「国主のダンナ。もうすぐ森域に差し掛かる。覚悟してもらう意味でもあるんだが……悪ぃ、あんただけここに残さなきゃならない」
「エルフとシーニャ《獣人》は何の覚悟も無く森域に入れるってわけか?」
「まぁな! イスティ……人間が認められるには必要なんでね」
「それならさっさと進んだらどうだ? すでにフィアは先に行っているみたいだぞ?」
かなり先の方でサンフィアたちとシーニャが歩いているのが見える。ロクシュに任せているということは、それなりに気を遣ってくれたのだろうか。シーニャがおれを全く気にしていなかったのが気にはなるが、危険は無いはずだ。
幻影魔法はともかく実力差は歴然だろうし、シーニャなら平気か。
「――ったく、あいつは! じゃあ頑張れよ、ダンナ!」
いつからダンナになったんだ?
少なくともおれはエルフより年下だし、若者なのにな。
ロクシュがおれから離れ、ゲートトンネル内に一人だけ残されてすぐのこと。それまで、外からの光が僅かながらにでも差し込んでいたが、どういうわけか急に真っ暗闇になる。
とはいえ、暗い状態に変わったが特に何か見えない攻撃をされたような感じは受けない。何となくだが、僅かながら魔力が吸われているような感覚がある。
そこに、
『こんな所で誰を待っているんだい? 荷物持ちのアックくん……』
「お前は……」
『お前? 違うね、僕はSランク冒険者で、勇者さ』
これは夢だろうか?
それとも幻影の類なのか。
おれの目の前に現れたのは、かつて敵でもあった勇者グルートそのもの。こういう面倒な記憶を甦らせることが出来るのは、間違いなくエルフの幻影に違いないが、おれの中ではとっくに忘れ去った記憶だ。
「それで、おれに何か用か?」
だが目の前にいる彼は確かに存在している。
『なぁに、大したことは無いんだ。君とサシで勝負をしたいってだけのことさ』
「……剣でか?」
『はははっ! 僕は弱い者を必要以上にいじめたりはしないさ。ゴミしか出さなかったとはいえ、アックくんは魔法が使えるだろう? 魔法で勝負をしようじゃないか!』
そして相変わらず鼻につく言い方だ。
「魔法? それはおかしいな。変なことを言うものだな。勇者とはいえ、あんたは魔法を大して使えなかったはずだ」
『くっ、ふふっはははは! それは何かの冗談なのかい? ワイバーンにすらやられていた君が、僕に勝てるとでも? 君の魔力はガチャ同様にゴミだというのに、相変わらず笑わせてくれるね』
目の前にいるグルートは、まだ出会って間もない頃の勇者のように思える。荷物持ちだった頃のおれといい、ガチャが駄目だった時のことといい、まだ実力差が無かった頃の幻影らしい。
その時は確かに、魔力はともかく魔法をまともに撃てたことは無かった。勇者の記憶ではそうかもしれないが、今のおれなら問題無く勝てる。
「……いいだろう。勇者の魔法力がどれくらいあったのか試してやる」
『強気に出たようだけど、いいのかい? 本気で魔法を撃っても……』
「遠慮しなくていい。あんたじゃおれには敵わないだろうしな!」
『あはははっ! 楽しみだね、本当に……』
幻影相手だとダメージを与えられないかもしれないが、奴の自信を喪失させることは出来る。
まずは――奴の魔法ダメージを受けてやる。
もしこれがエルフからの試練だというのなら、あっさりと終わらせてやろうじゃないか。