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「…♪…♫…♬…。あ、ミミ?そこのボディクリーム貸して?」
「ん?これ?。…はい。いつもみたく背中にも塗るんでしょ?」
「うん。今日は全身に塗っちゃおうかなぁ♡。…あ、レオくん。手伝ってくれない?クリーム塗るの。アタシの色んな所に触れるチャンスよぉ?。でも初めてだから優しくしてね?。あ、でも指は入れちゃダメよ?ちゃんと膜を破いてからにしてね♡。…いっ!痛い痛い!。ミミがぶったぁ〜 」
「……………。(…どう応えたらいいのか…わからない…)」
そこはバーランド家伝統の寝室だった。八畳二間ほどの広さで、床は毛足の短いチャコール色なカーペットが敷き詰められている。方向は西、別棟になる工房に向いた大窓には、ちょっとムーディーな朱色のカーテンが引かれていた。因みにココは店舗の真上だ。通行人達の声が聞こえてくる。
私達がいる部屋は登ってきた階段からすぐ手前側。奥の部屋には大きなベットマットと沢山の布団が山のように積まれている。壁に立て掛けられたいくつかの姿見と鏡台に、私が知らない誰かの生活感が淡く漂っていた。
「えっと。あ。俺は…その。(…風呂場での、あの不意打ちは凄かった…)」
「ほらぁお姉ちゃん?。ヤツカドさんが困ってるじゃない。さっきもお風呂で後から抱き着いたりしてたでしょ?。あーゆーのは反則だからね?」
「え〜?あのハグはコミュニケーションよぉ?。ん〜。ミミ?背中に塗ってくれる?。鍛冶やると汗がすごいから、背中にポツポツができないか気になるのよねぇ。…あ。レオくぅん♡。アタシこれからタオルを外すからコッチにおいでぇ?。好きなだけぇじ〜っくり見てくれてイイわよぉ?」
風呂上がりのお肌のケアをしている美人姉妹は、背の高い屏風風の衝立ての向こう側でキャピキャピしている。仲の良い姉妹なのは会話を聞いていればよく分かるのだが、私をちょいちょい誘惑してくるララ社長にミミちゃんは少々ご立腹のようだ。ほんとに私は…ここにいて良いのだろうか?
「…え?…あ。いやいや。さっきお風呂で…ものすごく堪能したんで…」
「え〜?見てくれないのぉ?。じゃあアタシがソッチに行っちゃおう♡」
「おっ!お姉ちゃん!。わたしも居るんだからいい加減にしてっ!」
「きゃん!。え〜ん、またミミがぶったあ〜。ひ〜ん…レオくぅ〜ん。」
「ヤツカドさんが困る事ばっかり言うからでしょ?。まったくもう…」
「あははは。(ララ社長のことだし…また全裸で来るのかと思った…)」
薄い衝立ての向こうから漂う若い女子の甘い香り。八畳ちょっとの広さだと何もかもが生々しく感じてしまう。私が居る方の間にはダブルサイズのベッドマットが、ピタリとくっつけられた状態で並んでいた。上に敷かれた布団と薄目な毛布。こちらは日本よりも気候が良く、過ごしやすい。
「ゴクリ。(まさか三人でひとつのベッドとか言わないよなぁ?。そんなコトされたら、いくら58のおっさんでも我慢できなくなるぞぉ。…そもそもなんでこんなにオープンなんだ?。私を気に入ったとしても、一緒に暮らすことになったとしても、これはかなり…過激じゃないだろうか?)」
巫山戯あっているのだろう、さっきまでの険悪さが二人のどこにも無かった。姉妹とは本来そうゆう物なのだろう。少しくらいの鍔迫り合いは簡単に修復できる。私が経験したくても絶対にできない絆だ。少し羨ましい。
「はい♪お待たせレオくん。…ごめんねぇ?今はそんな服しかなくてぇ。さすがにキッツキツだけど、明日は街に買いに行こうね?。うふふ♡」
「お姉ちゃんのティーシャツじゃ…流石に小さいですねぇ。下も…腰巻きだけでごめんなさい。…日が暮れてから女子が買物に出るのは、ちょっとリスクが多すぎる街なんです。今夜だけはソレで我慢してくださいね?」
「あ、うん。大丈夫だよ。それよりも、この街ってそんなに物騒な街なのか?。昼間に見た時は店とか並んでて…随分活気のある街に見えたのに…」
私が胡座をかいている広いベッドの上に、ララとミミが腰を下ろした。ミミは白く、ララは黒い、袖のないワンピースを着ている。俗に言うところのネグリジェの類だろうか?。胸元がV字に大きく開いていた。これは全裸よりも酷くエロい気がする。私の性癖は、どこか異質なのだろうか?
「この街は昔、修道院の集合体だったのよ。王都にある聖王教会にはたくさんの派閥があって、衰退した派閥はこの街に追いやられたの。そして当時の修道女たちの代表と、追いやられた派閥の司祭が手を組んで、この街を交易の拠点になる城塞都市として、近隣の豪商たちに開放したのよ。」
「はい、ヤツカドさん。お風呂上がりの冷たいワインですよぉ。はい、お姉ちゃんも。このワインも、修道院時代から作られているんですよ?。豪商たちの情報網と、統制のとれた修道女たちの働きにより栄えたんです。」
「ふぅん。…ごく、ごく、ごく。たしかに美味しいワインだね。でも、そんなに栄えた街が、なぜ女性に危険な街になっちゃったんだ?。しかも修道院って敬虔な信者ばかりが集う場所だよね?。あ、商人の方に何か…」
「こく、こく、ふう。違うのよ。凄く栄えたし、女性ばかりの都だから、あちらこちらの国から男達が雪崩込んできたの。ネオ・クイーンの街は美女の宝庫だからってね?。…もう200年以上前の話だけど、それからおかしくなっていったって聞いているわ。…強権な…男社会になったのよ。」
「!?。男社会になったから…女性が危険になる?。法律とかないの?。誰かを傷付けたり、他人の物を盗んだりしたら法で罰せられるよね?」
「その法律が問題なんです。…当時の権力者が掲げた一夫多妻制度。最初はお金持ちだけの特権だったのですが、それが庶民にまで開放されたのです。そして男達は、娶った妻たちを…金銭に替える術を開拓しました…」
「結婚した女性を…金に替える?。それって…人身売買か何かか?」
それは現代の日本にも通じる裏社会の抜け道みたいだった。手段を問わず婚姻させた女性の所有は亭主の物になり、離婚は亭主が認めなければ絶対にできないらしい。それを逆手に取った飴と鞭で、花嫁を雁字搦めにした挙げ句に他国の街で働かせるのだ。それこそ儲けが見込める…夜の街で。
そして花嫁の人数が多ければ多いほど亭主の評判は上がり、その懐は潤ってゆく。そんな胸糞悪いシステムがこの世界では成立しているらしい。まさか…さっき話していた女帝は、そんな非道を黙認しているのだろうか?
「言ってしまえば、この街の男どもは金儲けの為なら手段を選ばないギャングみたいなヤツラばっかりなのよ。…夜に女の子が街を歩いていると…問答無用に誘拐して…何人かで犯して…婚姻届に署名させる。それから三日ほど監禁されている間に、結婚は成立してしまうの。…あとは奴隷よ…」
「無茶苦茶な法律に無茶苦茶な奴等だな。でも私がいた国でも似たような事を平気でやる男達が普通にいたよ。飲めもしない酒を若い女の子に飲ませて、多額な借金を押し付けては街の裏通りで身体を売らせるし、家出少女を言葉巧みに隔離して性奴隷にしたり、薬物中毒にする奴等もいる。腹が立つのはそうゆう奴に限って…自分勝手な正当性を振り翳すんだよな…」
「彼等ギャングはバレなければ何でも有りなんですよ。だから女子のほうが注意するしかありません。王都から派遣された治安部隊の方々も目を光らせているので、最近は大人しくしていますが油断は大敵です。それと女子にとって良い法もあるのですよ?。婚姻女性を傷つければ死罪です♪」
やはり日常生活での不安は、いつかしら大きな不満になってしまうものなのだ。どんなに華やかに見える国や街なみにでも、必ず闇はあるのだと痛感する。それは繁栄するほどに色濃く広がってゆく欲望と絶望の色だ。人類は他者に犠牲を強いて生きている。会社とゆう組織はソレそのものだ。
「え?死刑?。…うん。それは妥当だと思う。卑劣すぎるもんね?」
「だ〜からアタシたちはレオくんにプッシュしてるのよぉ?。レオくんがアタシたちの旦那さまになってくれたなら〜お店も安泰だしねぇ〜♡」
「じっ…実はそうなんです。知らない誰かに拐われて、身も心も滅茶苦茶にされるよりは、自分が好きな殿方と結ばれたいじゃないですか。初めてヤツカドさんを見た時から変なんですわたし。お風呂でのお姉ちゃんみたいに色んなトコロが反応しちゃうし。ヤツカドさん、結婚して下さい!」
薄青いシーツの上で躙り寄ってくる美人姉妹。それ以上に前かがみになると首元のV字から、張りの良い美乳が覗けてしまいそうだ。ララ社長から背中に押し付けられた瞬間、私の心臓は止まった気がした。そんな心配をしている私だったのだが、二人の真剣な眼差しは真っ直ぐに見ている。
「……………。(この姉妹は何を言っているんだ?。今朝がた知り合っただけの馬の骨に求婚だとぉ!?。じっ!爺ちゃんは許さないぞっ!そんなフシダラな結婚は!。…って…当事者は私か。…それで二人は安心するのかな?形だけの婚姻ならできるかも。でも私には…身分証になる物が無いし…)」
「どうかな?レオくん。こんな美人姉妹を妻にできるのよ?。まぁ、アタシみたいなじゃじゃ馬はタイプじゃないかも知れないけど、せめてミミだけでも貰ってやってくれないかな?。君の身分証明は店の名前で発行できるから心配いらないわ。…突然の話しで混乱してるよね?ごめんなさい。」
私の眼の前に正座したララ社長が謝った。食事の時のように華やかに微笑もうとしているのだろうが…どこかぎこちない。明らかな諦めを作り笑顔に滲ませながらも、言葉を選んで妹だけはと薦める姉。私がまだ知らない苦悩や苦痛や暗闇がこの街にはあるのだ。ならば私にできる事はひとつ。
「解ったよ。それがララさんやミミちゃんの為になるのならそうしよう。二人とも…たった今から俺の婚約者だ。(…パソコンもタブレットもスマホも無い世界だ。今の私にできる事は限りなく少ない。それならば私は…)」
私は人生最大の決断をする。結婚が何たる物かも知らず、童貞のままで二人もの美女の将来を引き受けてしまった。しかも男子が女性に食わせて貰うわけにはいかない。取り敢えずララ社長の仕事を手伝うことから始めよう。『為せば成る成さねばならぬ何事も。』これが八門獅子の座右の銘だ。
「ええっ?二人共っ!?。…ほ…ホントにいいんですか?わたしたちで?」
「やっばーい!。レオくんカッコいーっ!。それじゃあ今夜が初夜になるのね!?。ミミ?勝負パンツに変えといて良かったね♪。じゃあ早速♡」
脇目も振らず飛びついてきたララ社長。思えば女性の乳房の感触を教えてくれたのは彼女だ。もっと柔らかい物だと思っていたのに、背中に押し付けられた二つの反発感は、癖になりそうなほど圧しが強かった。できることなら正面から揉んでみたいものだが、その瞬間に私は…たぶん死ぬ…
「ただし幾つか条件があるから!。ひとつ、俺に裸で抱き着かないこと。ふたつ、子供ができるような行為は俺が稼げる様になるまでしない。みっつ、お互いに隠し事をしない。この三つを守れるのなら引き受けるよ。」
首に抱きついたまま、胡座に収まろうとするララ社長を優しく押し返しながら、私は咄嗟に思いついたルールを申し付ける。何もかも鵜呑みにできるほど甘くはない世界だろう。だが引き受けたからには中途半端に終わらせないのが社畜の心意気だ。今は色欲や肉欲に溺れている場合でもない。
「え?。なぜですか?。…女の魅力…ありませんか?。…わたしたち…」
「はぁ?。エッチしないの?。…なんで?。レオくんの好きにしていいのよ?。ううん、少しくらい痛くても我慢するから。…なんでダメなの?」
「これは俺と二人が長く付き合っていく為のルールだよ。俺は未経験だし二人同時とかも絶対に無理だ。それに、どちらかを俺の方から指名するのも弊害がある。…男女の間に必要なのは平等性だと思うんだ。いいな?」
これを行きずりの関係にはできないし、したくない。そして有頂天になっていい話でもないと思う。過労死して、生き返って、若返って、気持ち悪い化け物を殺して、この街に来て、いきなり斬り殺されそうになって、美味い飯とワインをご馳走になって、大きな風呂に姉妹と入って、眠る準備を終えた頃に打ち明けられた、ネオ・クイーンとゆう城塞都市の闇の顔。
こうなったら乗りかかった船、とゆうよりも異世界での宿命みたいな物だろう。助けられたのならば助け返す。なによりも、見ているだけで私が幸せになれる姉妹だ。少し情けなくもあるのだが、すぐに別れてしまうには余りにも惜しい。とにかく私が居ることで安心なら番犬に徹してみよう。