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白山小梅
12
#借金
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ハムと目玉焼きが焼ける、香ばしい匂いが春香の鼻を突く。すると脳には空腹を知らせる合図が送られ、お腹からはけたたましい音が響き渡った。
パチっと目を開くと、布団の中には春香しかいなかった。だが隣には瑠維の抜け殻らしき跡が残っていて、彼がここにいたことを物語っていた。
あれは夢じゃなかったんだーー悪夢で起きてから、瑠維が隣で寝てくれたことで安心して眠ることが出来た。
まるで抱きしめられているかのような感覚。誰かと一緒に寝るのはいつ以来だろう。
大人になってからは旅行に行っても必ず一人のベッドだった。そういえば姉の子供たちと昼寝を一緒にしたことはあったけど、あの時は確か床に雑魚寝だったはずーー。
春香は布団に潜ると、昨日はあんなに恥ずかしいと感じていた瑠維の香りに包まれてみる。確かに近くにいると、こんな香りが漂ってきていたかも……瑠維の笑顔を思い出すと、酔ってしまいそうだった。
あぁ、困った。彼の魅力に気付いてしまったら、どうやって接したらいいのかわからなくなる。
いっそのこと、瑠維くんが気になり始めてるって伝えてしまおうか。そうすれば気持ちを吹っ切って、新居も探して、気持ちは楽になれそうだ。
このまま彼の匂いに酔っていたいけど、今日はまだやることがたくさんある。名残惜しいけれど、そろそろ起きた方が良さそうだ。
それにしても朝食まで作ってくれるなんてーーこんなにやってくれる男性、今まで会ったことがなかった。
春香はキャリーバッグの中から服を取り出して着替えを済ませると、隣の洗面所に移動する。
昨日の夜はすっぴんだったが、あれは暗かったから許せる。さすがに朝はきちんとメイクをして会いたかった。
とりあえずスキンケアと軽いメイクだけしてからリビングに行く。するとちょうど二人分の朝食の支度を終えたらしい瑠維が迎えてくれた。
「瑠維くん、おはよう。あの、昨日はありがとう」
「いえ、あれから眠れましたか?」
「うん、ぐっすり。朝食も作ってくれたの?」
「いえ。大したものは作れませんが」
皿にはハムエッグとサラダ、野菜スープと食パンが並んでいる。
「これだけ作れたらすごいよ」
「春香さんに褒めてもらえたら自信がつきますね」
むしろ逆な気がする。瑠維くんに褒められたら、私も自信がつきそう。
「じゃあそろそろ食べましょうか」
瑠維に促され、春香は黙って頷くと椅子に腰を下ろした。
「今日は朝イチに警察ですか?」
「うん、連絡するって言われたけど、被害届の相談をしたいと思って」
キッチンに戻った瑠維は、コーヒーの入ったマグカップを両手に持って戻って来る。
春香の前にマグカップを置くと、自分のコーヒーを飲みながら椅子に座った。
「今日は夕方から夜まで予定があるのですが、それまでは時間があるので一緒に行きましょうか」
「えっ……」
それはすごくありがたい申し出だった。やはり昨日の今日では不安もあり、誰かがそばにいてくれたら心強い。しかしすぐに返事が出来ずに口籠ってしまう。
瑠維はそれを見逃さず、春香をじっと見つめた。
「これは春香さんの気持ちですから、無理強いはしません。でも辛い時、苦しい時、誰かがそばにいると安心したりしませんか?」
それはまさに瑠維のことだと春香は思った。ここ最近は、瑠維がいてくれることで救われることばかりだったのだ。
「僕はそばにいるしか出来ないけど、警察に行ったら、嫌でも辛いことを思い出して話さないといけません。僕がもしその助けになれればと思っただけなので、判断は春香さんに任せます」
彼の言葉には説得力があった。だからこそ、否定する材料が頭に浮かばなかった。
なんだろう……まるでそのことについて知っているような、経験者のような感覚を覚える。
『何度も言いますが、もっと頼ってください。僕はあなたに頼られたいんです』
昨夜の言葉を思い出しながら、春香の心は決まった。
「ありがとう。じゃあ……お言葉に甘えて一緒に来てもらってもいい?」
「ええ、もちろんです」
そう言うと、瑠維は少しだけ口角を上げて目を細める。時折見せるこの可愛いらしい笑顔に胸を掴まれ、もっと見たいと思う。
「やっと甘えてくれましたね。すごく嬉しいです」
春香が恥ずかしそうに頬を染めると、瑠維が優しく微笑んだ。
彼に近い人たちはこの表情をきっと昔から知っているはず。つい最近知ったばかりの春香は、こうして近くで見られることにささやかな喜びを感じていた。