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【十一話】
やっぱり困らせてしまったか…
不快で…不快でしょうがなかったのかも知れない…
だからあんなに自分の表情を隠して逃げてしまった…とか?
だったら…謝ろう。答えなくてもいい…と。
その代わりどんな部屋でも良いから住まわせて貰える様に
お願いしてみよう。
そう思って部屋から出て…耳を済ませた。
このだだっ広い屋敷の何処かで激しい水音がした。
…シャワー…何故いきなりそんな事を…
不審に思い、その古めかしい木で出来たドアを
何回もノックした…が返事は無く…
只、水音が絶え間無く続いてるだけだった。
「レオン!レオン!…開けちゃうわよ!」
何度も何度も問いかけ…一向に帰って来ない返事に焦れて思わずドアを開け、中に入った。
するとガラスのドアに仕切られた向こう側には
冬だと言うのに湯気の出ていない飛沫を服のまま
体中に浴びて震えてるレオンが居た。
「…っ!!何してるの!レオン!風邪ひいちゃう!」
悲鳴の様な言葉を掛けて気が付いたら私は無我夢中で
シャワーのコックを捻っていた…がそんなモノ…
一度しか使った事が使った事が無いのでどちらが止めるだか出る…だかさっぱり分からず…
結局、二人で冷水を被る事となった。
冷たくて思わず震えた私を見て彼はシャワーの水を
慌ててお湯に設定した。二人、服を着たまま温かいお湯に濡れながら私はやっと彼に何か話す余裕が出来た。
「…どうして逃げたの?そんなに不快ならはっきり言ってくれても…」
「……違う…違うんだ…」
「…だったら何?…」
「……胸が熱くなったり…するんだ…不快じゃない…
どうしてなんだろう…君が傍に居ると…息が苦しくなって…動悸がして…何かが…暴走してしまいそうで…!」
彼が何を言ってるのか正直な所、私にはさっぱり分からなかった。
只、お湯に温めらながらも自らの体を抱きしめ、
未だ震えの止まらない彼が…怖い筈のこの殺人鬼が…
酷く小さく…消えてしまいそうに危うく…
気が付いたら…私は彼を強く強く抱きしめていた。
彼の背中を何度も何度も撫ぜながら
そのうな垂れる頭を自分の肩に押し付け
「大丈夫…何も怖くない…怖くないわ…レオン…大丈夫よ…」
…何が大丈夫なのか分からないまま…私は何かの呪文の様に彼にそう繰り返した。
されるがまま…微動だにしなかった彼は
ふっと何かが崩れる様…私の体に少し体重を預け、縋る様に抱きついてきて…
そのまま何も言わずに只、黙って温かいシャワーに打たれていた。
水音と私の繰り返す言葉だけが響く
湯気の立ち込めるバスルームの中で…
私は…何の為に産まれ…生き続けてきたのか…
その理由が何か…少し分かった気がした。
言葉では巧く言えないけど…心が少し何かで満ちた様な気がした。
どれ位そうしていたのか…彼がモゾモゾと動き出したので
彼を抱きしめていた腕を解き、そっと身を離すと
こちらを見ていた彼は何度か表情を変え…シャワー室を出て行った。
「今、着替えを持って来るから服を脱いで…
シャワー浴びるといい…」
そう言って足音が遠ざかるのを聞きながら
彼の意図が分からずに首を捻り、不意にバスルームにあった鏡を見た…
そこで初めて気が付いた。
私は彼にシャツを借りたまま着替えてない事に…
そしてその真っ白なシャツは水に濡れ…体に張り付き…
その全てを露にしていた事に…
「………っっ!!いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
もう彼は目の前に居ないと言うのに遅ればせながら感じる‘見られた事’の恥ずかしさで思わず両手で体を隠し、叫んだ。
相も変わらず降り注ぎ続ける温かいお湯に我を取り戻し彼の言ったとおりシャワーを浴び、念入りに体を洗うと排水溝に汚れた水が吸い込まれる様に落ちていった。
こんなに…汚れていたんだ…私…。
鏡をじっくり見ながら隅々を洗うと
改めてじっくり自分を見た。
今まで自覚するほど薄汚れていた自分が石鹸で見る見る白くなっていく様は実に痛快で楽しいモノだった。
生きる事に必死で自分を見つめる事さえ無かったから…着飾ったり…綺麗にしたり…何て…縁の無い世界と思ってた…
だから凄く嬉しくて浮き足立っていた。
さっきの恥ずかしさが少し薄れる程に…
シャワーを浴び終えるとガラス戸の向こうには見た事も無い…愛らしい服とバスタオルが置いてあった。
脱衣所からバスルームを隔てているモノはガラス戸しか無くきっとこちらへ服を置きに来る際、もう一度見られたのだろうか…
そんな事を思うとまたぶり返す恥ずかしさを
振り払う様に深呼吸しながら着替え、廊下へと続くドアを開けた…
重苦しい木の軋み音を立ててドアは開き…
そのドアを開けた真正面には彼が…レオンが壁にもたれて立っていた。
見られた恥ずかしさから目をあわす事も出来ず…
只、赤くなり黙って俯くと彼は小さな声で
「ごめん…」とポツリと謝った。
「謝らないで…私が…勝手に飛び込んだから…」
「でも俺…」
「もうその話は言わないで!…恥ずかしくて……」
そう言ったまま言葉が見つからず俯くと
彼はもう一度「ごめん…」と呟き私の手を引いて
部屋へと連れて行った。
そうして夕べと同じ様に二人でご飯を食べ…
私は手錠の無いベッドで…彼は椅子で眠り…
朝になると又、二人で食事を取り、彼はどこかへ出かけていった。
私は…と言うと…どうしても外には出して貰えず…只、
頑丈に鍵の掛かった屋敷の中だけは自由に動いても良い事になった。
それでも何処へ出たいという事も無かったので
屋敷の中をうろうろしながら掃除をしたり…洗濯をしたり…
本当の使用人の様に彼の帰って来るまでの時間を過ごしていた。
そして夕方になり…彼は帰って来て
私に外の世界の話を聞かせてくれた。
…とはいえ、「研究室でどうだった…」だの
「この器官で新しい事を発見した」だの…
私の分かる話は少しも無かったけれど
それでも彼が何かを話してくれる事が嬉しかった。
そんなある日。私達の眠る所の隣の部屋から一冊の本を見つけた。
それは彼がよく読んでいる小難しい本の様な規律正しい文字列ではなく
ここに以前住んでいたらしいお母様の字…らしきもので
淡々と綴られた日記…の様なモノだった。
こういったモノを読むなんて…きっとイケナイ事なんだろうとは思っていた。
只…今こそ少しはマシになっているが…
出逢った頃はまるで感情を知らない子供の様な彼だった…
その理由が少しは分かるかもしれない…
それに…彼は‘ここの家に居た人間は全て母が…’と言っていた…
その理由を私はどうしても知りたかった。
こんな裕福な家に棲み…何も困る事が無い様に思える女性に一体何があってそんな結論に至ったのか…
いえ…それは読む事への罪悪感からそう言い訳してるだけかも知れない。
今や私にとって…彼が全てで…彼だけが私の世界で…
その彼に繋がる事なら…何だって知りたかったから…
そう思い、表紙を開いた私は言葉を失った…
涙が…まるで涙腺が壊れたかの様に…とめどなく溢れていた。
どうして人が人を壊すのか!他に選択肢など無かったのか!
育てられる環境があるにも関わらず!その命は…例え狂った人間でも‘夫’の子であるにも関わらず!どうして我が身だけを案じたのだ!
どうして…っっ!
例え彼が‘悪魔の子’だったとしても!
…ほんの少し位…愛して上げれなかったのか!
たった一つの微笑さえ与えてやらなかったのか!
どんどん心が闇に飲み込まれていったとしても…
抱きしめてやる事すら出来なかったのか!
彼は家に居る間ずっと私の傍に居る。
私を言葉で縛ろうとする。
まるで母を恋しがる子供の様に…
満たされなかった想いは逝く事無く…
只、形を変え…何とか得ようと必死に手を伸ばす。
私で良いなら…全てを捧げよう…貴方に…
他に私を必要としてくれる人など…誰も居ないのだから…
私の世界には貴方しか居ないのだから…
貴方しか…要らないのだから…
いつの間にそう思い始めていたか…など
私には分からなかった。
只、連れ去られ…ここに来た時から…
外の世界への興味を一切無くしていた。
その上…彼は私に優しかった…沢山の本を与え…
沢山のモノを与え…沢山の笑顔を私に与えてくれた…
それだけで私の人生は全て満たされたと感じた。
どうしてだか分からないけど…
ずっと…この時間が続けば良い…と
心の何処かで思い始めていた。
【続く】