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昼休みを知らせるチャイムが鳴り響く。
多くの人が、購買や学食へ向かうため教室を出る。
普段、俺は移動教室以外で教室を出ることはほぼ無い。
だが、昼休みは特別だ。
家から持ってきた昼食と、大きな鞄を抱えて廊下へ出た。
そのまま生徒の流れに逆らって、目的の場所まで黙々と足を進める。
暫く歩いていると、すれ違う生徒がほとんどいなくなり、目的の場所に到着する頃には人の気配が全くなく、生徒達のはしゃいでいる声も遠くに聞こえた。
それもそのはず。
ここは、普段誰も近寄らない屋上へ続く階段の踊り場。
あまりに誰も来なすぎて、ホコリが溜まっているくらいだ。
それでも、ここが俺の特等席だった。
ゆっくり腰掛けると、肩の力が抜ける。
ほっと一息つき、家から持参した昼食をなるべく急いで食べ始めた。
この後の時間を少しでも確保するためだ。
「ごちそうさまでした。」
誰もいない空間に俺の声だけが響く。
昼食を食べ終わると、教室から一緒に持ってきた大きな鞄、ギターケースからギターを取り出す。
1つ、息を吸う。
ギターを鳴らす。
そして、歌い始める。
曲はその時によって異なる。
自分が好きな曲ばがりだが、たまに自分で思いついたメロディーを奏でる時もある。
今日は、昨日家で見た古い映画の主題歌だった。
柔らかい曲調に、悲しい失恋の歌詞がミスマッチなようで、唯一無二なようで、1度聞いてから頭から離れなかった。
目を閉じ、映画の風景を思い出しながら歌う。
俺は、自分の世界に入り、歌い続けた。
珍しく昼休みに一人で廊下を歩いている。
普段はいつものメンバーと過ごしているのだが、そのメンバーのうちの一人が昼休みにふざけたことを始めた。
昼食を食べた後、「王様ゲームをしよう」と言い出したのだ。
その時点で俺はあまり乗り気じゃなかったが、囲まれている状況で逃げれるはずもなく、嫌々参加した。
最初の方は、「そのお菓子くれ」だの「一発ギャグをしろ」だの、許せる範囲の命令だったが、どんどんヒートアップしていった。
最終的に、金銭の貸し借りや嘘で告白しろなど、目に余る内容が飛び交っていた。
痺れを切らした俺は、トイレと嘘をついて抜け出してきてしまった。
今更戻りたくもないし、昼休みが終わるまでどこかで寝ていようかな。
そう思いながら、あてもなくフラフラと歩いていると、普段来ないような場所まで来てしまっていた。
気付けば人が全くいない。
こんな静かな所があるのか。
「この先って、屋上か。」
一人でポツリと呟き、足を進める。
2、3歩歩いたところで足が止まった。
音が聞こえる。
いや、音というか歌だ。
誰かの歌声とギターの音。
誰か音楽を流しているのか?いや、この音の感じは、
歌っている。
しかも凄く上手い。
安定したピッチとリズム、聞き取りやすい透き通った声。
誰が歌っているんだろうか。
俺は、その声に吸い寄せられるように階段を上り始めた。
ひとつひとつ階段を上る毎に声が近くなる。
なんだか、いけないことをしている気分で心臓がドキドキした。
階段の途中まで上ると、俺は顔だけ踊り場の方へ出し、覗き込んだ。
そこには、弾き語りをしている一人の生徒がいた。
肌は白く儚くて、髪はふわふわと風に揺れていて、高くスッとした鼻はその白い肌に美しい影を作っていて。
少し伏せられた瞼には、長いまつ毛が被さっていた。
ただただ、純粋に綺麗だと思った。
「ゎ、わぁ!?!?……な、なんですか…。」
「えっ、あ、……ごめん、。」
ぴたりと歌が止まり、代わりに彼の大きな声が踊り場にこだました。
見蕩れてしまったのだろう。そっと覗くはずが、完全に俺は体を乗り出していた。
普通に考えて、一人で歌っているところなんて見られたくないよな。
恥ずかしい思いをさせてしまって、申し訳ない。
「えっと、ごめんね?盗み聞きするつもりなんてなくて……って、あ、ちょっと!」
気まずい雰囲気を何とかしようと言い訳を並べ始めた俺には目もくれず、彼はギターを急いでしまい込み、走り出した。
恥ずかして居ても立ってもいられなくなったのだろう。逃げ出す彼を俺は何故か追いかけ、腕を掴んで引き止めてしまった。
自分でもなんでそんなことをしたのか分からない。
本能的にそうしてしまった。
「な、なんです、か、……。」
「えっと…その……。」
引き止めたはいいものの、その先の事なんて考えていない。また気まずい雰囲気が流れてしまった。
目の前の彼は、知らない人に腕を掴まれ、どうしていいか分からずオドオドしていた。
俺よりも一回りくらい体が小さい。
自分より大きな男に腕なんて掴まれたら、そりゃ怖いよな。
でもこの人、目がすごく澄んでいる。
さっきは伏し目でよく分からなかったけど、案外タレ目なんだな。
さっきの歌凄く上手かったな。
聞いた事ない曲だったけど、何の曲だろう。
どうしてあの場所で歌っていたんだろう。
聞きたいことは沢山あるのに、何も口から出てこない。それでも、何か言わなければと思い、
「俺、佐野勇斗。2年B組の佐野勇斗です。」
なんの前触れもなく、いきなり自己紹介してしまった。
何してんだ俺。もっと他に言うことあっただろと、心の中で後悔していると、彼がゆっくり口を開く。
「…………2年、A組……吉田仁人。」
か細い声でそう言い残すと、俺の腕を振り払って走り出してしまった。
高校2年生になって少し経った、五月晴れの爽やかな日のことだった。