「ノイデル卿」
私が実の兄ジリーを名指しすると鬼の形相で睨む。私は敢えて『お兄様』ではなく他人のような呼び方をしたのだが、それが気に入らない様子である。
『紳士として学んだのならそれは顔に出すべきではないわね』
私が済まし顔で対応するため尚更に非難の視線がジリーに向かっているが、興奮状態で気がついてはいないようだ。
「では、お聞きしますが、わたくしがお母様に『わたくしを産んでほしい』とお願いすることは可能でしたか?」
淡々と述べたわりにはかなり際どい内容であるためノイデル伯爵親子だけでなく耳を澄ます者たちもみな一拍遅れて首を傾げる。
「「「「は?」」」」
オリビアの母親は、オリビアを出産したが心臓が弱かったらしく出産から三日後に儚くなった。
「愚弄するにもほどがあるぞ!」
「腹の中の赤子がそんなこと言えるわけがないだろうがっ!」
ノイデル伯爵親子はツバを飛ばし私を指差して怒鳴りつけた。
「そうですよね。わたくしはこの世に生を受けお祖父様お祖母様の孫になれたことは、お母様に感謝しております。ですが、それはわたくしがお願いしたことではありません。
それなのに、なぜわたくしが人殺しと言われるのですか?」
目を細めさらに冷静さを強調する。
「お前さえ生まれなければ母上は死ななかったからだっ!」
ジリーの意見に同意を示すようにノイデル伯爵は唇をかみ私をにらみつけていた。
「それは違いますわ!」
私はジリーを真っ直ぐに見た後、右手に体を回転させ、多くの招待客の方へと向けた。
会場中がこちらに注目して黙っているので、やたらと声を張らずとも伝えることができる。
「みなさま。わたくしは今からここで、貴族令嬢らしからぬ言葉を多く使います。しかし、それはわたくしの尊厳を守るために使う言葉です。卑猥な意味をなす言葉ではなく知識としての言葉だと受け止めていただきたく存じます」
私がお腹に手を当て丁寧に恭しく頭を下げれば、あちらこちらで首を縦に振ってくれた。それを確認するとノイデル伯爵―実の父親―とノイデル卿―実の兄―へと向き直る。
「お母様のお命をお奪いになったのは、わたくしではなくノイデル伯爵です」
「ふっ! ふざけるなっ! 私は妻を、エリアナを心から愛していた。彼女を失う事など望んだことは一度もない!」
目をギラつかせ怒りを隠しもしないノイデル伯爵は本当に妻を愛していたのだろう。だが、愛だけではダメなのだ。
「そうですか。つまり、貴方の無知がお母様を苦しめたのですね」
「無知だとっ! 名誉毀損で訴えてやる」
「ええ。構いませんよ。今から何が無知なのか説明いたしますわ。それを聞いて名誉毀損なのか無知であることが事実なのかをお考えくださいませ」
「うぐぐ……」
私の目が揺るぎないことにノイデル伯爵は動揺して歯をむき出して食いしばる。
私は一つ大きく息を吸って話を始めた。
「子供ができるためには性交渉が必要ですね」
成人したばかりの令嬢から『性交渉』という言葉が注目された公然の席で出されたことに一瞬ざわめくが、すぐにざわめきは収まった。
「お祖父様に調べていただいたところ、お母様はお兄様をご出産した後、心臓を患われてしまったそうですね。これはノイデル伯爵もご存知だったはずです」
ゆっくりと誰にでもはっきりと聞こえるように話を進める。
「妻の病状だ! 知っていて当然だ」
「そのお母様にとって、性交渉自体が体の負担になっているとはお考えにならなかったのですか?
わたくしはよく存じ上げませんが、性交渉における運動量は計り知れないものと聞きましたが?」
私の言葉に頬を染めるご婦人方はいるが前もって卑猥な言葉も出ることは断っておいたので、私を罵ったり軽蔑したりする人はいなかった。
「私に愛しい妻を抱くなというのかっ!」
「ええそうです。お母様のお体を第一に考えるならそうするべきでした」
私は大きく頷いてやった。
「わたくしはこちらに来てから、お祖父様のお手をお借りして、いろいろと調べてみました。
ノイデル伯爵。主治医はノイデル伯爵とお母様が揃ったところで、性交渉の危険性と娼館の利用を勧めたとおっしゃっておりました」
いくら医者といえど私が男性と二人きりで会うわけもなく、お祖父様とバレルが一緒に聞いてくれている。私しか聞いてないと思われたら誤魔化されてしまう恐れもある。だから『お祖父様の手をお借りして』と前置きしたのだ。
「妻がいるのに、娼館へ行けというのかっ!」
「お母様のお体がそういう症状であるという特殊な状態です。当時、お母様も納得されていたと主治医が証言しております。
それに、お屋敷に来てくださる性交渉のお仕事の方もいらっしゃるそうですね」
高級娼婦は家に呼ぶこともできる。実はそういう目的の夜会もあるそうで、需要のある仕事だ。
「性交渉を我慢するのは婚前なら皆していることです。どうしてもできないことではないということです。
婚姻後であっても理由があるのならそうするべきなのです」
私のきっぱりとした口調に、ノイデル伯爵は悔しそうに睨みつけている。
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