コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
自分で言うのもアレだが、黙っていれば美少女に見えることをベルは自覚している。
だから軍人にさらわれた当初、しばらくは大人しく様子を伺い、油断させてから逃げ出すつもりだった。
でも、よくよく考えたら、あの銀髪軍人は自分の名前を知っていた。もしかしたら、自分の屋敷に連絡をする可能性がある。
それは困る。かなり困る。それだけは絶対に避けなければならない。
どうしてもやらなければならない使命を持つベルは、近いうちに、ケルス領を出るつもりだった。屋敷の住人の誰一人にも知られず、ひっそりと。
言い換えるなら、ケルス領を出ることを誰かに知られてしまえば、長年の計画が台無しになってしまう。
だから早々に作戦を切り替え、逃亡させてもらうことにした。
ベルに宛がわれた二階の部屋は、罪人にしてはかなりハイクラスな部屋である。逃亡直前に窓から外を覗けば、見張りと思わしき人物はいなかった。
正直、イケると思った。軍人チョロイとも思った。……でも神様は、とても意地悪だった。
なぜこのタイミングで、乙女の部屋に男が無断で入室するのでしょうか。
しかも、よりによってあの銀髪軍人なのでしょうか。
あと、どうして自分は飲みたくもないスープを両手で持っているのでしょうか。
しかもベッドの上ですよ?お行儀悪いと思いませんか?
(……ねえ、神様。こんな状況になったのか教えてください)
ベルは全知全能の尊崇される存在に問うてみたが、もちろん返事はない。
その代わりなのかどうかはわからないけれど、さっきからずっと頭上から聞きたくもない声が絶え間なく降ってくる。この世は、まっこと不条理だ。
「──ったく、ここは2階だぞ。飛び降りる気だったのか!?怪我でもしたらどうするんだっ」
罪人が逃亡かまそうとしたのに、銀髪の美形軍人は、そこに一切触れずに的外れなことで怒り狂っている。うるさいことありゃしない。
濃紺髪の青年が、銀髪軍人の後ろでぼーっと突っ立ているが、誰なのだろうか。
誰でも良いが、更に逃亡が難しくなるのは御免だ。出て行け。
ベルは神妙な顔をしつつも、頭の中ではそんなことをつらつらと考えている。
ベルの逃亡は、神様の意地悪としか思えないようなハプニングのせいで失敗に終わってしまった。
窓に足をかけ、いざ飛び降りようとした瞬間に、突如として銀髪軍人が部屋に飛び込んで来たのだ。
そしてタッチの差でベルの両脇に手を入れると力任せに持ち上げられ、そのままベッドへと押し倒されたのだ。
ぶっちゃけ犯されるのかと思った。
でも、違った。
ぐいっと両腕を掴まれ身体を起こされると、今度は問答無用でスープ皿を持たされたのだ。
「熱いぞ」と言って気遣われた時、ベルはあまりに予想外過ぎて、今まで経験したことのない恐怖すら覚えてしまった。
──そして、今に至る。
ベルは、目の前で仁王立ちになっている銀髪軍人の説教を右から左に聞き流して、そっと窓に目をやる。
そこには彼の部下らしく軍人が立っていた。夜通しここにいる気配がして、ベルはうんざりした気持ちになる。
「おい聞いているのか!?いいか、たかが2階と侮るなよ。降り方が悪ければ骨折だってするし、最悪、死ぬんだぞっ」
相変わらず銀髪軍人は、斜め上の方向で怒り狂っている。
よくまぁ、そんなに長い時間怒り続けることができるものだと、ベルはある意味感心してしまう。
(まさか……いや、まさかのまさかだけど、この人、よもや突っ込みを入れられるのを待っているの!?)
アホみたいなことまで考えてしまうベルの心情に気づかない銀髪軍人は、小言を続けている。
(こりゃあ、朝まで続くかも)
軍人が体力お化けだということを思い出したベルは、ため息を隠すために、手に持っているスープを一口飲んでみた。意外と美味しい。
そして今頃になって、馬車の中にバケットを忘れてしまったことを思い出した。
そのまま食べれば味気ないことこの上ない代物だが、このスープと共に食べればさぞや美味だろう。
でもさすがに、今この状況で、バケットの行方を聞く勇気は持てなくて……ベルは、再びスープを一口飲む。
明らかな現実逃避だった。