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夏休みが終わり数日経った。
いつも通りの学校。
いつも通りの声。
けれどいつも通りじゃないものがある。
私と瑞稀の距離感。
私が勝手に意識して彼を避けてしまう。
好きなのに、話すことができない。
彼が話しかけてくれても素っ気ない態度で逃げてしまう。
私はいつまで経っても弱くて逃げ腰で仕方がない。
私は、何をしているのだろう。
その時、踊り場から声が聞こえた。
あの日から頭からこびりついて離れない佐藤先輩の声だ。
「そういえばさ、堤と付き合ったこと平川くんに言わなくていいの?」
「言わないよ、泣かれたら困るし」
笑いながら答える佐藤先輩へ怒りが募る。
「それにさ、普通に迷惑だから。一緒に帰りたいって堤に見られないように必死だったし 」
怒りが沸点に達した。
そんなふうに言われるなんて悔しい。
「そんなふうに言わないでください!」
「は?」
飛び出して喧嘩を売るように怒鳴っていた。
「瑞稀はあなたの事が心の底から好きなんです。あなたみたいに軽い人じゃない! 」
「瑞稀の気持ちも知らないくせに悪く言わないでください」
散々大声で怒鳴っているくせして私の目からは涙が出てくる。
きっと、怖かったんだと思う。
「あなたこの前夏祭りで瑞稀くんといた子?」
「選ばれなかったんだ、瑞稀くんは私のことが好きだもんね」
心の奥底をついてくる棘のある言葉だった。
図星だからこそ刺さって痛い。
「瑞稀は貴方なんかでも好きだって楽しそうに話してました。なんでこんな人、」
「凛華、だめだよ」
振り向くと瑞稀がいた。
あの日、私が恋をしたあの目と同じ。
私を見てくれてる目だった。
「すいません。先輩。俺迷惑だなんて気づきませんでした」
「堤先輩とお幸せに」
「え、ちょっと待ってよ瑞稀くん」
「凛華、行くよ」
彼は私の手を引き早足で歩く。
いつもの彼からは想像できないほど強い力だった。
「瑞稀、痛いよ」
「あ、ごめん」
少しだけ手首が赤くなっていた。
それに少しだけ痛みがある。
「瑞稀、ごめん。私が出しゃばったから」
「いや、凛華が気にすることじゃないから。俺、先輩に上手く気持ち伝えられなかった」
「これだけ心残りなんだよな。堤先輩が好きなのは知ってたけど失恋ってキツいよな」
何も言えなかった。
出かかった好きも、私がいるという言葉も全てしまった。
今の彼に必要なのは酷い失恋をしたのを慰めてくれる友人。
私がその役を喜んでする。
貴方の隣にいられるのなら。
「瑞稀はよく頑張ってたよ。もっと自信持ちな!」
最適な言葉だったと思う。
もう私に出来ることはこれ以外無いね。
苦しい。
誰かを騙してその人と付き合うのも大好きな人に素直な好きを伝えられないのも。
私は、幸せになれないのかもしれない。
ただ好きなだけなのに。
どうしても忘れられない。
あの時の彼の顔。
あの時の彼の声。
あの時の彼の体温。
全て、私のものにしたい。
私だけの彼でいて欲しい。
誰かに嘘をつき続けるのはもう嫌。
「水野さん、帰ろう」
教室の自分の机に突っ伏してそんなことを考えていた。
最近はいつも彼の顔が頭にある。
朝目覚めていちばんに思い浮かべるのは彼。
電車で音楽を聴きながらその曲に想いをのせるのも彼。
お風呂の湯船でぼーっとする時思い出すのも彼。
寝る前にふと考えるのも彼。
毎日、毎日言われた言葉を思い出して苦しくなる。
「うん、帰ろう」
一緒にいたくない。
古川くんと一緒にいても楽しくない。
そう思い始めてしまった。
あの日青かった空が恋しい。
窓から見える空は夕暮れ時で朱色に輝いている。
私には手の届かない、そんな空。
青いままがいい。
夜になると紺色に染まる夜空はきっと不確かで不一致な感情。
そんなものなど無くなればいいとさえ思う。
校門を跨げばもう彼は居ない。
「水野!」
振り返ると彼がいた。
校門を跨ごうとした瞬間だった。
「いつもの場所で待ってるから!」
きっとここで行けば古川くんを裏切ることになる。
彼の顔が見れなかった。
怖い。
「帰ろう、水野さん」
「うん」
古川くんは何も言わずに歩いている。
彼に会いたい。
今すぐにでも抱きしめて欲しい。
これが最後のチャンスなのだと思う。
最後の彼に想いを伝えるチャンスなのだろう。
「古川くん、」
「分かってる。水野さんは酒井が好き。でも俺は水野さんのことが好きだよ 」
「俺が水野さんを幸せにしたかった。でも水野さんの幸せはそれじゃない」
「いちばんにすらなれなかったんだ。今までごめん。ありがとう、楽しかったよ」
「ごめんなさい。ありがとう」
これから古川くんと同じ道を歩むことは無いと思う。
もう振り返ってはいけない。
反対側へただひたすらに進んだ。
何も思わずただひたすらに。
あのひと同じ夕暮れ時。
彼はいつもの河川敷に座っていた。
「酒井!」
振り返った彼を見て好きが溢れ出てきた。
「水野、来てくれたんだ」
「うん、酒井好きだよ。大好き」
気付かず泣いていた。
なんの涙なのかは分からない。
「俺も好きだよ。愛してる。瑠那」
「君の特別になりたい」
「俺のそばにずっと居て欲しい」
「うん、律ずっとそばにいて」
彼と触れた唇は温かかった。
甘くて優しい愛の味がした。