【緊急クエスト:強欲の皇太子リース・グリューエン クリア 】
クリアの文字がデカデカと表示され、私はほっと息をついた。
(やっと、クリア……)
気が抜けてその場にへたり込み、もう起き上がる気力はなかった。ドッと疲れが出た感じで、もう指先すらまともに動かせないぐらいに疲れていた。
緊急クエスト。リースが闇落ちしたときはどうなるかと思ったけれど、こうして自分の力で救い出せたのだと思うと満足感というか、やりきった感はある。
でも、同時にゲームであって、ゲームでない。そんな感覚もして、必ずしもクリアできるものではないという感覚もあった。現に、最後、リースが助けてくれなければ、もしかしたら混沌の手に堕ちていたかもだし。
そんなことを考えていると、私を心配そうに見つめながら、リースがこちらに走ってくるのが見えた。
「エトワール、大丈夫か」
「うん、平気。ちょっと、疲れちゃった」
と、笑って返せば、リースはほっとしたように顔を緩めたが、すぐに申し訳ないとでも言うような表情を浮べ俯いた。
「俺のせいで一杯無理させたな」
「リースのせいって……そんな、私がアンタを助けたくて」
そこまで言って、このまま言ったらまたリースが調子に乗るのではないかと口を閉じた。
リースは途中で言葉を切った私を不思議そうに見ている。
「こほんっ……確かに、一杯無理した。アンタにどれだけ話しかけてももの凄く我儘なこと言うし、自分勝手な理想を押しつけてくるし」
「す、すまなかった……その」
「でも、それをひっくるめてアンタだって。初めてアンタのあんな顔見て、私と似ているな……というか、アンタもちゃんと人間だったんだなって思って。それはちょっと、嬉しかった」
完璧すぎる、本当に二次元から出てきたみたいな男だったから。
でも、顔はたまに機械みたいに無表情になって。
「嬉しかった……?」
「アンタのこと知れたこと。付合っていた当時は何も分からなかったから」
「そうか、そうか……」
と、リースは頬を緩めながら言った。
私は、また彼が勘違いしているのではないかと思い、あれこれ言い訳を考えたがちょうど良い言葉が見つからなかった。
まあ、いい。彼も彼で思い詰めていたわけだし、少しぐらい調子に乗らせても。
「……で、でも、取り敢えずアンタは友達って言う位置だから。まだ、恋人とかの位置ではないから! あんま、勘違いしないように!」
「分かっている。それでも、そう言って貰えるのは嬉しい」
リースは心底幸せそうな笑顔を浮かべた。
それに私はむず痒い気持ちになりながらも、何だかんだリースが元に戻って良かったと思っていた。
「……あっそ」
そんな返し方しかできない自分に少し腹が立ったし、これではツンデレヒロインなのではないかとすら思った。そもそも、ヒロインという雰囲気は私にはないのだけれど。
そんなことを思っていると、リースは私の前に膝をつき、右手をとった。
そして、そのまま口づけを落とす。
突然の行動に私は驚いて固まることしかできなかった。彼はそんな私を見て微笑みながら、真剣な眼差しで見つめてきた。
「これから俺の事一杯知って欲しい。俺も、お前の事一杯知りたい。だから、これからお前の事を教えてくれ」
「……あ、え、いや、えっと」
さっきまでシリアスムードだったのに、急にそんな事言われて私は戸惑う。
彼の行動一つ一つが私にとっては刺激的で、心臓に悪い。
こんなの反則だ。
(中身が遥輝だって知ってても、そんなこと推しの顔で声で言われたら耐えられないよ~~~~!)
私のリース様推しは健在だ。
私はどう接すれば良いか分からず、取り敢えずはリースの手を握り返した。リースは心底幸せそうなかおをしているので、私はもうどうでもいいやと目を閉じる。すると、ピコンと聞き慣れた機械音がムードを壊すように響いた。
(そういえば、好感度……元に戻ったんだよね)
クエストがでた当時は、彼の好感度はー%と表示されていたが、あの好感度上昇音が聞えたと言うことは好感度の表示が元に戻ったのではないかと、私は顔を上げる。彼の頭上には確かに好感度の表示が戻ってはいたのだが。
「ええ!?」
「ど、どうした?」
「え、いや、何でもない。あはは……」
私は、咄嗟に誤魔化した。
好感度が見えるのは私だけなので、彼にしてみれば、自分の頭の上に何か乗っているのではないかと不安になるに違いない。それはそうと――――
(好感度120%ってどういうことよ!?)
私は目を疑った。
そこには確かに、120%と表示されており、爛々とハートマークが点滅していた。一体どういうことなのだろうか。
(ゲーム内では、100%になったら攻略キャラから告白されて、そのままエンディングをむかえるのだけれど)
ヒロインストーリーでは100%になったら、攻略キャラから愛の告白をされる、そうして災厄を打ち払ってエンディングに入るのだ。
ということは、もしかしてこれでゲームクリアと言うことになるのだろうか。
リースを攻略するつもりはなかったし、まだ誰が好きとかそういう恋愛感情をしっかりと持てていない。なのにも関わらず、彼の好感度は100ではなくそれを上回る120%を示している。何かのバグではないかと目を擦るが、彼の好感度は確かに120%だった。
これで、エンディングをむかえてゲームの世界から解放されるのだろうか。とか一瞬思ったが、全く根本的な解決にはなっていないし、混沌も復活したばかりみたいな感じだし。そもそも、トワイライトがいるのに私が攻略キャラを攻略キャラできるのかすら怪しかったのに。
「ひっ!」
ヴン……と音を立ててシステムウィンドウが現われる。
リースは、再度どうした!? と私を心配してくれるが、私は現われたウィンドウを見て固まるしかなかった。
【リース・グリューエンの好感度が100%を越えたよ】
【攻略キャラの好感度が100%になると、必ず愛の告白が成功するよ】
と、それは何とも無慈悲というか、無情な文字が表示されていた。
しかも、その下の説明文を読んで私はさらに愕然とする。
好感度100%で、ヒロインは愛を告げられるはずなのに、エトワールは違うのかと。
(愛の告白が成功するって何よ!? こっちから、告白しろって事!?)
つまり要約するとこうだ。
好感度が100%を越えると、こちらからの告白が必ず成功すると。まあ、表示されているとおりなのだが、ようは、こちらから告白しなければこのゲームは終わらないと云うことらしい。あちらから告白されることはないと言うことなのだろうか。あったとしても、選ぶ権利はこちらにあると。
そう考えると、頭が痛くなってきた。疲れもあって、もうどうにでもなれといった気分だ。
私は、彼の胸に頭を埋める。頭が痛すぎて身体が支えきれなかったのだ。だから、断じて身を預けたとか好きにして! とかそういうのではない。彼は私の行動に首を傾げていたが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。
(はあ、いいや……まだ考えないでおこう……)
つまり、こちらから告白しなければこのゲームを続けることができる。続けたい訳じゃないけれど、混沌を倒すまでは私はここにいないといけない気がする。聖女としての自覚が少しあるからだろうか、それとも、この世界に未練があるのだろうか。
「エトワール」
「何?」
「ありがとう」
「どうしたの、改まって」
彼は突然そんなことを言い出した。私は不思議に思いながら顔を上げる。
「ありがとう。俺を助けに来てくれて、救ってくれて」
「……うん」
「矢っ張り、お前は、巡は俺にとって世界で一番大好きな女の子だ」
と、彼は照れ臭そうに頬を掻いて言う。
私は、それをただ見つめることしかできなかった。
彼の言葉が頭の中で反覆して、胸が高鳴るのを感じた。そして、恥ずかしくて顔を背けてしまう。
(そんなこと、今言わなくても良いじゃん! 何!? さっきから、ほんとうに恥ずかしいんだけど!?)
煩いほど鳴る心臓に、私は戸惑う。
そして、彼の手を握っている手が震えているのに気付いた。
私は恐る恐ると彼を見上げる。
すると、リースの顔は真っ赤に染まっていた。きっと私も同じくらい赤いと思う。だってこんなにも顔が熱いのだから。リースが赤くなっているのは正直意外だった。そう言うの、恥ずかしがらず、ためらいなしに言いそうなのに。と、それでも彼が本気で言ったからこそそれぐらい恥ずかしいというか、勇気ある言葉だったんじゃないかなあと私は考えた。
完璧でなくていいって言った途端これだから、私は笑えてきてしまった。
「ま、まあ、まだ友達同士だし? 確かに、アンタの私の中の好感度は高い方だけど、だけど、簡単に落ちたりしないんだから!」
「ああ、そうだな」
と、彼は優しく微笑んでくれる。
(その顔……初めて見た)
純粋に笑う彼を、私は特等席で見ている気分だった。胸が温かくなったというか、キュッとなったと言うか。この気持ちが恋なのかは分からないけれど……と私も彼に笑い返す。
「さて、休ませてもらったし、そろそろ帰ろう。皆が待ってる」
「あ、ああ……」
何処かぎこちなくリースは返す。
きっとそれは、自分がこんなに滅茶苦茶にしてしまったから、貴族や他の人にどう顔向けすれば良いかという不安からだろう。
私は大丈夫だよと言う意味を込めて、彼の手を握る。
「大丈夫。私の方が嫌われているし、私のせいにすれば良いじゃない」
「ダメだ。それは、絶対にダメだ。そんなことしたらお前が」
「……一緒に背負ってくれるんでしょ? だったら、今回のこと、私も一緒に背負うから」
帰ろう。
と、再度彼に言う。彼は覚悟を決めたように手を握り返して、小さく頷いた。
私は、そんな彼に微笑んで、彼の肩を借りながら立ち上がらせてもらった。まだ、足がふらふらする。
「大丈夫か?」
「うん、平気……多分、平気……平気、じゃないかもだけど」
立ち上がった瞬間の立ちくらみ、魔力はそこまで使っていないものだと思っていたが、極度の緊張や、魔法の連射などもしていたせいもあってかかなり疲労が溜まっていたみたいで、上手く立てなかった。
彼は、私の腰を支えて立たせてくれた。
そのまま、私達は会場を出るために、私が彼を助けるために開けたであろう扉の方へと歩む。大きな扉はピシッと閉まっており、あちら側から抑えられているのか私の力では開かなかった。
そんな風に、一人扉と戦っていると、リースがガツンと足で扉を蹴った。蹴破ったまではいかなかったが。ぎぃ……と音を立てて大きな扉が開く。
「ってぇ……」
と、扉の向こうから声が聞え、開かれた隙間からは紅蓮の髪が見えて、私は彼の存在を忘れていたのだと、ハッとする。
「よぉ、エトワール。ひでえな、その顔」
「あ、アルベド!」
「……俺が死んだとでも思ってた見たいな顔しやがって」
「ま、まさか」
死んだと思ってました……よりも酷い、存在忘れてました。なんて言えない。私は誤魔化すように笑う。
しかし、彼はそんな私の心情を読み取ったかのように鼻で笑って、こちらに歩いてくる。
私は慌てて、リースの陰に隠れるように引っ込もうとするが、それよりもさきにアルベドに腕を捕まれてしまう。
「おい、アルベド・レイ公爵。それはないんじゃないか?」
「ないって、何がですか? 皇太子殿下」
と、強気にアルベドは笑う。
その胡散臭い喋り方はやめて欲しいと思いつつ、彼らのあいだに火花が散っているように見えて、私は今すぐにこの場を去りたかった。でも、腕を捕まれてしまっては逃げようがない。このまま、ほとぼりが冷めるのを待っていようと気を抜いた瞬間だった。
彼の黄金の瞳が私を射貫いた。
「なあ、エトワール。約束覚えてるよな」
「約束って……っ」
言葉の途中、彼はグッと私の腕を引いて、その唇を強引に奪った。
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