テラーノベル
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あれから、数日後――。
「駄目だ」
「まだ何もしてませんけど!?」
皇太子妃の執務室。ソファから立ち上がり、執務机へ向かおうとした私の前に、カイル殿下が腕を組んで立ちはだかった。
「どうせ書類仕事をするつもりだろう」
「座って目を通すだけですわ!」
「それを仕事と言う。数日前に上位魔物と対峙した上、身重なんだ。今日は休め」
「今朝からもう十分休みましたわ!」
(はあ……いちいち過保護で面倒なのよね……!)
「殿下ー! 頼まれてた報告書っす!」
絶妙なタイミングで扉が開き、ギルバートが大量の書類を抱えて入ってきた。
ドサァァァンッ!!
ローテーブルの上に、分厚い書類の山が積み上がる。
「ちょうどよかったわ、ギルバート!」
私はすぐさまソファに腰かけた。
「お前……余計なものを持ち込むな!」
「ええっ!? 殿下が『早急に精査して報告しろ』って命じたんじゃないっすか!」
「俺の執務室へ持ってこい! ソフィアに見せれば、また仕事を始めるだろうが!」
「いや、殿下が朝からずっと妃殿下のそばにいるから、しょうがないじゃないっすか!」
「ずっといるわけではない」
(いや、ほぼずっといるんだけど。仕事までここに持ち込んでるし)
ギルバートが苦笑しながら、一番上の書類を開いた。
「公爵邸に別邸、秘密の軍事訓練施設。それから幽霊商会の関係先まで、一斉に捜索したっす」
「それで?」
「裏帳簿に武器や軍馬の購入記録、私兵の給与台帳……。裏付けが取れただけでも、不正に動かされた金は数億ルク規模っすね」
「す、数億!?」
思わず立ち上がりかける。
「座っていろ」
すかさずカイル殿下に肩を押さえられた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ……!」
私は震える指で報告書を指差した。
「私があれだけ苦労して暴いた1000万ルクは……もしかして、誤差の範囲?」
「誤差ではない」
カイル殿下が真顔で言い切る。
「お前があの1000万を見つけたから、ここまで辿り着けたんだ」
(慰められてるけど……それはそれで複雑なんだけど!?)
元経理部として……なんか悔しい。
不正は十年以上にわたり、複数の幽霊商会を経由しながら組織的に行われていたらしい。
「……最初から、反乱の準備だったってこと?」
「ああ。それだけではない」
カイル殿下が、一枚の古びた羊皮紙を取り出した。ヴァンクロフト公爵家の蝋封。その隣には、見覚えのない他国の紋章が押されている。
「これは?」
「ルファード王国との密約書だ」
「……え?」
「ルファードがルミナリスへ侵攻した時から、公爵は敵国と通じていたらしい」
カイル殿下が、密約書の一節を指差す。
『帝国にて武装蜂起した際、ルファード王国は軍事支援を行う』
「それから……こっちも見つかったっす」
ギルバートが、二枚の羊皮紙を並べた。
「ソフィア様ご自身の記録っすね」
「私の?」
「一枚は、公爵の娘として提出された偽造出生証明書。もう一枚は――ルミナリス王家の出生記録っす」
古びた羊皮紙には、ルミナリス語が並んでいる。読めるはずがないのに――なぜか、その意味が自然と頭へ入ってくる。
「第一王女……ソフィア・セレネ・ルミナリス」
その下には、生年月日と父王、母妃の名。そして、王家の紋章。ギルバートが私を見つめた。
「正真正銘――聖国ルミナリスの王女様ってことっすね」
***
その後。 カイルは一人、父の執務室を訪れていた。 机の上には、封印書庫から持ち出された機密文書が並んでいる。
先帝による魔石採掘命令書。境界守から提出された、採掘中止を求める警告書。改竄前の事故報告書。 そして――境界守一族への討伐命令書。
「父上」
「何だ」
「この記録を、すべて国民へ公表してください」
「……ならん」
皇帝が険しい表情で立ち上がった。
「先帝は警告を無視して採掘を続け、境界を損傷させた。その責任を隠すため、一族へ罪を被せた」
拳が、わずかに震える。
「それを認めろと言うのか!? 皇室の権威は地に落ちるぞ!」
「しかし――」
「諸外国はここぞとばかりに揺さぶりをかけてくる! 議会も黙ってはいまい!」
カイルへ詰め寄った。
「最悪、余は退位を迫られる。そうなれば――お前が若くして、すべての批判を背負うことになるのだぞ」
「承知しております、父上」
「お前は分かっておらん!」
「その覚悟の上で、申し上げております」
カイルは、父から目を逸らさなかった。
「真実を知ってなお隠すなら――それは、俺たちの罪です」
長い沈黙の末、深く息を吐いた。
「……お前も、随分変わったな」
わずかに目を細める。
「ソフィアか?」
「はい」
「……まさか、あの婚姻がお前の支えになるとはな」
机の上の文書へ、視線が落ちる。
「余は即位後、封印書庫から事件の真相を知った」
「何度、公表しようと思ったか分からぬ。あの事故でお前の母を失ったのだからな。だが――国が揺れることを恐れた」
苦々しく息を吐く。
「公爵も、改竄前の記録を握っていた」
「……それで、脅迫を?」
「公表されたくなければ――ソフィアを皇太子妃へ迎えろ、と」
しばらく、重い沈黙が落ちた。
「だが――」
カイルが顔を上げる。
「きっかけはどうであれ、よい伴侶を得たな。カイル」
「はい」
「ならば、その伴侶と共に背負ってみろ。皇室の過去も――この国の未来も」
「承知いたしました、父上」
もう一度、机の文書へ目を落とす。
「余も、自らの責任から逃げるつもりはない。すべて――白日の下に晒そう」
***
その日の夜。皇帝陛下との話し合いを終えたカイル殿下と私は、月明かりに照らされたローズガーデンを歩いていた。
「……それで?」
「何だ」
「随分と難しいお顔をしていらっしゃいますけれど。陛下と、何かございました?」
カイル殿下は少し迷ったあと、口を開いた。
「父上から、俺たちの結婚について聞いた」
「私たちの?」
「ああ。ヴァンクロフト公爵が、俺との婚姻を要求したらしい。皇室の過去を公表すると脅してな」
「……そうでしたの」
それきり、カイル殿下は黙り込んだ。
「何ですの、その顔は」
「いや……始まりから、すべてあの男に仕組まれていたと思うとな」
「ふふっ」
私はカイル殿下の前へ回り込んだ。
「始まりなんて、どうでもいいですわ」
「……何?」
「公爵が決めたのは、私たちを結婚させるところまででしょう?」
私は、その手を取った。
「あなたに惹かれたのは、私の意思ですわ」
カイル殿下が目を見開く。私は小首を傾げた。
「それとも何ですの? 殿下の気持ちまで、誰かからの命令ですの?」
「そんなわけがあるか」
カイル殿下は目を細めると、私の頬へそっと手を伸ばした。
「……本当に、お前には敵わないな」
「あら。今さらお気づきですの?」
指先が、そっと私の顔を上向かせる。彼の顔が近づいて――。
「殿下ーーッ!!」
夜の庭園に、聞き慣れた声が響き渡った。 カイル殿下の表情が、一瞬で凍る。
「……ギルバート」
全力疾走で駆けてきたギルバートは、私たちを見て急停止した。
「あ」
「何だ」
「……俺、もしかしてめちゃくちゃ邪魔?」
「さっさと用件を言え!」
「怖っ!」
息を整え、一枚の書類を差し出す。
「公爵派について緊急報告っす。公爵邸から押収した暗号書簡を諜報部に解かせたんすけど……一通、妙なものが」
カイル殿下が紙を受け取り、私も横から覗き込む。
『白鹿を追う次代の冠が、森に伏す時――第二の鐘を鳴らせ』
「……次代の冠?」
「俺だろうな」
「公爵派の連中、まだ何人か尻尾を出してないんすよ」
紙面を見つめたカイル殿下の口元が、吊り上がった。
「――いいだろう。ならば、こちらから鐘を鳴らしてやろう」
コメント
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第63話、読み終えました……! いやもう、ソフィアの「始まりなんてどうでもいい、惹かれたのは私の意思です」っていう台詞、本当にぐっときました。過去の仕組まれた結婚からここまでの信頼関係、尊すぎる……。あとカイル殿下が皇帝に真実を公表する覚悟を見せたシーン、胸熱でした。暗号書簡の不気味さもいいスパイスで、次が気になりすぎます! ひよりさんの書く「闇→光」への昇華、本当に美しいです😭🤍
世羅 鈴🎨🎤
414,952
花月夜れん
3,156
ひより
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#ロマンスファンタジー
Jasmine
1,008