんだから当たり前でしょ」
妙に現実的だった。
天使は真面目な顔で続ける。
「部屋広くしすぎると冷暖房代かかるよ。窓の大きさとか向きも考えた方がいいし、水回り増やしすぎると管理も大変だから」
康二が感心する。
「天使、めっちゃ現実的やな」
「魔王が何も考えないから」
「俺、ちゃんと家賃考えたよ」
「半額にしただけでしょ」
「優しいじゃん」
岩本が笑う。
「経営大丈夫なの?」
魔王は一瞬。
黙った。
「……旅行できるくらいには」
「不安しかない」
渡辺が言った。
阿部は。
手元の真っ白な紙を見る。
目黒が隣から覗く。
「どうする?」
「どうするって……」
「ちょっと描いてみる?」
阿部は目黒を見る。
「めめ、もう乗り気?」
「だって」
目黒が紙を指差す。
「本棚好きなだけ置けるよ」
阿部が黙る。
「勉強部屋も作れる」
「……」
「ドレッサーも」
「……」
「キッチン広くして」
「……」
「九人入れるリビング」
阿部の指が。
鉛筆へ伸びた。
深澤が見逃さなかった。
「あ、あべちゃん鉛筆持った」
「違う!」
「もう描く気じゃん」
「ちょっと考えるだけ!」
目黒が嬉しそうに笑う。
「本棚どこにする?」
「だからまだ住むって言ってない!」
そう言いながら。
阿部は紙の中央に。
大きな四角を描いた。
「リビングはこのくらい……」
目黒が笑う。
「めちゃくちゃ乗り気じゃん」
「考えるだけだから!」
向こうでは。
岩本と深澤もすでに相談を始めていた。
「寝室一個でいいよね」
深澤が言う。
岩本が。
「その分リビング広くする?」
「そうしよ」
宮舘と渡辺も。
「キッチンは広めがいいな」
「涼太が料理するなら絶対」
「翔太のスペースも作ろうか」
「俺?」
「ソファ大きくする?」
「それは欲しい」
佐久間は一人で。
「オタク部屋絶対いる!」
と叫びながら描いている。
康二は。
「写真の部屋と作業部屋と……」
とすでに書き込みだらけ。
ラウールも。
「ウォークインクローゼット広くしたい」
と真剣だった。
阿部は周りを見る。
「……みんな普通に描いてるじゃん」
目黒が笑う。
「あべちゃんもね」
「俺はまだ検討中」
「はいはい」
しばらくして。
阿部がふと顔を上げる。
「そういえば」
「何?」
魔王が見る。
阿部は。
少しだけ警戒した顔で聞いた。
「インターホンは?」
その言葉に。
目黒も阿部を見る。
一瞬だけ。
空気が静かになった。
今の阿部にとって。
家を選ぶうえで。
かなり大事なもの。
魔王は。
少し考えてから。
「あ」
と笑った。
「それなら大丈夫」
「何が?」
「普通の音だと嫌でしょ?」
阿部は小さく頷く。
すると魔王は。
ものすごく自信満々な顔で言った。
「レベルが上がった時の音にしてあげるね」
「……は?」
阿部が固まった。
佐久間が吹き出す。
「レベルアップ!?」
魔王は嬉しそうに頷く。
「テレレレレッテッテーって」
「嫌だよ!」
「なんで?」
「毎回来客でレベル上がるのおかしいでしょ!」
康二が大笑いする。
「ええやん! 誰か来るたび強くなるんや!」
ラウールも笑う。
「宅配便三回来たら三レベル上がるね」
「上がらないよ!」
深澤がお腹を抱える。
「俺それちょっと欲しい」
岩本も笑っている。
渡辺だけは真顔だった。
「絶対うるさい」
宮舘が。
「音量は調整できるようにしよう」
と現実的にまとめる。
阿部がすぐに言う。
「そもそも採用しないから!」
魔王は不満そうに首を傾げた。
「じゃあ何の音がいい?」
「普通でいい!」
言ってから。
阿部は少し止まった。
普通のインターホン。
あの日の音を。
思い出すかもしれない。
目黒が。
何も言わずに阿部を見る。
阿部は少し考える。
それから。
魔王へ向き直った。
「……普通じゃない方がいいかも」
目黒の表情が少し柔らかくなる。
魔王が嬉しそうに笑った。
「じゃあレベルアップ」
「それは嫌」
「なんで!」
また笑い声が広がった。
阿部も。
笑っていた。
インターホンの音を。
怖い記憶に合わせるのではなく。
これから自分で選べる。
そのことが。
少しだけ嬉しかった。
阿部はもう一度。
白い紙を見る。
まだほとんど空白。
でも。
ここに。
二人で好きな家を描ける。
目黒が隣で言う。
「あべちゃん」
「何?」
「寝室どうする?」
阿部が鉛筆を持ち直す。
「広め」
「ベッド大きくする?」
「うん」
「充電しやすいように?」
「それ関係ないでしょ」
「あるよ」
「ない」
言いながら。
阿部は寝室の四角を描く。
魔王は。
六枚の紙を満足そうに眺めていた。
「いいマンションになりそう」
天使が横から言う。
「まだ土地も決めてないけどね」
「……」
全員の手が止まった。
岩本が顔を上げる。
「土地決まってないの?」
「うん」
魔王は平然と答えた。
渡辺が。
深いため息をつく。
「まずそこからだろ」
夢の中に。
また大きな笑い声が響いた。
コメント
1件
ああもう、この話めっちゃ好きすぎるんだが!?😭💕 魔王が急にマンション経営とか言い出した時の阿部くんの「は?」って顔が完全に浮かんだわwwしかも全員真っ白な間取り図持って「考えるだけ!」って言いながら鉛筆握っちゃうとことか、もう阿部くんのキャラが確立しすぎてて泣ける😂✨ そしてインターホンの話…レベルアップ音はさすがに草だけど、「怖い記憶にしなくていい」って選択肢を自分で持てたのが本当に良かったなって思う。めめが「本棚好きなだけ置けるよ」って釘刺すのもズルすぎるでしょ!でもそれが効くのが分かってるから憎いよな…😌💕 みんなで描く間取り、完成形が見たいよ!次回も楽しみにしてる⋆♡
#❤️💙
みら

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