テラーノベル
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第2話 「震える声で」
養成所の入所オーディションは、二週間後の日曜日だった。
それを聞いた瞬間、ひよりの頭の中は真っ白になった。
「二週間って……短すぎない?」
放送室の机に向かい合って座る玲奈に、ひよりは思わず声を上げた。玲奈はパンフレットをぱらぱらとめくりながら、涼しい顔で答える。
「短いってことはないよ。むしろ、ちょうどいい。長く準備期間があったら、余計なこと考えて怖くなるだけだから」
「そう、かな……」
「それより、台本。指定の台本、もう見た?」
玲奈に渡されたコピー用紙には、オーディション用の自由演技と指定台本の課題が書かれていた。指定台本は、十代の少女が大切な人との別れを乗り越えていく短いシーン。たった半ページのセリフだったが、ひよりはそれを読んだだけで、手のひらに汗をかいた。
「自由演技は、好きなキャラクターの台詞でもいい。とにかく――」
玲奈はひよりの目をまっすぐ見て、言った。
「『うまく』演じようとしないこと。それが一番の失敗パターンだから」
その言葉が、ひよりの胸に小さく引っかかった。
-–
その日から、ひよりの放課後はすべて練習に変わった。
学校が終わると放送室にこもり、誰もいないことを確認してから声を出す。最初は近所迷惑にならないようにと小さな声だったが、玲奈に「そんな声じゃ審査員にも届かない」と一刀両断されてからは、思い切って大きな声で練習するようになった。
「大丈夫。あなたはちゃんと、ここにいる――」
何度も同じ台詞を繰り返す。けれど、自分の声を録音して聞き返すと、いつも同じ違和感にぶつかった。
(なんか、嘘っぽい)
感情を込めようとすればするほど、台詞が不自然になる。逆に自然に話そうとすると、今度は気持ちが乗らない。
放送室の壁に背中をつけて、ひよりはノートに正直な気持ちを書き留めた。
「気持ちを込める」って、簡単に言うけど、実際どうやればいいんだろう。
その夜、家に帰ったひよりは、自分の部屋でスマホの録音アプリを開いた。
何十回と練習を録音し、聞き返す。声が震える箇所、息が乱れる箇所、台詞のテンポが崩れる箇所――一つひとつ、ノートに書き出していく。
まひるが部屋に入ってきたのは、そんな時だった。
「ひより、もうご飯――って、うわ、すごい量のノート」
「あ、まひる……」
机に広がったノートとプリントを見て、まひるは目を丸くした。
「これ全部、オーディションのため?」
「うん。玲奈さんに教えてもらったこと、忘れないようにメモしてて」
「玲奈さん、って、放送室で会った子だよね。なんか、ひよりの雰囲気変わったね」
「変わった?」
「うん。前は『声優になりたいな』って、ちょっと夢みたいに言ってたけど。今は、本気で『なる』って決めてる感じがする」
まひるの言葉に、ひよりは少し驚いた。自分では気づいていなかったけれど、確かに何かが変わっていた。
「……怖いけど。やっぱり、やってみたい」
「うん。応援するよ。お弁当のおかず、今日は気合い入れて多めにしてきたから」
まひるの優しさに、ひよりは少しだけ肩の力が抜けた。
-–
オーディション前日。
放送室で最後の練習をしていたひよりのところに、玲奈がやってきた。
「明日だね」
「うん……正直、まだ全然自信ない」
「自信なんて、いらないよ」
玲奈はあっさりと言った。
「自信があるから受かるわけじゃない。本気で声を届けようとしてる人が、結局は残る。そういうものだから」
「玲奈さんは、緊張しないの?」
「するよ、当然。でも緊張してても、声は出せる」
そう言って、玲奈はひよりの目をじっと見た。
「ひより。一つだけ言っておく」
「な、何?」
「あなたの声、嫌いじゃない。下手だけど、ちゃんと『気持ち』が乗ってる時がある。それ、忘れないで」
不意打ちのような言葉に、ひよりは何も言えなかった。ただ、その一言が、震える胸の中にじんわりと染み渡っていくのを感じた。
「……ありがとう」
「お礼はオーディション通ってから言って」
玲奈は軽くそう返すと、踵を返して放送室を出て行った。
一人残されたひよりは、もう一度ノートを開き、台詞を声に出す。
「大丈夫。あなたはちゃんと、ここにいる――」
声は、まだ震えていた。
けれど、その震えの中に、確かに「気持ち」が乗っているのを、ひより自身が初めて感じられた気がした。
(明日。やってみよう)
窓の外には、もう夕暮れが広がっていた。
コメント
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みぅです🥀 第2話、読ませてもらいました。 「うまく演じようとしないこと」って玲奈さんの言葉、すごく刺さりました。 感情を込めようとすればするほど嘘っぽくなる感覚、なんだか分かる気がして。 ひよりちゃんが録音聞き返してノートに書き出すシーン、すごく丁寧で好きです。 最後の「声はまだ震えていた。でもその震えの中に確かに気持ちが乗ってる」、良かったなあ。 明日、やってみようって思えるラスト、すごく温かかったです🌙 次話も楽しみにしてます。