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もう疲れた。代官市、歩道橋の上で僕は一人土砂降りの中、立ち尽くした。友達とは引越しの件で疎遠になり、誰にも気づかれない儘ずるずると時間が過ぎていき、引越し先で孤独になった。僕はもう何かで悩んだり、苦しんだりしたくないんだ。自分の運命は自分で決める。決め方は誰かの為にある訳じゃない。そう自分に言い聞かせた。天から降りてくる滝のような雨は最早、僕にとっては優しいシャワーのようなものだ。雨粒は僕の体を濡らした。だが、僕には冷たさなどの感情は感じられなかった。あぁ、あと一歩でも右足を前に出したら逝ってしまう。死ぬことに怖さは微塵も抱かないが鬱気味で家族思いの母を一人この世に残して逝くことだけが心残りだ。
遂に待ちに待ったこの時がやって来た。一気に街灯が消灯し始めた。一歩踏み出して目を瞑った。一瞬、空を歩いた感覚がした。だが、一瞬で僕はその感覚の他に痛みのようなものを感じた。華奢な同年代位の女の子が濡れた僕の腕を掴んでいた。その女の子はひらりとその場に僕を立たせた。彼女は一体何者なんだ。どうして、この場所にいるのだ。何故、赤の他人の腕を掴んで嬉しそうなんだ。
彼女は掴んだ腕を離し、落ちていた傘を拾って差した。彼女は僕に向かって
「良かったです。生きてて」
と、言った。僕は逝く機会を逃した。彼女にとって僕はなんなんだろう。
「君は…」
そう訊くと彼女は
「光都_桜。」
と、答えた。桜は僕を傘の半分に入れた。
「代官カフェに行きますよ」
桜の言葉を聞き、僕はそっと頷いた。彼女は僕に寄り添い、持っていたハンカチでそっと雨粒を拭いてくれた。僕は今でも死にたい思いで一杯だ。誰が望んでカフェになんか行くもんですか。だが、桜の暖かい手に包まれて安心した僕は抵抗する意欲を失った。
気がつくと小さなテラス席に座っていた。桜が店員へ注文しているようだった。
「…はい。それで」
「はい、確認させていただきます。抹茶フラペチーノとキャラメルフラペチーノホイップ多めの2点で宜しいですね?」
「はい。」
「では、少々お待ち下さいませ」
桜は、メイクポーチの中から口紅を取り出した。塗り終わった桜は僕の目を見てじっと静止した。緊張状態に陥った僕は目を逸らした。頬杖していた桜が咄嗟に僕の手を握って頬に当てた。
「冷た…」
桜は頬に当てた手をテーブルの上に置いた。桜は真剣な表情で
「どうして、あんな場所に立ってたんですか?」
と、訊いた。僕は震えた唇でコミュ障ながらも説明した。
「いじめが…あって。それで、あ、お母…さんが鬱気味で。あ…生きるの、しんどく、て。」
鬱気味といっても不眠症で妄想が激しいだけだが薬漬けではある。僕には僕の人生があったが、不幸なことが重なると人は精神的に壊れてしまうことを知っている。桜がどんな人生を送ってきたかは知らないが、何もわかっていない赤の他人にこの不祥事をペラペラ話してしまった自分に嫌気がさした。今の世の中、勝手に救われて勝手に消えていく、そんな若者が続出する恐れがある。だから、インターネットは秩序とモラルを守っていかなければならない。勝手に期待しておいて、裏切ったなんてかっこいい言葉は使えない。それは未成年ながらもインターネットで心を病んでしまったから、現実と向き合えない事を案じていた。だが、本当の人間は、優しさを持っていて、それを周りにひけらかすかひけらかさないかで人柄が決まる。僕は桜と出会って考え方が変わったのかも知れない。桜は優しいだけじゃない。自分の正義を持って、僕を心から救い出してくれた。
桜とたわいもない雑談をしていた時に注文してくれた2つのフラペチーノが店員によってテーブルに置かれた。桜がストローを使ってグラスの縁を触ってくるくると回していた。その動作と同時中に入っている氷が心地の良い安らぎの音色を奏でた。氷とグラスが当たる音は鼓膜を刺激して、体の芯まで涼やかな気持ちにしてくれる。
桜はキャラメルフラペチーノを僕に差し出して、僕に微笑んだ。僕は静かに目の前にグラスを持っていった。
「えっと…名前、なんて言うのですか?」
飲みつつ桜は僕に質問してきた。
「琥珀_美羽。」
そう呟くと、桜はぱぁっと明るい笑顔で
「美羽さんね、美羽さん!こんな夜だけど、乾杯しませんか?」
と、誘った桜は僕のグラスの方に自分のグラスを持っていってカチンッと仮乾杯をした。その音に驚いた僕は肩を震わせた。桜はコミュ障の僕を気遣って、自分から歩み寄ってくれた。そんな桜と仲良くなりたいと思った。
____いつの間にか桜のことが好きになった。
どれぐらい経ったのだろう。感覚的には数時間経ったように思う。桜がじっくりと抹茶フラペチーノを嗜んでいる姿を見つめていた。桜の仕草、飲み方、全てに見惚れていた。桜は僕の事など気にも留めていないようだった。きっとこれも一方的な好意なのだろう。
桜は飲み切ったグラスを揺らして安心したかのように
「美羽さんが元気になって良かったです。」
と、席を立った。僕は咄嗟に桜の手首を掴んだ。
「あ、あの、連絡先交換しませんか…」
その願いの返事が
「喜んで、美羽さん。」
桜が僕の名前を呼んでくれる。僕は何故か目から涙が溢れてしまった。
“好き”は自己責任だから桜が僕のことを何も思ってなくても僕は受け入れる。
続く。.:*・゜