胸ポケットで携帯が震えるのを感じ、ジェシーはスマホを取り出す。上司からの電話だ。
「はい」
最近になって、この夜の雑踏の中で電話をするのは至難の業だということに気づいた。何にしろ相手の声が聞き取りづらい。
「えっ…? ……はい、わかりました。確認しておきます。失礼します」
はあ、とため息をつき鞄にしまう。
ジェシーは亡き父親が勤めていた音楽会社に中途採用枠で就職した。それもせめてもの報いになればいいな、と思ったから。
実際、趣味である音楽に携われるのはすごく楽しい。しかも、そこそこ偉い上司に「声もいいし歌とかいけるかもな」と言われたくらいだ。
しかし歌手活動となれば、個人情報が流出して昔の正体がばれてしまうかもしれない。そんなことになったら5人にも迷惑がかかる。
だが、歌が好きなのも事実だ。
人混みをかき分け、駅に向かう。
「あっ」
信号が点滅した。急がなきゃ、と思ったが渡る寸前に赤になった。諦めて立ち止まる。
と、「……あれ」
横断歩道の向かいに、とある男性を見つけた。
人々がたくさんいる中で目がとまったのは、どこかで見たことがある後ろ姿だったからだ。
束の間に思考を巡らせ、思い出す。確信するよりも前に、声が出ていた。
「大我!」
と言ってから、とっさに口を手で覆った。しまった、そんなわけはない。
彼は振り向かない。そのまま雑踏に紛れた。
絶対に大我だった。そう問われれば、イエスとは言えない。
あの風になびいた少し長めの髪やまとう雰囲気が、どことなく似ていた、というだけ。
なのに声に出してしまった。
でも気づいていないならいっか、と歩き出す。
しかし、黒髪?と思いとどまる。ストーンズにいたころの彼は金髪だったのだ。
そんな偶然ありえないよな、と家路を急いだ。
「大我!」
薄っすらのようではっきりと聞こえたような気もした。こんなところで自分の名を呼ぶ人はいないから、嫌でも耳が拾ってしまったのだろう。
この声は、ジェシー。
振り向きたかった。顔を一目見たかった。でもそれはいけない。
このもどかしさをどうすればいいのかわからなくて、足早にその場を去った。
みんなは今どうしているのだろうか。懐かしい記憶が去来する。
始めにこの6人が集まったのは、闇サイト上でだ。恨みを晴らしたい人、ストレス発散をしたい人、ただ単に興味があった人、様々だった。
そして一回会ってみるか、と高地が言いだして集まり、まるで友達のように意気投合した。自分たちで組織を作ろう、となってストーンズに変貌した。
それまでは普通の大学生や社会人だったのに、そこから二足の草鞋を履くことになった。
今、みんなは何をしているのだろう。ジェシーは自分と同じようにスーツを着てサラリーマンになっているのだろうか、はたまた違う仕事をしているのか。
もうみんなそれぞれ連絡先もすべて消してしまったから、連絡手段がない。それで悔いはなかった、はず。
こぼれそうになる涙を、必死に大我はこらえる。
約束は守らなければいけない。
それが、あの業界の掟だった。
裏切りを防ぐためでもあるからだ。
もし破れば、命はない。
だから、何があっても6人の間の決め事は守り抜く。
そのことが、彼ら――殺し屋――の仕事なのだから。
終わり
※最初に「登場人物」を挿入したため、表示されているストーリーの番号がややこしくなってしまい申し訳ございません。
コメント
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ものすごく面白かったです!