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もと来た道を戻る二人。宮殿の崩壊は既に全壊近くにまで及んでいる。最早、一刻の猶予も無い。
目的の脱出用ポッドまで目と鼻の間となった矢先、異変は起きた。
「――幸人お兄ちゃん!?」
幸人は力無く、膝を着いていたのだ。復元も及ばない程に負った傷は本来なら、即死してもおかしくない程の致命傷。ここまで動けた事が奇跡に近い。
「来るな悠莉!」
慌てて駆け寄って来ようとする悠莉を、幸人は制していた。ここで足止めしている時間は無いのだ。
「でも、でも!」
それでも悠莉は狼狽し、行こうとしない。当然だが。
「いいから行け。このままではお前も助からない」
その時、二人の間の床が割れ、崩壊した。これで退路はおろか、御互いの所に行く事も出来ない。
残された道は――“悠莉のみ”が逃げる事。
「悠莉……短い間だったが、お前が家に来てくれて楽しかった。お前のおかげで、俺は人に戻る事が出来た。礼を言う……ありがとう。そして、お前だけは幸せになってくれ」
己の逃げ場は無いと悟った幸人は、最後に自分の想いを伝えていた。
人を捨て、エリミネーターとして生きる道を選んだあの日から、今に至るまで。
闇を照らした一筋の光。悠莉と出逢い、共に過ごしてから、短いながらも確かな手応えがあった。
全ての問題は終わらせた。後の未来は時の流れが作り、決める事。自分自身に悔いは無い。
だが、悠莉だけは此処で死ぬ事があってはならない。
「……いやだ、いやだよ。そんな御別れみたいな事、言わないでよぉ……」
それでも悠莉は動かなかった。嗚咽と共に涙を溢し、立ち竦んでしまった。
「ボクも一瞬にいく! 幸人お兄ちゃんがいないのに、どうやって生きていけばいいの?」
一人で生き延びても意味が無い。助からないのなら、悠莉は幸人と共に死ぬ道を選んだ。
「馬鹿を言うな! お前だけが死んでどうする?」
“――っ?”
悠莉はその意味が理解出来なかった。
「忘れたのか俺の復元を? 時間は掛かっても、俺は必ず帰ってこれる。だが、お前も此処に残っては、お前だけが助からない事になる……。分かったら早く行け。心配せず帰りを待ってろ」
つまり、そういう事だった。幸人には実は、生き延びれる確固たる自信があったのだ。
「絶対だからね……。絶対、帰ってきてよね!」
悠莉は幸人に背を向け――
“大好きだよ……幸人お兄ちゃん”
涙を振り切って、此処から駆け出して行った。
「ふっ……」
悠莉が去ったのを確認した後、幸人は今にも崩れようとする壁を背に、力無く座り込んだ。
腹部からの血液の流出は止まらない。復元は機能しても、負った傷はそれを凌駕し、浸食し続けているのだ。
幸人は煙草を取り出し、火を点ける。そしてゆっくりと一服を味わう。
“さて、ああは言ったものの――”
「ったく、相変わらずというか、不器用な奴だぜ」
「――っ!?」
幸人は思わず咳き込んだ。声のした方向には、此方へ歩いてくる黒猫の姿――ジュウベエだった。
「ジュウベエお前っ!?」
これには流石の幸人も、状況が理解出来ず困惑した。
「何故、何故悠莉と共に行かなかった!?」
幸人は思わず声を荒げた。てっきり一緒に行ったものだと思っていたから。
「よっこらせっと……」
ジュウベエは構わず、幸人の下腹部へ乗ってきた。
「お嬢は大丈夫だ。強いからな……。そういうお前こそ、無茶言ったもんだな。これ、復元出来るもんじゃねぇだろ?」
「それは……」
ジュウベエは傷口を差し、そう促す。
その通りだった。これは只の傷では無い。時空を超えた、摂理を超えた一撃によるもの。仮に治るとしても、恐らく年単位の時を要する。
「ああでも言わないと、行きそうになかったからな……」
最初から幸人は悟っていたのだ。悠莉へのそれは、優しくも残酷な嘘。
「お前らしいよ。まっ、オレは見抜いてたけど」
「だからといって、お前が残る必要は無かったろうに……」
二人は既に、身を委ねていた。ジュウベエは幸人の下で身体を丸め、幸人も力無く脚を伸ばしきっている。
後は全て、闇に閉ざすのみ。
「言ったろうが。お前の最期を看取るのも、オレの役目なんだよ……。それに、オレの主人は――お前だからな」
「全く……」
「さあ、いこうぜ。皆待ってる――」
そして闇は二人を無常にも、全て呑み込んでいった――
…