テラーノベル
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第1話 「その声に救われた日」
雨の匂いがする教室は、いつもより静かだった。
中学三年生の冬。朝日奈ひよりは、教室の隅で一人、机に頬をつけていた。
クラスでうまく馴染めなかった時期だった。理由なんて、たぶん大したものじゃない。ちょっとしたグループの空気についていけなかったとか、誰かの何気ない一言が、想像以上に胸に刺さったとか。そういう、誰にでもあるような、でも本人にとっては世界の終わりみたいに大きな出来事。
家に帰っても、誰とも話したくなかった。
そんな夜、ひよりはなんとなくつけたテレビで、一本のアニメに出会った。
タイトルも覚えていない。ストーリーも、正直うろ覚えだ。でも――そのヒロインの「声」だけは、今でも鮮明に覚えている。
主人公が、すべてに疲れて立ち止まってしまう場面。
「大丈夫。あなたはちゃんと、ここにいる。それだけで、もう十分だよ」
たったそれだけの台詞だった。
なのに、ひよりの目から涙がこぼれた。
画面の向こうのキャラクターが、まるで自分のために話しかけてくれているような気がした。声優の名前も知らない。誰が演じているのかも分からない。ただ、その「声」が、たしかに自分の心に触れたのだ。
(――声って、こんなに人を救えるんだ)
その夜、ひよりは布団の中で何度もそのシーンを思い出していた。そして、ふと思った。
(わたしも、いつか。誰かにとっての、あの声になれたら)
それが、朝日奈ひよりという少女が、声優という夢に出会った瞬間だった。
-–
それから一年半が過ぎた、高校二年生の春。
ひよりはまだ、その夢を誰にも話していなかった。
「ひより、また放送室借りるの?」
幼馴染の小野寺まひるが、廊下でひよりに声をかける。手にはお弁当の入った巾着袋。
「うん。お昼休みだけ、ちょっと……」
「またセリフの練習でしょ」
まひるは呆れたように笑ったが、その目には呆れだけじゃない、ちゃんとした優しさがあった。
ひよりは、誰もいない放送室で、こっそりとアニメのセリフを真似て声を出す練習をしていた。それが、今のひよりにできる唯一の「声優への一歩」だった。
養成所に通うお金のことも、オーディションの情報も、何もかもが手探りだった。それでも、毎日少しずつ、声を出す練習を続けていた。
(本当に、わたしにできるのかな)
放送室の机に座り、台本代わりのノートを開く。そこには、好きなアニメのセリフを書き起こしたものが、ぎっしりと並んでいた。
ひよりは小さく息を吐いて、声を出した。
「大丈夫。あなたはちゃんと、ここにいる――」
声が、震えた。
うまく言えない。感情がうわずって、台詞というより、ただの早口になってしまう。
(全然、あの声みたいになれない)
悔しさと情けなさで、ノートを閉じようとした、その時だった。
「――今の、もう一回言ってみて」
放送室の入り口に、見知らぬ女子生徒が立っていた。
腕を組み、こちらをまっすぐに見つめている。整った顔立ちと、堂々とした立ち姿。一目で「目立つタイプ」だと分かる人だった。
「え……」
「もう一回。さっきの台詞」
戸惑いながらも、ひよりはもう一度、同じ台詞を口にした。やっぱり、うまくいかない。
女子生徒は少し首をかしげると、淡々と言った。
「気持ちは伝わってくる。でも、技術が全然ない。声、すぐ枯れるでしょ」
「……っ、あなたは、誰?」
「雪城玲奈。一年の時、子役で舞台に出てた」
ひよりが言葉を失っていると、玲奈は続けた。
「養成所、興味ある? ちょうど今、二次募集やってるところ知ってるけど」
その一言が、朝日奈ひよりの人生を、大きく動かすことになる。
-–
その日の夜、ひよりは机の前で、玲奈から聞いた養成所のパンフレットのURLを何度も見返していた。
入所オーディション。これまでの「いつか」が、急に「今」になった気がした。
怖い。うまくできる気がしない。あの完璧な声には、まだ全然届いていない。
でも――
「やってみないと、何も始まらないよね」
ひよりは、ノートに書かれた台詞を、もう一度声に出した。
震える声で、それでも、確かに。
声優を目指す、朝日奈ひよりの本当の挑戦が、ここから始まる。
コメント
3件
いやもう、ひよりの気持ちが痛いほど伝わってきて最初から泣きそうになったよ😭💦「大丈夫、あなたはちゃんとここにいる」って台詞、アニメの中で聞いたら確かに胸に刺さるよね…私も同じような経験あるからすごく共感しちゃった! で、玲奈の登場からの展開がまじで熱い!!あの「技術が全然ない」ってストレートな指摘も、そこから養成所の話を持ってくるところも、後の二人の関係性がどうなっていくのか想像しただけで胸熱すぎる🔥✨ひよりの「やってみないと始まらない」っていう決意、最高だった!続き絶対読むからね📖💕