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#ファンタジー
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夜が明けた、と思う。
ここ、地下のアジトでは時間の間隔が薄れる。多分、外は相変わらずの灰色の空だろう。
富士山の噴火は、まだ続いている。
寒い。このアジトには暖房がないのだ。だから僕と美咲は1つの寝袋に入っていた。あれからずっとそうだ。
そして2人で体の熱を交換し続けていた。
僕には、悪夢を忘れて先を見るために彼女が必要だった。
僕は寝袋をそっと抜け出した。パソコンでネットニュースを開いた。そこでは、首相官邸での銃撃戦が小さく報道されていた。
『テロリストグループが首相官邸に自爆攻撃』
『北畠内閣と救援軍は即座にゲリラを鎮圧。被害もなし。復興事業には影響ありません、国民の皆さん、安心してください』
こんな簡単なニュース。
そして、市ヶ谷の爆発については一言も触れなかった。
代わりに
「小規模な火災により不明な通信障害が場所によっては発生しています」
そんな言葉だけが繰り返されていた。世の中は、見たいものしか見ようとしないようだ。
モニターの前で、僕は無言でコーヒーを啜った。インスタント。ぬるい。本当は砂糖を入れたホット牛乳が欲しいところだがこの環境じゃコーヒーくらいしかない。
美咲は寝袋の中で丸まっている。
その安らかな寝顔を見ていると、少しだけ、世界がまだ生きている気がした。
その時だ。スクリーンの端に、ひとつの通知が現れた。
《量子通信:メッセージを受信》
「うん?誰だ?エンジェルか?」
僕はゲーマー仲間からの連絡と思った。だが、違った。
《わたしはゲリラ部隊の三浦澪(みうら みお)大尉と言います》
初めて聞く名前だ。
《あなたのお父さんから伝言を預かっています》
すぐにリンクが送られてきた。僕はそれをクリックして息を呑んだ。
「……親父?」
通信ログの発信時間は、3日前。爆発の数時間前だ。
僕は震える指で「詳細」をクリックした。画面が切り替わる。
そして、そこに映っていた姿は、あの、親父だった。
グレーの迷彩服。髭づら。ゲジゲジ眉。ちょっと疲れた目元。下がった右肩。
親父は、軍服の上着の襟を直し、寝癖のひどい髪の毛を整えた。
「カッコつけるなよ…」
いつもと違うのは、眉間の深い皺。だが、その目は、いつもよりまっすぐにカメラを見ている。
「お前がこれを見ているということは、俺はもうそっちには居ないかもしれんなぁ」
父ののんびりした声が、パソコンのスピーカーから響く。
「突入の前に、時間差でこのデータを送るよう設定しておいた」
僕は思わず居住まいを正す。
「我々の作戦は奴らの暗号通貨のローカルサーバーはたどり着くことだ。そして、イントラネットから毒虫を侵入させるつもりだ。そいつは、暗号通貨、そしてその背後にある北畠内閣と救援軍のネットワークにバックドアを作ることができる。こいつには、お前が作った量子暗号と俺たちの分散コードを組み合わせてある。さらに、奴らのシステムの一部に偽装してある。だから、多分、バレない。それに、勝手に侵食してゆく。この毒虫が生きていれば、敵の中枢を食い破れる」
父は一瞬、黙り、そして言葉を継いだ。
「ま、無いと思うが、もし俺たちが失敗したら、これをお前に託すよ。勝手にしろ。好きに使え。ただし、ひとつだけ条件がある」
父はカメラ越しに僕の目を見ていた。 あれ、マジだ。
「復讐のためには使うな。人を救うために使え。俺たちは、『壊す』ためじゃない。『大切な人と見る未来』のために戦ってきた。忘れるなよ」
その言葉に、胸が痛んだ。なんだか、随分前にも聞いたことがあるような気がする。
親父は、ふっと笑った。
「約束に、ちょっと遅れるかもしれん。……悪いな」
その瞬間、映像は終了した。
僕は、椅子の背にもたれたまま動けなかった。
「親父、そんな軽い声で、さよなら言うなよな」
気づいたら、視界がぼやける。
親父は防衛省を首になって以来理不尽なことばかりだったと思う。大丈夫だ、って顔して僕を安心させようとしてくれていたんだ。
だけど僕は仮面を被り続けてきた。感情を隠そうとした。全部、自分を守るために。だから、涙なんて、もう出ないと思ってた。でも、あの親父が
「悪いな」
だってさ。ふざけるな。その言葉、心に刺さったんだ。棘だよ。刺さって、抜けなくなった。
親父のメッセージパッケージにはデータファイルが同封されていた。
「毒虫」
僕の量子暗号システムと、親父の分散コードが融合した奇妙な構造体。
敵が検出しようとすると姿を変える。自ら脱皮しながらシステムに広がる死の病だ。
こいつへのアクセスキーと起動手順データが記載されている。これが最後の親父の遺言だ。
僕はファイルを開く。内容を読む。驚くべき技術だった。
「これなら、いけるかもしれない」
僕は、独り言を呟いた。
「何がいけるの?」
耳元で優しい声。
「美咲、起きていたのかい?」
彼女、少し前から目が覚めていたようだ。
「どうしたの?」
「親父から、手紙が届いた」
「手紙?」
「ああ、突入する前に、時限メールを録画していたらしい」
僕は映像を見せた。
彼女は途中で息を呑む。そして、何も言わず、ただ頷いた。
静かに言う。
「あなたのお父さん、時間が無かっただろうに……」
ああ、ほんとだよ、にもかかわらず、なんか、余裕かましてるよな。
僕は自分が泣いていることに、やっと気がついた。
「この遺言、やるの?」
「もちろんだ」
「でも、復讐に使うな、って」
「分かってる。これは、僕たちが引き継いだ。そして、未来を取り戻すために使う」
僕は天井を睨んだ。それから美咲を見る。
そこまできた時、画面が切り替わった。
《ゲリラ部隊の三浦澪大尉です。お父さんのメッセージを見ていただいたでしょうか?》
《はい、見ました。父の遺した毒虫も確認しました》
《彼は、金融サーバーのほかに、情報や軍事システムにも毒虫を入れることに成功しています》
《それは……》
《我々もこれをもとに全面反転攻勢をかけるつもりです》
《しかし、余計なことですが、相手は強大です。親父たちと同じことにならないでしょうか?》
《ありがとう。十分理解しているつもりです。ですので、今回は彼らのA I情報システム破壊、軍事通信の妨害、ドローンを含む軍事機能の麻痺、それに米軍を含む国連多国籍軍の全面支援、全てを同期して行います》
《ついに、やるんですね》
《背水の陣です。そこで、あなた方にも協力をお願いしたいのです》
《何をすれば良いのですか?》
《金融システムのクラッキングです。彼らが抑えている日本の資産を取り戻してもらえませんか?》
そうか、この毒虫なら可能だろう。だが、タイミングが重要だ。奴らがリスクに気がついた瞬間に第三国へ退避させてしまう可能性がある。そうすればもう取り戻せない。
《タイミングは?》
《ディーデイ(総攻撃日のこと)と同じ時間に実施できますか?》
《分かりました。では、詳細指示とデータを送ってもらえませんか》
《感謝します。お父さんは、残念でした》
《親父のためにも成功させましょう》
その後、データ送信を持って通信は切れた。
僕は美咲を振り返った。彼女も頷く。キーボードに向かい合う。エンジェル=ルーズベルトをはじめとするゲーマー仲間たちに緊急集合をかける。
《東アジア救援軍の暗号通貨システムに入り口ができた。こいつを使ってゴッソリ資産を取り返すぞ。協力してくれ》
《すげぇ。で、どうするの?まずは奴らのシステムを止める?》
《そんなチンケなことじゃない。こいつで、奴らの本丸にも侵入できる》
《大きく出たわね。で、使えそうなの?》
《僕の見立てじゃできる。ただ一回きりだろう。奴らだって馬鹿じゃない。対応はしてくるだろう》
《おもしれぇ、乗ったわ》
《ただ、仮説だ。まず、試してほしい。それから反抗作戦を考える》
《それから、奴らの暗号通貨の脆弱性とクラックの方法を書いたデータも送る》
そう、鎌倉の家にいたときに、親父のエロ本棚から出てきた2つのファイルのうちの1つなのだ。
数分後、返信が返ってきた。メンバーがそれぞれ結果を返してくる。
《金融データ確認。電子マネー管理モジュールにも入れそうだ》
《本国サーバーまで見通せるぞ。すげぇ構造だなこれ》
《暗号通貨にもデータ通りの脆弱性あり》
僕は、横に座る美咲の手を強く握る。
「本当に、やれるぞ」
美咲の目が輝く。
「さぁ、次はタイミングだな」
僕は腕組みをした。
3日後の早朝、僕たちの拠点では量子通信端末の光が無数に点滅していた。
仲間から状況のアップデートが入っていた。
《デジタル通貨サーバー、クラック完了。奪われた日本の資産、回収準備完了。いつでもGOできる》
エンジェル=ルーズベルトと仲間から次々完了の報告がある。
さぁ、あと数時間で僕たちの大反抗作戦が始まる。
「これで、あいつらの支配も終わりだ」
美咲が小さく頷いた。
「お父さんたちのバックドア、完璧ね」
「親父の遺言だ。ちゃんと使わないと化けて出られる」
外部からの受信アラートが点滅した。これはゲリラ部隊だ。
《三浦澪大尉です。ディーデイは予定通り実施します。これは最終決定です。決行時間は予定通り日本時間で本日の十三時ちょうど。資産回収の方、よろしくお願いします》
《決行時間了解です。こちらは準備完了しています》
《ありがとうございます。では幸運を》
《幸運を》
通信が切れた。もう後戻りできない。
──そして、その時だ。
机にあるスマホが震える音がした。鎌倉のボランティアリーダーからのようだ。
「美咲、通信だ」
彼女が受け取る。
「うん、うん、そう、わかった。気をつけて」
彼女は電話を終えた。
「どうした?」
ううん、なんでもない。ボランティアリーダーからちょっとした連絡。
彼女は作り笑いをしている。流石に鈍い僕でもわかった。
「よし、行こう」
「行こうって、どこに?」
「子供たちのところだろ」
「え、あそこに行ったら、あなたは捕まるわ」
「今の徳本リーダーだろ。避難所に奴らがきている、違うかい?」
「……」
美咲は口をつぐんだままだ。それが雄弁に答えていた。
そうなのだ。僕たちは、北鎌倉を爆破、そして脱出。死んだと思わせた。そして、ここに隠れていた。
だが、彼女を慕う子供たちは避難所にいる。その面倒を最も信頼できるリーダーに託していたのだ。
「美咲、行こう。もう、反転攻撃は自動的に行われる。僕たちは、それまで耐えればいいんだ。鎌倉の避難所を解放しよう」
「でも、そのまま捕まって殺されるわ」
「大丈夫だ。奴らは量子コインの秘密を知りたがっている。僕を殺すわけには行かないよ」
「でも」
「大丈夫」
僕は押し切った。美咲に代わってリーダーと話す。
「徳本リーダー、そこに救援軍のユエ(岳)大佐いるかい?」
「え、ああ、多分、いる」
「僕が電話で話したいって、呼んで来ることはできますか?」
「いいのか?」
「はい」
「わかった、ちょっと待っててくれ」
突然、画面にあの忘れもしない顔が映った。
冷たい眼をした、東アジア連合の大佐、通称『将軍』。あの日の好敵手。
「久しぶりだな、少年。やっぱり生きていたんだな」
「当たり前だ。お前たちを叩き出すまで死ねねぇよ」
「ふん、まあいい。お前たちの避難所は僕たちが掌握した。条件によっては彼らがどうなっても知らんぞ」
やつは、スマホのカメラを動かす。背後に映った映像。美咲の息が止まる。
教室の一つだろう。子供たちが中央に集められている。周囲には銃を構えた兵士が囲む。
「美咲、これ」
「子供たち……」
彼女の声が震える。
「要求は単純だ。お前たちが姿を現せ。そうすれば、避難所は解放してやる。ただし、逆らえば、分かってるな」
銃口が映った。
「当たり前だ。そのためにわざわざ連絡したんだ。待ってろよ」
僕は吠えた。なんだか、僕の人格そのものが変わってきたような気がするな。
「俺はあんまり気が長く無いんだ。いつだ?」
「昼過ぎには出向いてやるよ。首洗ってろよ」
「おい、遅刻はするなよ。そうしたら子供たちが一人ずつ減ってくことになるからな」
そういって通話は切れた。
「隼人!待って!」
美咲が僕の手を掴む。
「大丈夫だ。勝算はある」
僕は強く握り返した。
「隼人、あなた、少し変わったわね……」
「え、どう?」
「うん、逞しくなった」
それから下を向く。
「もっと好きになった」
ヤベェ、僕の顔は真っ赤になっていただろう。
脳みそからアドレナリンがドバーとでた。ここで頑張らなきゃ男が廃るぜぇー!
「準備して、いくわよ」
おい、北条政子モードだ。
「危険すぎる。姫はここで待ってろ」
僕は慌てて止めようとした。
「ダメよ、あそこには、みんながいるのよ」
「うーん。賛成は出来ないが……彼らの心の支えは僕じゃ出来ないからなぁ」
僕は壁際のロッカーを開ける。そこには薄手の防刃ベスト、使い込んだ木刀、先祖伝来の小刀、短めの警棒、閃光弾、クボタンなどがおさめてある。
「親父、見てろよ。お前の息子が最後をキメるぜ」
反転攻勢開始まで、あと7時間。
避難所は、かつての学校の跡地だ。校庭には、まだテントが立ち並ぶ。
だが、今は、避難民はそこにいない。どうやら体育館に集められているようだ。
代わりに、瓦礫の残る建物の前に、数台の装甲車。
ユエ大佐が待っていた。
「来たか」
「約束どおりだ。みんな?」
「そこだ」
彼が顎を動かすと、子供たちの姿が、体育館の入り口に現れた。
怯えた瞳。
僕は一歩、前に出た。
攻撃スタートまであと1時間半、なんとかして時間を稼がなければ……
「そういえば、あなた、前回はこの子に負けたのよね。よく、恥ずかしくないわね」
おい、美咲が思わぬことを言い出した。やつを焚きつけている。
ちょっと待てよ。これ、シナリオにはないぞ。
「お嬢さん、出過ぎた口は災いの元だぞ」
ユエ大佐は余裕の口調。
「隼人が勝ったらここを解放しなさい」
美咲は強気だ。
奴がちょっと考えた。部下に何か指示する。おそらく前回みたいに邪魔が入らないように用心したのだろう。
そして、僕に向き合った。
「ふん、今回は遅れを取らんぞ」
やつの手には柳葉刀。僕は木刀。
茶色の土の校庭。
僕は呼吸を整える。そうしてつぶやく。『人を殺めることをお許しあれ』。
僕の第二の人格に切り替えた。
そして最初から最強モードで行くことにした。じゃないと負ける。
金窪流剣術、捷径の理。
合図の銃声が鳴った。
僕は横に飛んだ。やつの正中線を崩す。
やっぱり読んでいる。僕の動く方向へ水平に刀をスイングさせる。
僕はその下を潜り抜ける。ユエ大佐に肉薄する。
だが、この動きも読まれた。
蹴りが飛んでくる。
僕はそのまま横転して避ける。
やつは凄まじい勢いで追ってくる。
地面に青龍刀が刺さる。
やばい、やつは金窪流の剣筋を読んでいる。前回の立ち会いだけで学んだのだろう。
やっぱりこの男、できる。
僕は距離を取った。
僕たちは睨み合う。
「はあっ!」
僕は瞬間、意識をさらに研ぎ澄ませた。
自分の神経と時間感覚を極限まで同期させる。世界がゆっくりになる。踏み込む。刺突。
だが、大佐は待ち構えていた。
「同じ手は2度くらわん!」
外された。
そのまま肘打ちが入る。
顔面に衝撃。視界が白くなる。
「……っ、くそ……」
大佐が襲いかかってくる。
僕は左右に逃げる。繰り返し繰り返し同じ動きを行う。そうしてやつの軸をブレさす。
大佐は気付かないうちに僕の動きに同調してくる。
これは、人間の習性だ。知らぬうちに対面する相手に同調してしまうのだ。
これは親父には習っていない。自宅で読み耽った古い指南書に書いてあった技だ。
「幻妖の歩」
僕は目をつぶる。
やつの踏み込み音に集中。1ミリセコンドの反応。これが金窪流の真髄だ。
踏み込む。
只の踏み込みではない。前回より2割方速いはずだ。でも、後でダメージがきやすい。だがここでやるしかない。ある種禁断の術。
やつはついてこれない。
その目は驚愕に開く。
僕はやつの脇腹に木刀を叩き込んだ。そのまま背後に抜け、脳天を撃つ。
だが、信じられないことに、大佐はそのまま横転して僕の二次攻撃に耐えたのだ。
くそ、この石頭野郎め。
今度は大佐が打ち込んでくる。
僕は木刀で交わし続ける。木刀に柳葉刀が食い込む。
斜めにずらして逸らそうとした。
その瞬間、奴が回転した。予測しない動き。
すれ違いざまに柳葉刀の柄で僕の肋骨をへし折った。
「グゥ」
まずい。
僕は体を地面に投げ出す。
大佐は転がる僕を狙って柳葉刀の切っ先を突き刺す。
そのまま転がり続けてなんとか距離を取った。
こいつ、強い。
僕は口を拭う。
え、手にべっとり血がついている。地面を見る。僕の転がった後に血の跡が続いている。やばい、肺を傷つけたか。
僕たちは再び、向かい合う。このままじゃ殺される。時間を稼ぐしかない。
僕はやつを中心に足送りで距離を取ろうとした。
大佐は余裕の表情。僕を追い詰めてゆく。
くそ、足がだんだん動かなくなってきた。
咳が出る。息が苦しい。
ここで打ち込まれたら避けられる自信がない。
もう、奥義も出し尽くしている。万事休すか。
奴がとうとう僕を追い詰めた。背後は建物。逃げ場がない。
ユエ大佐は柳葉刀を目一杯振りかぶった。
その時電子音がなった。
ファンファーレ!。
ポケットの通信端末だ。
美咲が、頷く。そして、よく通る声で宣言した。
「タイムアップ」
まるで、その声に同調するように、避難所の照明が一斉に落ちた。
続いて、空を飛んでいたドローン落ちてくる。
兵たちが耳のイヤフォンに手をやる。突然通信が切れたようだ。
「な、何が……!?」
ユエ大佐も刀を下げて首を振っている
兵士が叫ぶ。通信機を叩くが、何の反応もない。全システムが、沈黙しているのだ。不安げに周りを見回すしかない。
その時、耳を裂くような轟音が上空を切り裂いた。
低空をF-35の編隊がフライパスしたのだ。その後ろにはオスプレイが姿を見せる。
次々と低空飛行で通過していく。相模湾には米軍をはじめとする多国籍軍の艦船が姿を見せ始めた。
剥き出しの巨大な暴力。その光景は、奴らの気力を奪うのに十分だった。
「米軍が、動いたのか」
大佐が呟いた。
「本部からの指令は?」
大佐の表情が凍りつく。
通信が遮断され、部下たちは指示を受け取れない。パニックだ。
大佐は背後の装甲車に駆け寄る。通信担当者と話している。次々に兵士たちに命令を下す。
そして、ゆっくりと、僕の前に歩いてきた。
「また、邪魔が入ったようだ」
「おい、逃げるのか?ゲホゲホ」
我ながら負け犬の遠吠えだよな。僕は横っ腹を手で抱えていた。イヤーな感触だ。
「ふん、また会おう。それまで怪我を治しておけよ!」
そう言って、大佐は背を向けた。
その背中に他の兵士も続く。トラックの群れは土埃の中を消えていった。
僕は、その場に座り込んだ。肺が痛い。手が震える。
「危ねぇ、間に合った」
そう、全部、終わったんだ。
美咲が駆けてくる。
「隼人!」
「ああ、ギリ、間に合ったな」
そのまま彼女は僕に抱きついてくる。
痛えぞ、肋骨、何本折れてるのだろう。
「子供たちたちは?」
僕は精一杯、見栄を張る。
「無事よ」
美咲は泣きながら、僕にしがみつく。その体温が、現実を取り戻させる。
僕は、ポケットからスマホを取り出した。
次々とエンジェルたちから報告が流れてくる。
《金融資産回収成功》
《救援軍暗号資産の欠陥を攻撃完了》
《多国籍軍も全面攻勢を開始》
《ゲリラも快進撃》
ああ、信じられない。
「やったのね……ほんとうに」
美咲が久しぶりに白い歯をみせる。
「いや、やったのは親父たちだ。僕たちは、その続きをちょっと手伝っただけだよ」
「うん」
航空機の爆音はまだ続いている。首相官邸目指しているのだろうか。
「でも、これは第一歩よ」
美咲が厳かにいう。その顔、やっぱ、北条の姫だな。
「なあ、美咲」
「なに?」
「親父、きっとまだどこかで見てるよな」
「ええ。きっと。遅刻してでも見に来てるはずよ」
僕は笑った。
「じゃあ、そのときまで……僕たちも、生きていよう」
まだ、灰色の空。海風が吹いてきた。
その中で、美咲の細くて軽い髪がゆらりと舞う。
不条理な世界が、少しだけ優しく見えた。
「ううう、ゲホ、やばい、血が止まらんぞ」
「隼人!隼人しっかり!誰か、誰か助けて!」
倒れかかった僕を美咲が抱き抱える。大きな胸の感触が心地よい。
「うーん、最高だな」
そう思って僕は気を失った。
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