テラーノベル
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リビングへ向かい、キッチンテーブルを見ても、夕食の準備がされていなかった。
隼人の短い髪の毛には、寝ぐせがついているし、服装は部屋着のまま。
家の中で仕事をしていたって言っていたけど、ベッドかソファの上でゴロゴロしながらゲームをして過ごしていたに違いない。
仕事と言っている作業も、ちょっとやって終わりにしたんだと思う。
「隼人。今日の夕ご飯は?」
「俺、今日ずっと絵を描いてたんだぜ?個展に向けて。夕飯なんて作れるわけないじゃん」
ああ。個展に向けて絵を描いていた……か。またその言い訳をするの?
「隼人が仕事を辞めて、《《画家になる》》って言われた時、応援はするけれど、家事は手伝ってほしいって言ったよね?」
ダメだ。なんだか今日は言葉が止まらない。
「料理は苦手かもしれないけど、昨日だって私が作っているし。家にいる隼人がたまには作ってくれても良いんじゃないの?」
隼人は私の言葉を聞き、キッと目つきが変わった。
「家にいるって、バカにしてんの? もうすぐ個展なんだよ。穂乃果こそ、俺の状況わかってくれよ!」
ドンと机を叩き、隼人は自室へ戻って行く。
ふぅと息を吐く。
最近、こんなやり取りばかりだ。私ってダメな妻なのかも。
応援するって決めたなら、我慢しなきゃいけない。
隼人だって、個展を開いても絵が売れなかったらって気が張っているのかも。
いや、でもあの部屋着姿は、一生懸命絵を描いていたとは思えない。
小言を心の中で呟きながら、ご飯を炊き、簡単なおかずとお味噌汁を作った。
隼人の部屋の前で
「ご飯できたよ」
声をかけてみたけれど、反応はない。
寝たか、シカトか。
リビングで一人でご飯を黙々と食べる。
片づけてお風呂に入って、最近のトレンドファッションについて勉強をしたら、すぐ寝る時間だ。
アパレル店員って、流行りの服装をお客様に聞かれるから。答えられるようにしたい。
寝室のベッドに入るも、隼人の姿はない。
マンションは2LDK。
リビングと寝室と隼人の部屋兼彼の仕事部屋。
実質、寝室が私の部屋みたいなもの。
結婚二年目で、こんな毎日とか。この先、どうなるんだろう。
隼人が画家として軌道に乗って個展も成功したら、昔の仲が良かった時のように、夫婦って復活できるのかな。
自分の子どもを産みたい、私は真剣に考えたいのに。
次の休日、私は高校時代の友だちと久しぶりに会うことになった。
「久しぶり!」
お互いに手を振りあい、長居ができそうなカフェでお茶をする。
「穂乃果、元気だった?」
「うん。元気だったよ。|美里《みさと》は?」
美里は高校の時に同じクラスだった。
真っ黒でミディアムヘアの清潔感ある真面目そうな女性。
何年か前に会った時と変わらない。ううん、今の方が明るく見える。
成績も優秀だった彼女は、会計事務所に勤めていると前に言っていた。
「いろいろあったんだけど。元気。実は子どもを産んだの。今、三か月すぎたところ」
「えっ!そうなの!?おめでとう。言ってくれれば、良かったのに」
知らなかったから、出産祝いとか準備できなかったな。
なかなか会えないから、今度、電子ギフトを贈ろう。
「なんか、言い辛くて……」
言い辛い?
ああ、それってもしかして、私に気を遣ってくれたのかな。
私、まだ子どもいないから。
美里の言葉が少し引っかかったけど、会話は弾んだ。
聞けば美里は、勤めていた会計事務所を辞めて、結婚三年目の年上の夫と妊活の末に出産したらしい。
「仕事を続けながら不妊治療していたんだけど。排卵の関係でタイミングに合わせて病院に行かなきゃいけなかったから。正社員だとそれが難しくて。てか、この時代なのに職場が理解なくて。嫌味言われたから辞めちゃった」
明るく話す美里だけど、辞めるくらいだから、相当肩身が狭かったんだろうな。嫌な思いもたくさんしただろう。
「旦那も仕事辞めて良いって言ってくれたから。こういう時、年上で給料も安泰の男と結婚して良かったと思うよ。今は専業主婦でゆっくり好きなことして過ごしてる。意外と簡単に子どもが預けられるし」
その時、私の中でチクりと心が痛くなった。
美里は何も悪いことを言っていないのに。
これって私に余裕がないから。
理解がある旦那さんで羨ましいって思ってしまったんだ。
「それにねっ!」
美里が思い出したかのように目を輝かせた。
「私、最近、カフェ巡りが好きなんだ。子どもを預けて、ゆっくりする時間が幸せなの。自治体の制度を使えば、結構安く預けられるんだよ」
「そうなんだ。今、いろんなカフェがあるよねっ」
ええと。なんて答えれば良いんだろう。
子どもがいない私にとって、子育てが大変だってことは理解しているつもりだけど。
カフェ巡りか。いいな、楽しそう。
「通ってたカフェの店員さんと珈琲の話で盛り上がって。年下男子なんだけど、プライベートで会うようになってさ?二人でカフェ巡りしてるんだよねっ!めっちゃ癒されるの」
えっと。あれ?
それって……。
美里は悪いことをしている雰囲気でもない。年下男子との趣味交流を楽しんでいるつもりなんだろうけど。それって、旦那さん公認なの?
うん?
別に健全なカフェ巡りだったらいいのか。浮気とかじゃないのかな。
いや、子どもを預けて男性と二人っきりになるって、普通OKな話?
わからなくなってきた。
「そそそ、そうなんだねっ。旦那さんが年上だから、たまには年下の男の子と話すと新鮮に感じない?楽しそうだね。旦那さんは知ってるの?」
もしも友達以上とかになってたら恐ろしい。
今の話は、あまり応援できる話ではない気がする。
「旦那?知っているよ。ああ、男子とカフェに行っていることは知らないかも。そんなに詮索してこないから楽。私も旦那が休日、何をしていようが何も感じないから」
そっか。そういう夫婦のかたちもあるんだな。
「私の話ばかりしてごめん。穂乃果は、最近どう?年下の旦那さんとうまくいってるの?」
どうしよう。
こんなことを話したら、愚痴になっちゃうか。
たまには誰かに聞いてもらいたい。
「実は、旦那が会社を辞めて。夢だった画家になるって言いだして。あと、音楽活動。自称、画家兼ミュージシャン的な肩書で名刺まで作っちゃって……」
ジュースを飲んでいた美里は、飲みながらも私の話を聞き、瞳を大きくさせた。
「えっ。すごいじゃん。画家?そういえば、美術系の専門学校出身って言ってたよね?やっぱり年下だから、若いね。夢、捨てられないんだ」
年下って言っても、隼人は私より二つ年下の三十二歳。
そんなには離れていない。
「そうなんだよ。収入面でいつも揉めてる。最初は、親のコネで絵の教室とか開いて、たまにお客さんがいたんだけど。今はすっかり生徒もいないし。それに、画家って言っても、ほとんど絵が売れたことがなくて。音楽は私から見れば、趣味みたいなものだし」
正面に座っている、美里の目が笑っているように見えた。
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コメント
1件
うわぁ…第2話、めっちゃ胸が締め付けられたよ🥀 穂乃果の“ちゃんと妻をやってるのに報われない”感じ、すごく伝わってきた。隼人が「絵描いてた」って言い訳して部屋着でゴロゴロしてるの、なんかムカつくのに、穂乃果はそれでも「応援するって決めたし」って自分を責めちゃうんだよね…。 美里の「年上で給料安泰の夫」の話、チクッと刺さる描写がリアルすぎて苦しかった。子どもいない自分、稼ぎのない夫、趣味みたいな音楽活動…あの苦笑い、心に残るなあ。 続き、どうなっちゃうんだろう。穂乃果がもっと幸せになってほしいよ😢