テラーノベル
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扉が開いた瞬間、冷えた空気が一気に流れ込んでくる。
王都のそれとはまるで違う、乾いて澄んだ北の匂い――。
ここで生まれ育ったわけではないはずなのに、住んでいた期間が長かっただからだろうか。
リリアンナにはこの冷ややかな空気の方が、王都の温かく湿り気のある風よりも、何倍も懐かしく感じられた。
「……帰ってきた」
思わず零れたつぶやきは、白くなって空へ溶ける。
ホームには、迎えの者たちがいくつかの馬車の傍で控えていた。
ニンルシーラの、見慣れた家令たちの姿に胸が緩む。
――その奥に、一台。
派手な装飾も、金の縁取りも、誇示する紋章もない。
けれど、一目で上質な馬車だと分かる車体が見えた。
リリアンナは思わず足を止めた。
見慣れた、ヴァン・エルダール城のものではない。
艶を抑えた濃紺の車体。
無駄のない曲線。
細部の金具は控えめながら、磨き上げられた金属が静かに光を弾いている。
(……古いけど……とても、しつらえが良い馬車だわ)
豪奢ではないし、最新式のものでもない。
だが、明らかに質が違う。
御者も従者も、飾り気のない装いで控えている。
それでも、その立ち姿には妙な統一感があった。
「セレン様、領主様の命でお迎えに上がりました」
低く落ち着いた声が、セレンに向けられる。
リリアンナは、ほっと息を吐いた。
(そうよね。セレン様のご実家は侯爵家だもの)
最近は少し衰えていると聞かされたけれど、かつては名家だったらしい。
きっとこれは、昔に誂えた良い馬車を、丁寧に手入れして使っているのだろう。
そう思えば、何も不思議ではなかった。
「リリアンナ嬢、ここで、一旦お別れだね」
セレンが振り返る。
その微笑みは、汽車の中と変わらない穏やかなものだった。
「エルダン駅まで、ご一緒できて嬉しかったです」
リリアンナが素直にそう言うと、セレンは一瞬だけ言葉を失ったように目を細めた。
「……僕も」
短く、それだけ。
だが次の瞬間には、すっと背筋が伸びる。
ほんの刹那、纏う空気が変わったのを、ランディリックだけが見ていた。
「カードの続きを、いずれまた」
その言葉に、リリアンナは微笑んで頷く。
「はい」
同じ北の地にいるのだ。
また会う機会はあるだろう。
そう信じて疑わなかった。
セレンは深く一礼すると、振り返らずに馬車へと歩み去る。
扉が閉まり、車輪が静かに雪を踏む。
やがてその姿は、白の中へ溶けるように消えていった。
ランディリックは、その背を最後まで見送る。
「……行ったか」
それは大事な侯爵家ご子息を無事送り届けられたという安堵か、それとも――?
リリアンナが見上げるすぐそばで、冷たい風が、ランディリックの銀髪をさらうように吹き抜けていった。
長い間、お待たせしました。まだ毎日は無理かもですが、更新再開します。
鷹槻れん
(2026/02/26)
コメント
1件
更新待ってました! セレンさま、国に帰ったのかな。