「野菜炒め定食、野菜増しましで」
大学の食堂は、この時間いつも混んでいる。
列に並んでいる最中に、何にするか決め、注文口では迷うことなくメニューをいう。じゃないと、後ろが詰まってしまうから。
俺は、いつもと違うものにしてみようかな、と思ったけど、結局はいつもと同じ野菜炒め定食にした。野菜ましまというものができて、ほぼ肉がないとっても等しいものだ。あとは、ご飯とたくあん、味噌汁がついて、四〇〇円くらいか。
お金を払って、定食がのったトレーを受け取り座れる席を探した。運の良いことに、四人がけの席が空いていたので、悪いとは思いながら、その席に腰を下ろす。席に着いたところで、水を持ってくるのを忘れたと、立ち上がろうとすれば、コトン、と俺のトレーに水の入ったコップが置かれた。
「先輩、忘れてたんでしょ。見てましたから、分かります」
「ちぎり君」
「先輩、相席良いっすか。席、空いて無くて」
「あずゆみ君も。うん、どうぞ。俺も、四人席座って悪いと思ってたから」
同じ教育学部の後輩二人が、俺の目の前に頭を下げて座る。ちぎり君の言い方的に、きっと後ろにいたんだろうなとは思ったけれど、彼のめざとさは、ピカイチだと思った。彼は、人間観察が趣味って言っていたから本当によく見ているな、と思った。
あずゆみ君のトレーにはカツ丼が、ちぎり君のトレーにはパンケーキが乗っていた。どちらも定食ではなくて単品みたいだった。何だか、定食を食べている俺が大食いみたいに見えてしまう現象は何故だろうか。
「あずゆみ君って、あんまり食べなかったりする?」
「え、何でですか」
「いや、身体大きいし、食べるイメージあったから……って、何か失礼なこと言ってる気がする。ごめんね、偏見」
「いえ、気にしないで下さい。あまり、食べられない環境に……いえ、小食なので」
と、あずゆみ君は何かを隠すように言うと、視線を落とした。
「え、ああ、ごめんね。変なこと言って」
「いえ。気にかけてくれたんですよね。先輩は」
ありがとうございます、とあずゆみ君は丁寧に頭を下げて感謝の言葉を述べた。
余計なこと聞いてしまったような気がして、微妙な空気が流れてしまう。それを、面白そうにちぎり君は見つめ、あずゆみ君の方に顔を向けた。
「あずゆみ君の事、僕もあんまり知らないなあ。だから、教えて欲しいかも」
ちぎり君はそういいながら、するりと、彼の太ももに手を乗せる。こちら側からばっちり見えてしまい、思わず目を覆ってしまう。ちらりと、ちぎり君の赤い瞳と目が合ったような気がしたが、俺は何も言えず、もしかして、二人ってそういう関係? と、考えを巡らせるしかなかった。俺が、パクパクとコイのように口を動かしていれば、ダンッと大きく机が叩かれ、机の上に乗っていた食器が盛大に音をたてて揺れた。
「おい、瑞姫。俺に触るなっていったよな」
あずゆみ君が我慢できないというように、契君のトレーからナイフを奪い取って彼の鼻先に突きつけた。それはちょっと、危なすぎる、と声をかけようと思ったが、ちぎり君は恍惚の笑みを浮べ、涎が垂れそうなほど、口を開いたままあずゆみ君を見つめていた。
「それ以上気色悪いことやったら、殺すぞ」
「わー熱烈なプロポーズ。嫌いじゃないよ」
フフッと笑うと、ちぎり君はあずゆみ君のお皿から、カツを一切れ抓んで口に放り込んだ。美味しい、と彼の目の前で笑うと、口のまわりについた脂を長い舌で拭う。最後に親指でてかてかと光った涎を拭き取って、意味深な笑みを向け、あずゆみ君を見ていた。あずゆみ君の額に青筋が立っていたから、俺が考えるような関係じゃない、ということは明白だったが、ちぎり君が、うっとりとあずゆみ君を見てるので、もしかしたら、一方的な片思いかも知れないとも取れる。
というか、一瞬感じたあずゆみ君の殺気は、普通の人間が放てるものではない気がした。確かに、それだけで怒る気持ちはよく分からなかったが、日常的に嫌なことをされていたら、怒っても仕方がないとも思う。それでも、あずゆみ君の怒り方というか、普段大人しくて大きな犬みたいな子だから、怒ったところを始めて見て、怖いな、とも思った。怒らせてはいけないタイプの人間だと。
まあ、後輩の恋路に首を突っ込めるほどの男でないことも分かっているから、俺はそっと身を引いて、野菜炒めに手を付ける。
「そういえば、紡先輩。最近何か良いことありました?」
「ん? 俺?」
先ほどまで、あずゆみ君に突っかかっていた、ちぎり君は今度は俺に標的を変えたらしく、ニコニコとして俺にそんな話題を振ってきた。
何か良いことがあったか。
ちらりとちぎり君を見れば、見透かしたように笑っているようにも捉えられて、何だか、背中に悪寒が走る。
(さすがに……ないよね)
人間観察が趣味といっていたけど、ストーカー行為にまでは、手を染めていないだろう……と思いたい。
まあ、ここは、普通に受け取っておくか、と俺は口の中にあったものを飲み込んで、話す。いっても良いか少し悩んだが、この後輩なら口も堅いし、と警戒心が取っ払われて、口が自然と動いてしまった。
「実は――」
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