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事件から数日が経過した。
足の痛みは残りつつも、退院は出来たし、誘拐された少女達も無事家族の元へ帰ることが出来た。食事はしっかり与えられていたようで、衰弱死することはなかったらしい。ただ、彼女たちが感じた恐怖は一生消えることがないだろう。
津梅も無事逮捕され刑務所おくりになった。
その後、依頼人の女性や依頼はしていないが被害に遭った家族らが代わる代わる俺たちの事務所にお礼にきた。その家族らの喜びの笑顔を見れば、少しは救われるような気がした。二年前、誰一人救えなかった被害者もその周りも傷つけた俺にとってそれは、何よりも染みる言葉だったから。
これで罪滅ぼしが出来たとは思わないし、未だ罪悪感は残る。
もしあの時犯人を逃がさなければ、今回津梅が犯罪に走ることはなかっただろう。また、二つの事件も同様だ。
――そして、もう一つ救われた……嬉しかったことがある。
「明智先生!」
「あーまだ、その呼び方慣れねえな」
俺に弟子が出来たと言うことだ。
小林はあの事件の後、神津の謎解きに正解したらしい。詳細は詳しくは聞いていないが、小林はしっかりした根拠と、俺への尊敬、神津への尊敬を語ったらしい。それを師匠として聞けなかったのは残念に思うが、あの事件の後毎日のように小林は俺たちの事務所に訪れるようになった。といっても、俺が請け負っている依頼は猫探しばかりなのだが。
「とわ君、今日も元気だね」
「あ、こんにちは。恭《ゆき》さん」
神津と小林は仲良くなったらしく、俺の知らないところでヒソヒソと話すことも増えた。あの神津が、小林を優秀だと認めているのだから驚きである。どうやって、小林はあの神津と仲良くなったのか、本当に不明であるし、神津が俺以外に下の名前を呼ばせるところを見ると、相当小林のことを信頼しているのだなあと思った。少し悔しくは思う。
それでも、あの時警察を呼んでくれたのは小林だし、小さいながらにも友達を助けたいという正義感で動けた彼に賞賛を送りたいと思う。それに、俺が怪我を負った時にも直ぐに救急車を手配してくれたのだから、頭が上がらない。最近の小学生は凄いと思うと同時に、人生何週目なのかと聞きたいぐらいだ。
「すみません、今日僕これから習いごとがあるので。また来ますね」
「おう、気をつけて帰れよ」
この礼儀正しさも異常だ。
小林は、事務所の掃除を済ませてから帰って行った。弟子に掃除を任せるのはあれだと思ったが、小林がそれぐらいさせてください。といってきたので、そのまま任せている。それにしても、本当にいい弟子を持ったものだと、寧ろ俺が師匠でよかったのかと思うぐらいだ。
そうして、神津と俺以外誰もいなくなった部屋で、俺は神津に声をかけた。すると、神津はコーヒーを飲みながら本を読んでいたのだが、パタンと本を閉じて俺の方を見た。
「なあ、神津お前に聞きたいことがあったんだが……」
「それより春ちゃん、今日はお客さんが来るんだよ?」
「客?もう、被害者の挨拶は全員終わっただろう。依頼も俺のところに電話、来てねえし……」
そう俺が言うと、神津は「二年前の」と口にした。俺は一瞬からだが硬直したが、一体誰だろうと疑問にも思い一歩踏み出した。すると、ピンポーンと家のチャイムが鳴る。
「時間より早かったみたいだね」
「……」
「大丈夫、春ちゃん。春ちゃんはもう罪悪感を感じなくていいし、自分を責めなくていい。いったでしょ? 救われた人もいるって」
神津はそう言いながら、事務所の玄関へと向かいドアを開けた。ドアの先にいたのは、四十代ぐらいの女性で、彼女は神津に頭を下げ、俺を見つけるとさっきよりも深く頭を下げた。
その女性は、2年前に助けた放火魔事件の被害者だった。
「お久しぶりです。明智さん」
「……お久しぶりです」
女性と向かい合って座り、出されたお茶を見ながら俺はなんとも言えない気持ちになった。
女性は、二年前の放火魔事件で助けたが、娘の敵である犯人を逃がしてしまった俺を恨んでいるものだと思っていた。あの事件が起きて数週間は俺に対する恨みを口にし、泣いていた女性で、今も酷く恨まれているものだと思っていた。
「ちょうど半年前に精神病院から退院できて、それで明智さんの事を探していたんです。まさか、警察を辞めていらっしゃったとは」
と、女性はお茶を一口飲み話を続けた。
彼女が精神病院に入院していたことは初めて知った。やはり、娘のことで病んでしまっていたのだと、罪悪感を感じてしまう。
俺が警察を辞めたのは、誰にも言っていないし、勿論彼女が知らなくても無理はない。
だが、何処かから聞いた情報を頼りに、彼女が俺を探し出した。一体何のために。と、俺は彼女の顔を見る。彼女の顔は以前よりやつれていたが、穏やかになっていた。まるで、憑き物が落ちたみたいに、前を向こうと決めたみたいに。
だが俺からは理由が聞けず、ただ黙っていた。
「本日お伺いしたのは、二年前のお礼を改めて申し上げようと思いまして」
「えっ?」
その言葉は予想外なもので、俺は身を乗り出してしまう。その姿に、女性はクスリと笑った。
「あの時は、娘を失って自分だけ助けられ生き残ってしまったことに絶望していました。自殺も考え、両親や親戚に止められ精神病院に入りました。毎日のように、娘と夫を亡くした悪夢に魘され、生きている意味を見失っていました。ですが、貴方の事を思い出したんです」
俺は女性の言葉を静かに聞いていた。こんなことを言われるとは思っていなかったのだから。神津は何も言わずに、俺の後ろへと回る。
女性が俺の事を思い出したのが、何故なのか分からなかった。俺は恨まれていると思っていたからだ。
「夢を見ました。娘と夫が、私に生きてといってくる夢を。火の中飛び込んで私を助けてくださった明智さんのことも同時に思い出しました。救われた命、生きてといわれたことで自殺などしてはいけないと思ったんです。前を向くのに時間はかかりましたが、助けられた意味を、助けてもらったこの命をみすみす投げ出すわけにはいかないと」
「俺は……」
「だから、どうか責めないでください。私はもう貴方を恨んでいませんし、逆に感謝をしています。私を助けてくださってありがとうございます。明智さん。私は、娘と夫の分、長生きしようと思います」
と、女性はそう言ってまた頭を下げた。俺はそんな彼女を見て、胸が熱くなった。目頭がじんわりと熱くなるのを感じた。
神津が、そっと俺の肩に手を置いた。
女性は、再度俺にお礼を言いに年間のことを話してくれた。思い出すのは辛いだろうにその事も交え、楽しかった家族との思い出や、これから家族が好きだった場所を巡ってみようとも話してくれた。そうして、彼女は俺たちに頭を下げ事務所を出て行った。
「春ちゃん」
「俺が、二年前したことは間違ってなかった……のか」
「うん、そうだよ。春ちゃんに救われた人もいるんだよ。だからね」
神津はそう言いながら俺の背中をポンッと叩いた。俺はその手を振り払うことなく、そのまま受け止めた。
そして神津は俺の隣へと座る。俺は彼に見られないように両手で顔を覆った。溢れた涙が零れないように必死に抑えて。神津は俺の背中を優しく撫でながら何も言わず隣にいてくれた。
(罪悪感は残る……それでも、救えた人がいたこと、それは誇りに思って良いんだ…………俺は、自分をこれ以上責めなくて良いんだ)
両手で抱えていた涙はポタリポタリと、黒いズボンにシミを作った。
「——どう? もう泣き止んだ?」
「うっせえ、泣いてねえよ」
ソファーの上で膝を抱え、その上に顔を埋めている俺に、神津は笑いながら話しかけてきた。泣いていないという否定の言葉を返すが、鼻声なのはバレている。
結局、あれから暫く泣いた俺は、最初から気づいていた神津に軽く笑われた。此奴の前では泣かないようにと小さい頃から耐えてきたのに、どうにも今回はダメだった。
二年前の三つの事件のことを永遠と引きずって、いつも誰かに刺されるようなそんな痛みと罪悪感を背負ってきた日々から少し解放された気がした。救われた。
間違っていたかも知れないけれど、間違ってもいなかった。
全てが全てそう言いきれないが、それでも、俺に救われたと言ってくれる人が一人でもいたことが、俺にとっての何よりの救いだった。
「春ちゃん、何か飲む?新しいコーヒー豆もらってきたんだけど」
「甘いカフェオレなら、飲む」
神津が台所へと行き、暫くしてマグカップを二つ持って戻ってきた。俺はそれを受け取り、一口飲めば程よい甘さが口に広がる。美味しいと呟けば、神津が嬉しそうな表情をした。
「なあ、神津。お前……」
「勝手に調べてごめん。春ちゃんのこと、2年前に何があったのかって気になっちゃって……ほら、僕達のお母さん同士は結構連絡取り合っているみたいだしさ、それで偶然聞いちゃって。春ちゃんが警察官になっていたことも、辞めたことも……それで」
「勝手に調べんな」
「ごめん」
俺はからになったマグカップを机に置いた。神津は、気まずそうに飲みかけのマグカップを置く。
俺たちの間には、息のつまるような沈黙が流れた。俺は、その沈黙を破るべく口を開く。
「あー、でも、今回お前がそうやって知っていてくれたおかげで、スムーズに事件が解決したわけだしな……やっぱ別に、謝ることはねぇよ」
「春ちゃん」
「ただ、俺が言いたいのは……」
俺はそこで言い淀んだ。
確かに勝手に調べられたこと、どうやって調べたか不明であるが、良い気持ちにはならなかったし、俺だけ知られて不公平じゃないかと思った。俺は、神津の空白十年間何も知らないというのに。
「やめた……もう、知られちまったし別にいい」
半分自暴自棄になり、俺は仕方がないことだと流すことにした。終わったことをぐちぐちと言っても仕方がない。神津は、ごめんねというような顔をしていたが、あまり反省の色が見えなかった。そんな神津を見て、少し残った心のしこりが傷口に当たるような感覚に陥る。
二年前の事件のこともそうだが、もっと他にこいつに謝らなければならないことがあると思ったから。
俺は神津の手に自分の手を重ねた。神津はどうしたの? と不思議そうに顔をのぞき込む。
「前、お前が……初め、て……は互い同士だったっていっただろ? あれ、俺は違う、んだ」
「は?」
俺の言葉に、神津は意味がわからないといった表情をする。
それもそうだ。俺だってこんな事を言われても困る。だが、今言わなければきっと後悔する。俺は、意を決して言葉を紡ごうとしたが、それよりも先に神津に肩を掴まれた。
「痛えよ」
「誰に? いつ?」
「……それは言わねえ」
そう俺が返せば、深刻さに気づいたのか神津は珍しく舌打ちを鳴らしそれ以上は何も聞いてこなかった。
「でも、すげえ罪悪感あって。お前に抱かれてるときな、ふと思い出すんだよ。怖かったから」
俺はそう言って目を伏せる。
目を閉じれば、嫌でも犯された時の記憶を鮮明に思い出してしまうということを。でも、その人物の名前を言えないのは神津を巻き込まないためでもある。彼奴は、二十面相は神津見たいなタイプが嫌いだから。
「じゃあ、春ちゃんファーストキスの相手は僕?」
「あ? おう、そりゃ……そう、だろ。だって小学生の時だぜ? 別れ際にキスしやがって」
そういえば、もっとロマンチックなものがよかった? といつもの調子で返された。それが少しイラッとして、そうだな。と返せば、ごめんなさーい。とわざとらしく返す。そうして互いの顔を見合わせてプッと吹き出した。
まあさすがにファーストキスは神津以外あり得ないだろうと思った。されたのが十二歳の時だから。あの時はまだ二十面相には会っていないわけだし。俺に執着していたのも、好きだと伝えてくれたのも神津しかいなかった。
「よかった……でも、僕が初めての相手じゃないって言うの少し傷ついたかも」
「勝手に傷ついてろ。俺も傷ついてんだからよ」
俺は神津の額を小突くと、神津はむっとした表情をした。だが、神津はパッと顔色を変えると何かを思い出したように、手を叩いた。
「そういえば、明日春ちゃんの誕生日だった」
「だったって、忘れてたのかよ」
「まさか。でも、春ちゃんにあげたいもの一杯あって選びきれなかったから、明日は春ちゃんのお願い何でも聞くことにしたんだ」
と、神津は照れくさそうに言った。
若干、選ぶのが面倒くさかっただけじゃねえのか。と思ったがさすがにここ数年は毎年祝ってくれている神津にそんなことは言えない。
俺は、神津が何でも願いを聞いてくれるという提案、プレゼントに対し、少し考えた後神津のハイネックをグッと掴んで自分の方へ引き寄せた。その間、神津は「わ~大胆」などとほざいていた。
「それで? 春ちゃんは何をご所望で?」
若竹色の瞳が俺を捉える。熱っぽいその瞳に、俺までその熱に浮かされそうになる。
やっぱり俺が好きなのは、欲しいと思うのはこいつしかいないなと改めて実感する。
「十年分……俺たちが離れていた十年分の愛を俺によこせ」
「……っ、それって」
神津の瞳が大きく見開かれる。
言っていて恥ずかしくなり、答えを返さない神津を殴ろうかと拳を握った時、神津が俺の唇に噛みつくようなキスをした。そして、そのままソファに押し倒される。
「抱き潰しても許してくれる?」
「はっ……出来るもんならな」
そう言って挑発すれば、神津は嬉しそうな笑みを浮かべて再びキスを落とした。