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机に設置されたモニターに残り人数110人と表示されている。
もうここには110人しかいないのか……。
はじめに大きなステージで集まった時は何人の人がいるんだというくらい多かったが……。
「はあ……」
俺は大きくため息をついた。
今日はやっとこの特別ルームから離れることが出来る。
グループディスカッションの免除はありがたかったが、大きな落とし穴があったことに気がついた。
いったいこの特別ルームを与えられた人は何人残っているのだろうか。
今残っているのは110人。
このディスカッションを勝ち抜いた人には一生職に困らない制度を設けると言っていたけど、勝ち抜くって残りが何人になったらなんだ?
まさかひとりではないよな……。
俺が部屋を出る準備をして、時計のボタンを押す。
今日の部屋番号を確認しようとすると、今回はディスカッションの部屋番号が表示されず、変わりに表示されたのは【ステージ】という文字であった。
最初に全員が集まった場所。
ということはまたここに全員集まることになるのだろうか。
何かが起きる、そう予感せざる負えなかった。
時間がやって来て、重たい身体を動かして部屋を出ると、そこには想像通り多くの人が集まっていた。
おそらく全員集合ということか。何が起きるのか、一番初めはざわざわしていた会場だったが今は緊張に包まれている。
みんな同じことを考えている。
次に何が起きるのかおびえているのだ。
俺はステージのある場所に近づいていき、辺りを見渡した。
前回は行くのが遅くて後ろの方になってしまったが、恐らく前にいた方がいいだろう。
ぴしっと張り詰めた空気の中、アナウンスが鳴る。
「制限時間になりました」
次に射殺の対象者か……。
目の前の大きな画面には何も映らない。
「射殺の対象者はいません」
ここまで来ればやはり、怖いからなどの理由で会場に足を運ばない人はいないくなった。
でもそれは周りがみんな強い人であることを表している。
きっと一瞬でも気を抜けば、俺は命を落とすことになる。
ドクン、ドクンと心臓が嫌な音を立てる中、ステージに現れたのはひとりの男だった。
堂々と胸を張り、風格を持つこの男をどこかで見たことがあるような気がする。
どこだったか……?
記憶を辿っていると、その男は話し始めた。
「私がこのシステムの創設者、村田義彦だ」
村田義彦……そうだ、どこかで見たというのはテレビだ。
確か、科学者の紹介かなんかで出ていた気がする。
この人がまさか、こんなものを作っていたなんて……。
「今回は皆さんもお分かりだと思いますが、特別ディスカッションの日です。ディスカッションの内容も考えてますが、その前に皆さんに少しお話をしておきます」
すると男は机に両手をついて淡々と話し始めた。
「前回皆さんがここに集まった時、クリエイティブ社会向上法は、労働力のような力を持つ人よりも発想力を持っている人達を重要視し、よりよい社会的を作っていくための制度だと説明したね。
つまり、機械が出来ることしか出来ない人間は排除する、とも言いました。それを今、グループディスカッションによって見極めているわけだけど……そろそろ分かって来たかな?どんな人間が受け入れられて、どんな人間が捨てられるのか」
ごくり、と息をのむ音が聞こえた。
ああ、良く分かったよ。
このシステムがクソみたいなシステムだってことは目に見えて分かった。
「雇用の問題の深刻化は著しい。今、機械化が進みほとんどの作業が機械によって行われ、効率化される反面、職が与えられずあぶれている人が多い。
そんな人たちを作らないために初めから優秀な人材とそうでない人材を分けることでバランスを保つことにした。ちなみにキミたちがここで行われていることは他の地方でも同時に行われている。こうして選び抜かれた人に職を与えることでシステムを確立していけば、有力な人間が雇用にあぶれることはない、というわけだ」
正当化しているだけだ。
こんなのただの殺人兵器じゃねぇか。
じっと男を睨みつけていたら、ぱちり、と目があった。その男は俺に向かって言う。
「このシステムは生産性のある素晴らしいシステムです。キミもそう思わないかね?」
「……っ、」
まさか意見を振られるとは思わず、一瞬焦ったが俺の気持ちはこのゲームをする前から変わっていない。
いや、ゲームをした後の方が強い気持ちでそう思っている。
「僕は……そう、思いません……」
震える声で俺はそう言った。
「何?」
男がピクリと反応し、眉間にシワを寄せて俺を見る。
流されてはいけない。
間違った意見に染められてはいけない。
色んな人の死を見て来た。
仲の良かった人の死や、さっきまで発言していた人の死。
初めてあったけど優しくしてくれた人の死。
みんな生きているのに、モノを壊すように、どんどん人を排除していくシステム。
それが素晴らしいなんて思えない。
俺は絶対流されない。
ウソでもそんな言葉、言いたくない。
「クリエイティブ性のある人間が……これから活躍し始めるのは、正しいと思います。機械化が進めば、もう元には戻せない。
だけど、そうではない人たちを消すなんておかしい。私たちは物ではありません。人それぞれ個性がある。その多くの人と触れていくことでクリエイティブ性は育っていくのではないですか?」
手が震える。
間違っていることを言ってるわけじゃないのに、こんなにもここで意見することが怖いと思わなかった。
すると男は言った。
「キミは最初にここに集まった時の言葉を覚えてないのかね?」
――ドクン。
「反逆者はどんな手を使っても構わない。そう言われていると言ったはずだが?」
すると、ステージ脇にいた覆面を被った男たちが俺に銃を向けて来た。
カチャと銃を構える音が響く。
俺の周りにいる人たちは、ひっ!と悲鳴を上げて俺から距離を取った。
……ああ、なんだよ。
ここで死ぬのかよ。
思ったよりも冷静に、そんなことを思っていた。
男に同意して素晴らしいと口にしていたら、もっと生きられたのかな。
いや、それじゃあ一生後悔するだろう。
周りに流されて、自分の心を押しつぶして平然のそんなことを答えられるわけがない。
このシステムはおかしい。
殺人システムだ。
俺が覚悟を決め、目をつぶっていると、村田義彦は俺の顔を見て何か思いついたように言った。
「……キミ、名前を言いなさい」
「朝井良樹です……」
すると村田義彦は顎に手をあて、にやりと笑った。
「やはりか……」
「へぇ、それは面白い。銃を降ろして。今日はディスカッション内容を変更しよう」
覆面の男にあてられていた銃は下に降ろされた。どういうことだ……?
そう思っていると、村田義彦はある人を呼んだ。
「瑛人、来なさい」
瑛人……?
男の声でステージに上がって来たのは、俺も知っている瑛人だった。
「紹介しよう、わが息子の村田瑛人だ」
え……っ。
周りがザワザワちざわつき始める中、俺は何が起こっているのかサッパリ分からなかった。
息子ってどういうことだよ。
すると瑛人は生徒会長のようににこやかな笑顔を浮かべて話し始める。
「ご紹介に預かりました、村田瑛人です」
会場のざわつきは収まらない。
「わが息子もこのグループディスカッションに参加させていた。もちろん、ハンデなどは付けず、みんなと同じ条件だ」
みんなと同じ条件って、そんなの信じるやついるかよ……。
どうして瑛人がコイツと……。
嘘、だろう。
じゃあ俺が特別ルームを与えられたのも、瑛人がいたから、そういうことになる。
「今からふたりには勝負をしてもらおう。キミが勝てば生、負ければ死。もちろん瑛人も同じ条件だ。決して息子だからと言って配慮はしない」
何を言ってるんだ。
俺と瑛人が勝負?負けたら死?
淡々と言い放っているが恐らく演技だろう。
実の息子を本当に殺せるわけがないからな……。
「お互いに死をかけた勝負をしてもらいます。周りの皆さんはラッキーです。今日は部屋で待機、ディスカッションの様子は部屋のモニターから見ていてください」
瑛人とぱちっと目が合い、微笑まれる。
その表情にどんな意味が含まれているのだろうか。
俺は物事を断片的にしか捉えられず、未だに意味が分からなかった。
「では皆さんは、今から15分以内に部屋に戻ってください」
ざわざわしながらも、周りにいた人たちは意味が分からぬまま次々に帰って行く。
その様子をぼーっと見つめていたら、千春が振り返り、遠くから俺を見ていた。
生きていたのか……。
昨日のディスカッションでもしかしたら……と思っていたけど、ほっとした。
心配そうにこっちを見ている彼女。
俺は力強く頷いた。
大丈夫だ。
元々、あの時殺されていたんだから。
今命があるのはラッキーだったと思えばいい。
しばらく経つと、この場所には俺と、瑛人と村田義彦だけになった。
そして村田義彦は言う。
「私と話している時に瑛人が名前をあげた人物がキミだったんだ。キミはラッキーだったな」
「俺はそうは思いません」
「あの時殺されていた方が良かったかな?」
「…………っ」
ぐっと黙ると、村田義彦は不適に笑った。
「どっちが正しいか、はこの後のディスカッションで分かるさ」
この後のディスカッションは俺と瑛人だけ……。
一体何が始まるんだろう。
もっとも、まともな勝負になるとは思えないが……。
「さて、即興でルールと議題を作らなくてはならないから、少し時間をもらうとしよう。キミたちはここで待っていてくれ」
そう言うと男はステージから消えていった。
瑛人とふたりきりになり、沈黙が俺らを包みこむ。
最初はあまり気づかなかったが、ディスカッションを楽しんでいるように見えた違和感はそういうことだったんだな。
最初に沈黙を破ったのは瑛人の方だった。
「びっくりした?」
「まぁ、そりゃ……なんて言っていいか分からないくらいには」
「初めて良樹と話した時はなんだかなよなよしてて、きっとすぐに殺されるんだろうなって思ってたけど、驚いたよ。
まさかここまであがってくるとはね」
「やっぱり……そうやって自分は死なないと思って余裕かましてたのかよ」
瑛人を睨む。
信じていたのに、きっと瑛人は鼻で笑っていたんだろうな。
「失礼だな。条件はみんなと同じ。俺だって負けたら死ぬことは変わらない」
「そんなわけないだろ!あの人が瑛人の実の父親なら殺せるわけないだろ」
「そういうところが良樹は甘いんだよ。……やるよ、あの人なら絶対ね」
瑛人は感情の無い顔で笑った。
「まっ、まさかこんな形になるとは思わなかったけど……」
小さな声で瑛人がつぶやいた時、村田義彦がやって来た。
「システムが整った。今からルール説明をしよう」
えらく早いな。
「が、その前にひとつ言っておくことがある。これから始まるディスカッションはスタートの合図とともに全国放送で放映されることにした」
「は……」
俺の乾いた声が漏れる。
「もともと、今日の特別ディスカッションでも放映は決まっていたからな。それに伴い、ディスカッションの勝敗はテレビを見た人の投票で決めてもらう」
スタートの合図とともにということは、テレビをみている人は瑛人が村田義彦の息子だってことは知らないんだよな?
「ちなみに、ここに集まってもらったみんなにもテレビを見てもらうが、投票権はない」
なるほど、あくまでも平等にってことか……。
でも投票を操作するってこともあり得る。
俺が圧倒的に不利であることは変わらない。
「ではルールを説明する。まず、ディスカッションの内容はプレゼンとして、どちらのプレゼンが説得力のあるものであったのか、テレビの見ている人の投票で決める。負けたら死、勝てば生き残れる。ここまではいいね?」
俺と瑛人は同時にうなずいた。
「ディスカッションの議題はこの先使おうと思っていた、いくつかの議題からランダムに選ばれる。もちろん、瑛人にディスカッション内容を教えたりはしていないが、疑わしいなら浅井良樹くん、キミが議題の内容を決めてもいい」
「いえ……大丈夫です」
俺は首をふった。
結局決まるのは投票だということ。
事前に知っていたところで、人の心を動かせるかどうか、というのは別だ。
議題はそこまで関係ないだろう。
「そうか、ではルール説明を続ける。制限時間は2時間。2時間でプレゼンの準備を行い、発表に移る。発表は20分間設けよう。その後、お互いの質疑応答タイムを30分設ける」
なるほどな……。
発表だけして投票に移るわけではない。
ディベート形に近いな……。
瑛人とディベートで戦うなんてもっとも避けたいことだったが、もう避けて通ることは出来ない。
戦うしか、ない。
「その際、特別ルールを設けることにした。使うか使わないかは自分で決めていい」
特別ルール?
俺がじっと村田義彦を見ると彼は言った。
「プレゼンの準備時間である2時間の間であれば3人まで、ここにいる人間の協力を要請することが可能だ」
なるほど……。
このルールは使っておいた方がよさそうだが、何か裏があったりするのか?
「協力者を頼む場合はまず、ここにいる覆面の男、管理人に申請を行い、協力してほしい人の名前をフルネームで伝える。ディスカッションをした際に強かった人間をあげるのもよし、元々知っているものの名前をあげるのでもいい。
ただし、名前を覚えていない場合は協力要請は破棄される」
ディスカッションをしていて、名前を覚えているなんてほとんどないよな……。
みんな自分が生きることで精一杯で他人のことなんて見てる余裕がない。
それでも……。
『今死んだら絶対ダメです!』
『これで貸し借りなしよ』
俺にはこういうことがあったから。
「見事フルネームを言えた場合、申請者は協力者の部屋番号を教えてもらい部屋まで行くことが出来る。ただし協力を要請された者は、断ることも出来る」
部屋番号を教えてもらえて、行けたとしても断られる可能性もある。
断られたら、プラスになるどころか、時間は大きくロスすることにもなるってことか……。
まてよ、もし協力を受けてもらえたとして、受けた側にリスクはあるのか?
「ここまでで質問は?」
村田義彦がそう聞くので、俺は手をあげて質問した。
「もし協力者を依頼して俺が負けたとしたらみんなはどうなるんですか?」
「当然、巻き添えだ」
巻き添え……。
それなら引き受けてくれる人なんているわけねぇだろ。
命を俺にかけてくれと言っているようなものだ。
どうするべきか……。
「他に質問が無ければ、議論のテーマ決めに移ろう。キミがこのスタートボタンを押してくれ」
村田義彦から手渡されたのは、何かのボタンがついたスイッチだった。
「このモニターに議題リストが移る。いいタイミングでストップボタンを押せば、機械が議題を選んでくれる」
「分かりました」
俺はスタートボタンを押す。
すると、議題の文字が回転し始めた。
ぐるん、ぐるん、と回転していく。
俺は深呼吸をして、もう一度ボタンを押すと、画面はある文字を表示して止まった。
”愛について”
また難しい議題を選んでしまった……。
でもそれは仕方ない。
議題は相手も同じ。
もっとも瑛人はどう思っているか分からないが。
「では”愛について”キミたちなりの議論をしてもらおう。何かひとこと言っておくことがあればテレビ放映されない今のうちに言っておくといい」
すると瑛人はにっこりと笑っていった。
「僕は負けないよ。父さんの息子として負けることはありえない」
村田義彦は瑛人の言葉を聞いてうんうん、とうなずいていた。
まるで自分の息子が負けるはずがないともいいたげだ。
それにしても、自分の息子の命を簡単に差し出せる父親……か。
「俺も絶対負けない」
やっぱり狂ってる。
俺は力強くそういった。
少なくとも、俺が勝てば瑛人が死ぬことはないだろう。
本来の父親がここにいて、息子を殺すなんて出来っこないから。
「では、ディスカッションスタート」
こうして俺と瑛人の異例のディスカッションが始まった――。