テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,231
#ワンナイトラブ
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ねぇ、知ってる?
内緒の話、知ってる?
「ねぇ、聞いた?」
「何が?」
「穂波さん、秘書課に異動するって」
「え、まじで?」
「社長室に話に行ったって目撃情報あるの」
「まじか……事務課の未来は……」
「今日の飲み会で発表あるかな、年度末だし」
「常葉くんも結婚しちゃうし、お先真っ暗じゃん!」
「常葉くん関係なくね?」
「つかまだ狙ってたんか、うける」
「やけ酒してやる、お持ち帰りされてやる!」
「うちの社員に?無理じゃね」
◆
騒音みたいに話し声が籠る居酒屋は、仲が良い課が集って行う飲み会の時に、良く、貸し切って使用させてもらう店だ。
いつもは幹事に回るし、もちろんそれは今日だって例に漏れない。
だけど、宴もたけなわとなった今、緊張で食べたもの全てを吐き出したい気持ちでいっぱいだった。
いざ、自分がこの場に立つとは。
先に報告していた部長たちはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて私の方を見ている。
それは、あるサインを思わせるので「あの」と、空気を割るように大きな声を出した。
「ご報告することがあります」
挙手したまま立ち上がると、場の視線が一気に私へ集中したのが分かる。
こんなに静まることないのに、くそう。
心で舌打ちして、小さく息を呑む。
「3月付けで、退職することになりました」
「えっ、」
「結婚する運びとなりましたのでご報告を」
と、素直に零せばどっと堰を切ったようにどよめき出す空気。
すると、どこからともなく「穂波さぁん、置いてかないでって言ったのにぃ」と、相変わらず語尾の緩い彼女は私に抱きついては子犬みたいに潤んだ瞳で見つめる。
ごめん、と、簡単に彼女を鎮めていれば、誰からともなく乾杯を求めてグラスを手にこちらへ寄ってくる。
「お相手は?」
「もしや、本間かぁ?」
営業部の先輩が何気に発したその声で、再び場はしんと静まり返る。
…………そんな訳。
その人が下請けに異動となった今全く聞くことの無い名前だ。しかし、嫌な予感がする。
「ほら、仲良かっただろ」
「昔です、昔」
「じゃあ誰、社内じゃないの?」
「えーっと、」
助け舟をもらおうものの、マーケ部の集団(いい男揃い)に居座る彼はこちらを向いては天使スマイルだ。
あー、ほら、今度はこっちがまずいよ。どうするのこの状況。
「大里さん」
心の中で冷や汗が大量に噴き出していると、耳障りの良い声がその人の名を呼ぶ。
あぁ、嫌な予感、再び。
「俺の奥さん、からかうのやめてくださーい」
思った通り、楽しそうに彼は声を弾ませるのだから、あぁ、と、頭を抱えた。
「えっ」
「奥さん?」
「誰の?」
戸惑いを見せる店内を嘲笑うように、樹は私の手を取った。
「じゃ、退職祝いで飲み代カンパでお願いします」
「す、すみません、ご馳走様でした……」
えー!?っと、どよめく同僚たちを残して、私たちは駆け出す。
家に帰りつくと、堪らず樹の背中を叩いた。
「もう、あと三日残ってるのに、私」
怒ってみせると、彼は酔って少し上機嫌なのか屈託なく笑う。
「いいじゃん、常葉さんって呼ばれてみ?」
「え、幸せ……」
「もう無表情とか無理じゃね?」
「無理かも、緩んじゃう」
「それはそれで少し嫌だな」
「なんで?」
頬に手を当てていると、簡単に持ち上げれてしまい身体は重力に逆らい宙に浮いた。
そうして簡単にベッドまで移動させられると、色気のある瞳に捕まる。
「依愛のこんな顔見んの、俺だけでいいじゃん」
何時も自信ありげに私を攫うのに、こんな時だけ可愛く囁くから、やっぱり彼は狡い男だ。
「……見せないよ、もう、樹にしか」
今日もまた、甘い夜は眠りに落ちる。
君のとなりで、飽きるまで、ずっと。
◆
─hush×hush─
─Fin─