「いや、呼ばれていないんなら出席しちゃダメなんじゃないかな。ほら、迷惑とかに……」
リュシオルにリースの誕生日に出席しないのかと怖い顔で言われ、私はその圧に負けてわたわたとあれやこれやと言葉を並べた。
私だって行きたくないわけじゃない。
ただ、呼ばれていないからいけないだけ。
そんな私を見て、リュシオルはまた溜息をついた。
「この間、ルーメン様が手紙を持ってきて下さったわ」
「手紙? 誰からの?」
そう私が聞き返せば、察しが悪いわねとでも言わんばかりにリュシオルはまた大きなため息をついて、私を睨んできた。
彼女が何故怒っているというか、睨んでいるのか分からず震えていると、リュシオルはもう一度溜息をつく。ため息をついたら幸せが逃げるよ、といつもの彼女になら言えるけど今は言える雰囲気ではなかった。
「そんなの決まっているじゃない、リース殿下からよ」
「リースから? 何、何で? 手紙?」
リースからの手紙が来たと言われても何で? としか言えない。
何か用事があったのだろうか。と割れながらに疎すぎる脳を必死に回していると、ようやく答えにたどり着いた。
「それって、誕生日に出席してくれっていう?」
「そうよ。当たり前じゃない」
と、リュシオルは言い切った。
当たり前……なのか。
リュシオルは今手元にはないけれど、内容は思った通り誕生日の日会いに来て欲しいと言うものだった。皇太子と偽物聖女と言うことで会うのが難しいためかこうしなければ、リースは私と関わる事が出来ないのだ。そんな現状に私は少し寂しさも覚えていた。会えないこともそうだが、誰かの介入によってそうされていることに腹立たしさも覚える。
私も、リースと同じ気持ちなんだと言うことに気づいて何だか照れくさくもなった。
私もリースに会いたいんだって、無意識のうちに、ううん、自覚してそう思っている。
前は、会えるのが普通で、いや勿論推しに毎日会えるなんてこれほどない幸福でそれも実際に触れられる3Dの空間に一緒にいると言うこと自体が幸せすぎたんだけど、今ではこうして離ればなれというか、現世にいたときはもっと頻繁にあっていた気がするから、こうして何日も顔を合わせないと、改めてリースの存在って大きかったんじゃないかと思わされる。
「それで、エトワール様はどうするの? 殿下が直接来て欲しいって言っているんだから、断る理由もないでしょ」
「そう、だけど」
私が口ごもってしまうのは、リースが必要としてくれていても周りが必要としてくれていないことに対しての恐れからである。
また行ったらどうせ、偽物聖女だ、殿下をたぶらかして何て言われてしまう。リースの支持を下げることにも繋がりかねないし、本当は断った方が正しい選択なのだろうけど。と、私は考えてしまう。でも、言ってしまえばそれは私の逃げで、私が傷つきたくないからリースの支持がとか彼の評判がとか言っているのかも知れない。勿論、思っていないわけでもないし、実際皇帝になる人だって考えたら、少しでも帝国民に期待されるこの人なら国を任されるって信頼される人であって欲しいって言うのもあるにはある。推しだし、理想だし。そして、私の元彼だし。
けれど、私が傷つきたくないからいきたくないっていうのもまた事実だ。
言われるのは慣れた。でも、傷つかないわけじゃない。どれだけ言われて、罵倒されて、気味悪がられて。そんなの何度同じ言葉をかけられても嫌に決まっている。言われるたびに傷ついていくのだ。
その二つの気持ちがあって足が止ってしまう。
彼に会いたい、でも傷つきたくない。その両方。
叶える方法はないだろうし、元から行くと彼に言った気がしたから行かないという選択肢はなかった。どれだけ自分に酷い言葉が向けられても、私はその日笑顔を繕ってでもリースの誕生日を祝うのだ。それが、彼のためでもある。
「…………行くと思う。行くって約束した」
「辛いでしょうけど」
と、リュシオルはぽつりとこぼして、私を見た。
彼女は分かってて言ったのだ。でも、彼女は無理してでもいけと言ったのは彼女なりにリースに、情があるからだろう。別にリュシオルはリースが好きとかそう言うんじゃなくて、現世からずっと私とリース……遥輝のことを見てきてくれたから、私にも遥輝にも感情移入というか手を差し伸べようとしてくれているのだろう。彼女らしい。
リュシオルは私の肩を優しく叩くと、当日はついていけるし、サポートもするからと言ってくれた。そう言って貰えるだけで、私は幾らか心が軽くなったような気がした。
「リュシオルがいると心強い」
と、素直に言えばリュシオルは嬉しそうな顔をして、任せなさいと胸を張った。矢っ張りリュシオルって本当に頼れるお姉さんって感じがする。
それから、さっき睨んでしまったことを謝ってくれた。少し感情的になりすぎたと彼女は言ったが、今までで五本の指に入るぐらい怖かったと私は思った。推しのアンチが湧いてでたときに、すごい凝相で反発してたときぐらい。
そうして、私はリースの誕生日に出席することを決めたのだけど、プレゼントを用意していない、当日のドレスはどうするかという話になった。
当日は、アルバが護衛してくれるし、勿論トワイライトはグランツが、なんだけど今着ているような戦闘にも使える聖女の服ではなく令嬢が着るようなしっかりした西洋のドレス。一度パーティーというか聖女の歓迎会できたことがあったけど、今回はもっと着飾ろうとリュシオルは私に言ってきた。
私は目立つのは嫌だし控えめでいいと言えば、リュシオルはダメよ。と私の肩をまた掴んで揺さぶった。
「せっかくエトワール様可愛い顔しているのに、ほら、殿下の心を射止めるのよ」
「それが目的じゃないし」
と、私は否定するが、リュシオルは聞かずに当日どんな髪型にしようか、髪飾りはどれが似合うか、などと私をいじり倒す。ドレスは動きにくいし、髪も私が手入れしているわけじゃないけれど、長いから邪魔だなあとも思っているから、本当に勘弁して欲しい。でも、だからといってそんな理由で仮にも皇太子の誕生日に粗末な服を着て出席するわけには行かない。
だからもう、これはリュシオルにまかせるしかないと思った。私はただされるがままでいるしかなかった。エトワールは確かに可愛いし、着飾るかいがあるのだろうけれど、私は正直その時間が勿体ないとさえ思う、そんな数分で出来るものではないから、いつもじっとしているのが窮屈で仕方がない。でも動くと怒られるしで動けなくて。
そんな風に当日の支度の事を想像しながら私は肩を落とすほかなかった。でも、もう決めてしまったことだし後には引けない。
「当日も、このアルバがエトワール様をしっかり護衛するので! 勿論エトワール様にいちゃもんつけてくる奴らも全員やっつけますよ」
「やっつけちゃダメでしょ。でも、守ってくれるのは嬉しい」
アルバは、アルバで当日私を必ず守ると誓ってくれ、これでもう何も心配することはないなあとぼんやり思っていると、後ろからお姉様。と可愛いらしい声で私の事を呼ぶトワイライトの声が聞えた。どうしたのかと振向けば、トワイライトはモジモジとしながら私を見ていた。上目遣いという奴で。
「当日は、お姉様の美しい姿が見えるんですよね」
「美しいかどうかは分からないけれど。でも、私だってトワイライトのドレス楽しみにしているんだから」
だって、ヒロインの一番最初のイベントと言っても過言ではないし、ゲームで見たトワイライトの姿はそれはもう美しかった。天使のようだった。
とは、勿論言えないのだが、楽しみにしていた。実際トワイライトは可愛いし綺麗だし、どんなドレスも似合いそうだったから。
「お姉様とお揃いが良いです」
「いやぁ、それはちょっと」
冗談なのか、本気なのか。きっと本気で言っているんだろうが、トワイライトは目を輝かせながら、お揃いのがいいと駄々をこねる。
でも、さすがにお揃いはちょっととやんわり断りを入れつつ、トワイライトの衣装はリュシオルとはまた別に他のメイドがやってくれるらしい。聖女殿で働いているメイドさん達は皆良い人だし優しい人だから、きっとトワイライトに似合う服を仕立ててくれるだろう。
トワイライトは少しがっかりそうに、でも一緒に出席できることが嬉しいのかニコニコとしていた。そして、時折、一緒にダンス踊りたいですとかも口にして、私のことが相変わらず好きだなあ何て、嬉しくなった。
「まあ、一緒には踊れない気がするけどね」
「どうしてですか?」
「どうしてって、そりゃあ、リース……殿下の誕生日だしね」
「そうですけど……」
ダンスのパートナーに選ばれるのはトワイライトかも知れないし。と思いつつ、飲み込んで、私はトワイライトを見つめた。彼女はまたがっかりと肩を落としていたが、理解しているところは理解しているので、すぐに立ち直った。
すると、暫くしてから部屋の扉が開きブライトとグランツが戻ってきた。ブライトは楽しそうに話している私達を見てクスリと笑って、楽しそうですね。と優しく声をかけてくれたが、グハンツはというとやはり、何処か浮かない顔をしていた。
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