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それから数日後。
例のごとくフミヤと鉢合わせて一緒に帰路を辿り、以前フミヤの家で読んだ漫画の最新刊が彼の家にあると言うので、もう数えられないほどに遊びに来ている彼の家の敷居を跨いだ。
 フミヤは部屋の主であるというのに床に寝転がって文庫本を読み始めたため、俺はベッドに陣取って例の漫画の最新刊のページを捲る。
 まだ春だというのに、陽当たりの良いフミヤの部屋は蒸し暑く、文句を言うと扇風機と麦茶を運んできてくれた。
 ぬるい風に当たり、ぬるい麦茶を飲み、漫画を読み進める。
 ふと、以前フミヤが内臓がどうだのと言っていたことを思い出したが、それ以降は特にそういう気色の悪い話題を口にしなかったし、今も大人しく文庫本を読み耽っているしで、大方あの時は変な漫画でも読んで影響されたのだろうと片付け、手元の漫画に意識を戻した。
 寝苦しさと微かな尿意を覚えて目を覚ます。
 心地の良い眠気とだるさと、不快な熱気に包まれながら首を捻ると、そこは自分の部屋でなくフミヤの部屋だった。
 そうだ、漫画を読みにきて眠ってしまったのだ。
 寝起きの頭で状況を理解して起きあがろうとすると、腹に重みを感じることに気がついた。
 視線をやると、誰かが俺の腹に手を置いている
当然それは、フミヤの手だった。
 彼はベッドに腰掛けて俺を見下ろしつつ、俺の腹部に手を置いていた。
 「何してんだよ」
 不思議に思って聞くと、フミヤは俺の腹を凝視しつつ、
 「ここが、膵臓」
 と 言った。
「は?」
 「その少し下の両脇にあるこれが、腎臓。それでここの外側にぐるっとあるのが大腸で、その中、ここにあるのが小腸」
 フミヤは説明しながら手を滑らせて、ヘソの下あたりをぐっと押した。
 俺はその手の温度を、呆然としながら感じている。
 「それで、ここが膀胱。女だったらこの奥に子宮かな。お前は男だから、精嚢か」
 彼の指が膀胱を押し揉み、その時初めてフミヤが俺の方を見た。
 視線が合う。
 俺はその瞬間になってやっとこの光景が現実のものだと理解し、フミヤの手を押し除けようとしたが、奴はびくともせずに俺の腹を押さえつけ続ける。
 「離せよ」
 「ほんとに無警戒だよな」
 俺の精一杯の凄みを無視したフミヤは、馬鹿にしたような笑みを湛えて俺を見下した。
 「ミステリものだったら真っ先に死んでるよお前」
 フミヤが笑った。
 俺は、ひどく混乱した。
 よく知った幼馴染が、全く知らない人間のように見えた。
 友達の家でうたた寝することの何が悪いんだよ。頭の中で、どうにもならない反論をしたが、やはり無意味だった。
 「お前昔、俺ん家に泊まった時、小便漏らしたことあったよな」
 フミヤが、指の腹で腹の下を何度も押す。
 押されるたびに尿意が迫り上がってきて、膀胱がヒリヒリと燃えるように痛く、熱くなる。
 反射的に膝を擦り合わせ、「やめろ」と許しを乞うような気持ちで言い彼の腕を両手で掴むが、フミヤはそれでも腕の力を緩めない。
 「また漏らすか?あの時みたいに」
 フミヤが珍しく、楽しそうに笑って言った。
 俺は嫌な汗をたくさんかいていた。
 頭の中が真っ白くなり、すんでのところで踏み止まっている力が抜けそうになって目の前がチカチカと明滅した。
 しかしその時、ふっと腹が軽くなる。
 「冗談だよ」
 フミヤがあっさりと手を離し、ケラケラ笑った
俺はまたも呆然としたが、彼が心底可笑しそうに笑いつつ「早く便所行けよ」と言うのを見て、ものすごい速度で頭に血が上り、笑っているその顔面を蹴り飛ばした。
 フミヤはぎゃ!と悲鳴をあげて床に転げ落ちる。
 「いてーな、何すんだよ!」
 「タチ悪いんだよ、死ねボケ!」
 捨て台詞を吐いて部屋を飛び出し、トイレに逃げ込む。
 慌ててスラックスを下ろすと下着が少し湿っていて、死にたくなった。