リビングは静まり返っていた。
スマホの光が消える。
なつは目を伏せたまま言う。
「……昔の話だ」
「昔って?」
いるまが聞く。
なつは少し考える。
「数年前」
それだけ。
でも、重い。
「仲間がいた」
静かな声。
みことが視線を上げる。
「そいつ、壊れかけてた」
笑わなくなって。
連絡も減って。
夜中に意味のない電話。
長い沈黙。
「気づいてた」
なつの指が、わずかに震える。
「でも、重いって思った」
部屋の空気が止まる。
すちの表情が消える。
らんも何も言わない。
こさめはいるまの袖を強く握る。
「俺が背負うもんじゃないって、思った」
距離を置いた。
既読をつけない日もあった。
電話を切った日もあった。
その夜-
なつの声が、ほんの少しかすれる。
「また電話、鳴った」
夜中。
名前が光ってた。
でも。
出なかった。
“明日でいい”って思った。
「次の日、そいつはいなくなった」
詳しくは言わない。
言えない。
でも、全員わかる。
軽い話じゃない。
「俺は助けられなかったんじゃない」
ゆっくり顔を上げる。
「助けなかった」
はっきりと。
言い訳なしで。
その言葉は、刃みたいだった。
いるまの胸がきしむ。
数か月前。
玄関で崩れた夜。
なつは言った。
“壊れたやつが立ち直る場所だ”
あれは誓いだった。
後悔から生まれた誓い。
スマホがまた光る。
【救えなかったくせに】
【ヒーローごっこなんてやめろ】
らんが低く言う。
「生きてんのか、そいつ」
沈黙。
なつの目が、ほんの一瞬だけ揺れる。
その揺れが答えだった。
みことが小さく言う。
「消えてないんだね」
なつは否定しない。
いるまは一歩前に出る。
怖い。
でも逃げたくない。
「……それで、今?」
なつは苦く笑う。
「多分、俺を壊しに来てる」
守る側のはずだった人が。
過去に、足を掴まれている。
静かな家。
でも、もう平穏じゃない。
数年前の夜が、
今、扉を叩いている。
夜はまだ静かだった。
リビングにいるのは、なつと、いるまと、みこと。
テーブルの上のスマホが、また光る。
表示名。
ゆう
いるまの喉がひくりと鳴る。
なつは、画面を見つめたまま動かない。
【出ないの?】
短いメッセージ。
追い詰めるみたいに。
みことが静かに言う。
「……その人?」
なつは、ゆっくり頷く。
「ゆうだ」
空気が重く落ちる。
こさめも、らんも、すちも、廊下から動けない。
なつが、スマホを握りしめる。
「数年前、一番近かったやつだ」
一番近かった。
その言い方が、過去形なのが痛い。
「俺が、距離置いた」
夜中の電話。
長い沈黙。
「めんどくさいって、思った」
その一言が、部屋を冷やす。
いるまの胸がぎゅっとなる。
なつは続ける。
「最後の電話、出なかった」
ゆうは何も言わなかった。
ただ、呼吸の音だけが聞こえていた。
それすら、うるさいと思った。
切った。
“明日でいい”って思った。
明日は来なかった。
「消えたんだよ」
なつの声がかすれる。
「俺から」
死んだとは言わない。
でも、いなくなった。
連絡先も消えて。
居場所もわからなくなって。
それで終わりのはずだった。
スマホが震える。
着信。
画面いっぱいに、ゆう。
全員の視線が集まる。
なつの指が、止まる。
出るか、出ないか。
数年前と同じ分岐点。
いるまは、なつの手を見る。
震えている。
守る側だった人の手。
「……出ろよ」
らんが低く言う。
すちも小さくうなずく。
みことは何も言わない。
でも目は、逃がさない。
いるまが、そっと言う。
「今度は、明日にしないで」
静かな一言。
なつの目が揺れる。
呼吸が浅い。
着信が、あと数秒で切れる。
なつは――
指を、画面に滑らせた。
「……ゆう」
静まり返る部屋。
スピーカー越しに、息遣い。
そして。
「久しぶり、ヒーロー」
低く、笑う声。
冷たい。
あの夜とは違う。
壊れた側じゃない。
壊しに来た側の声。
なつの喉が鳴る。
「生きてたのか」
「残念だった?」
ゆうが笑う。
「俺さ、あの夜からずっと考えてた」
沈黙。
「なんでお前は、俺を選ばなかったんだろうなって」
いるまの胸が痛む。
選ばなかった。
なつは、何も言えない。
ゆうが続ける。
「今、楽しそうだな」
「居場所作ってさ」
その言葉に、いるまは顔を上げる。
知っている。
この家のことを。
ゆうは、全部見ている。
「なつ」
ゆうの声が少し低くなる。
「今度は、見捨てるなよ」
通話が、切れる。
沈黙。
なつは、立ったまま動かない。
過去は、消えてなかった。
ゆうは、生きている。
そして。
なつの“守る側”を壊しに来ている。
うらでひそかに、黒い物語が進んでいた…
名前に関してはすまん…
てかべつのひとでてきちゃってるからなおさら






