「シャンディ、俺の言うことを聞いて。危険な目に合わせたくない」
説得をしようとするが、シャンディの瞳の奥に強い意志が見て取れる。
「わたしは騎士です。夜の乗馬も野営も実戦もクリス殿下の想像よりはるかに経験していますよ」
「それはよくわかっている」
俺はこのガフ領に初めて来て、この地が常にいかに危険と隣り合わせだったかを痛感させられた。
シャンディの手のひらにはいくつもの剣だこができているし、一度だけ見てしまったからだは彫刻のように筋肉が美しく引き締まっていた。
砦も墓地もその存在だけで、これまでいかに激しい戦闘があり、厳しい環境下だったのかがよくわかった。
「どうして、男は男だけで戦争をしたがるんでしょう。男だけのものではないんですよ。女も子どもも巻き込むのにね。わたしも微力ながら加わって、こんな愚かな戦いをさっさと終わらせたいんです」
真っ直ぐにその琥珀色の瞳を向けられる。
少し怒ってむくれたシャンディが可愛い。
ああ、俺の完敗だ。
その真っ直ぐな瞳に俺は弱い。
「シャンディの気持ちはわかった。護衛をよろしく頼むよ」
満足気な顔をしたシャンディが微笑む。
シャンディには敵わないな。
「クリス殿下は最初から、素直になっていれば良いのに」
シャンディは耳まで真っ赤にして、呟くようにそう言うと、視線を逸らし再びパンを袋に詰め出した。
「ねぇ、シャンディ。さっき、図書室で言おうと思っていたんだけど」
「なんですか?やっぱり行くなとかは受け付けませんよ」
目線を合わせてもらえない。
シャンディは手を動かしたままだ。
シャンディの後ろに立つ。
「そうじゃないんだ。これだけは覚えていて。俺がここにきた理由」
「理由?」
手を止めたシャンディが顔を上げ、後ろを振り返った、その琥珀色の瞳に好奇心を映す。
「シャンディはあの植物園で最後に言葉を交わした時に言ったよね。婿に来るならシャンディのことを好きになって、辺境の地に来てもよいなと思ってきて欲しいって」
「いまでもそう思っていますよ」
シャンディがまた耳まで真っ赤にして答える。
「だから俺は来たよ」
「えっ?」
無防備なシャンディの背中を抱きしめた。
そっと長い黄色の髪に触れ、髪の毛をかき分け、耳に髪の毛を掛けながら、耳に首筋にキスをする。
「必ず覚えておいてね」
シャンディの耳元で囁いた。
そう言うとわたしを残して、クリス殿下が足早にパントリーから出ていった。
耳や首筋が熱を持つ。
わたしは動揺して、そのままその場に座り込み頭を抱える。
クリス殿下がガフ領に来た理由。
それは「わたしを好きになったから、辺境の地に婿に来た」なの?
それからは慌ただしく準備が進み、出発する頃には夜も更けていた。
「シャンディ、国境を明け方までに超えたいが可能か?」
騎士服を借りたのか、クリス殿下が騎士服姿だ。
さっきの甘い言葉を吐いていたのがウソのように平然としている。
「大丈夫ですよ。ただ、トム殿も王派の軍に見つからないようになので、正規ルートの国境越えとはなりませんよ。厳しいルートになるので覚悟してくださいね」
わたしもいまはトム殿を無事に帰国していただくことに集中しようと、心を決める。
細いトム殿は明らかに文官といった感じだ。きっと訓練はあまりされていないだろうから、少し心配になる。
「大丈夫だ。来る時も、道なき道を来たよ。クーデターを目の当たりにしたら、これぐらいなんてことはないよ。みんな、決死の覚悟だ」
トム殿が少し緊張した様子ではあるが、その雰囲気から覚悟のようなものが伝わってくる。
隣国マッキノンも国の命運をかけた闘いなのだろう。
屋敷のみんなに見送られ、わたし達は出発した。