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それは、録音データから始まった。
姉が死んだ。
原因は不明。
自室で倒れているのを、私が見つけた。
部屋は荒れていない。外傷もない。
ただ——姉の両耳から、血が流れていた。
警察は「急性の脳疾患かもしれない」と曖昧に処理した。
だが、私は見つけてしまった。
姉のパソコンに残された、一つの音声ファイル。
**「dont_open.wav」**
再生時間は、ちょうど三分。
嫌な予感がした。
けれど、聞かずにはいられなかった。
最初の一分は、ほとんど無音。
微かな環境ノイズだけ。
二分目。
低い、うなり声のような音が混ざる。
ヘッドホン越しに、鼓膜の奥がむず痒くなる。
二分三十秒。
小さな声が聞こえる。
「……きこえる?」
姉の声だ。
録音日付は、姉が死んだ日の夜。
「きこえてるなら、いますぐ——」
そこで音が途切れる。
残り二十秒は、激しいノイズ。
そして、最後の三秒。
はっきりと、こう言う。
「うしろ」
私は反射的に振り向いた。
何もない。
笑ってしまう。
こんなことで怯えるなんて。
その夜。
耳鳴りが止まらなかった。
キィィィ……と、高い音。
水を飲もうと立ち上がった瞬間。
背後で、床がきしむ。
振り向く。
誰もいない。
だが、耳鳴りの中に、別の音が混ざる。
再生していないはずの、あの音声。
「……きこえる?」
パソコンは閉じている。
スピーカーもオフ。
なのに、頭の中で再生される。
「いますぐ——」
ノイズ。
鼓膜の奥で、何かが引っ掻く。
思わず耳を押さえる。
その瞬間、はっきり聞こえた。
左右、同時に。
「うしろ」
首筋に、息。
凍りつく。
ゆっくり、振り向く。
誰もいない。
だが、視界の端に違和感。
部屋の隅。
天井近く。
黒い“何か”が、張りついている。
人の形。
手足が異様に長い。
顔はない。
それが、音もなく、天井を這う。
私の真上に来る。
動けない。
目だけが、上を向く。
黒い影が、逆さまに顔を近づける。
耳元に、直接声が流れ込む。
「きこえたね」
鼓膜の奥で、何かが破れる感触。
熱い液体が、頬を伝う。
影の口が、私の耳に触れる。
「ひらいて」
耳の中に、指が入る感覚。
内側から、こじ開けられる。
私は叫ぶ。
だが、声が出ない。
代わりに、耳の奥から音が溢れる。
ノイズ。
うなり声。
姉の悲鳴。
「きこえたら、終わり」
視界が真っ赤に染まる。
翌朝。
私はベッドで目を覚ました。
夢だったのか。
鏡を見る。
両耳から、乾いた血がこびりついている。
パソコンが勝手に起動している。
新しい音声ファイルが一つ。
**「heard.wav」**
再生時間、三分。
震える指で、開く。
最初の一分。
私の寝息。
二分目。
私の震える声。
「……きこえる?」
三分目。
はっきりと。
「つぎは、あなた」
画面の右下。
送信済み。
**宛先:私の連絡先 全員**
そして、背後から。
天井が、きしむ音がした。