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榊たちを送り届けたあと、急いでインプを自宅に走らせた。
マンションの地下駐車場車の指定の場所に停車しエンジンを切っても、助手席にいる宮本は顔を俯かせたまま微動だにしない。
「雅輝?」
「…………」
「降りるぞ。歩けるか?」
あえて問いかけてみたものの、膝の上に置いた両手を握りしめるだけで、言葉としての反応がない恋人にうんざりしながら、橋本はしばし考えた。
「まったく、困ったお客様だな。しょうがねぇから、お姫様抱っこで運んでやるか」
「やっ、そんなことを陽さんにさせられませんっ!」
宮本が絶対に食いつく話題で会話が成立したことに、橋本は安堵のため息をつく。カラ元気でも、らしくない姿を見るよりマシだと思えた。
「だったら自分で歩けよな。おまえが降りないと、インプの鍵が閉められないだろ」
シートベルトを外しながら注意を促し、宮本のシートベルトもついでに外してやった。
「だって……」
「そうかそうか、甘えたの雅輝はお姫様抱っこを、恋人の俺にしてほし――」
「してほしくないです! 自分で歩きます」
宮本は大声で喚くなり、逃げるようにインプから飛び出した。
憐れんだ雰囲気を含む宮本の視線を車外からビシバシ受け止めつつ、橋本はインプから降りて素早く鍵を閉め、ポケットに手を突っ込みながら歩き出す。
橋本の少し後方を歩く宮本の気配を、足音で察知した。
「陽さん、俺……」
駐車場からマンションのエントランスに入った瞬間、震える声が歩いていた足を止める。
「話なら、家に帰ってからしろよ。おまえの言いたいことくらい、わかってるけどさ」
橋本は足枷でもつけてるような重たい足取りをした宮本の腕を掴んで、引っ張りながら自宅に向かった。
ここを出る前は、それなりに甘い雰囲気だったのに、今現在の真逆すぎる様子に、橋本は奥歯を噛みしめる。できることなら過去の恋をなかったことにしたいくらいの、やるせない気持ちになった。
そんな想いを胸に秘めたまま自宅に到着、靴を脱ぐのにまごつく宮本をまたしても無理やり引っ張って、リビングのソファに座らせた。
「おい、雅輝」
隣に座りながら声をかけたら驚いたのか、宮本はソファの上で思いっきり躰を飛び上がらせる。あからさますぎる過剰な態度に橋本が言葉を飲み込むと、いきなり深く頭を下げた。
「ごめんなさい。俺のせいで、陽さんの心を傷つけてしまって」
「そのことなんだけどさ、おまえがそうやって責任を感じるほど、今回のことで俺は傷ついちゃいないから」
「嘘……」
「雅輝に嘘なんかつかねぇよ。仮についたところで、一銭の得にもならないだろ?」
つらそうに眉根を寄せて自分を見つめる宮本の頭を、橋本はこれでもかというくらいに、ぐちゃぐちゃに撫でてやる。
「陽さん、俺がこれ以上落ち込まないように考えて、相当無理してるでしょ」
「案外、めんどくさい男だな。俺、そういうの嫌いだぞ」
「俺を嫌いになって、陽さんが楽になるのなら、それでも――」
宮本の頭を撫でていた手を使って、自分を見るように髪の毛を強引に鷲掴みした。
「おまえの言う通りにして、俺がこのまま嫌いになってもいいのか? 雅輝の気持ちは、そんなに軽いものなのかよ?」
橋本の問いかけに、宮本の垂れ目がカッと見開かれた。強い光を放つ眼差しから、視線を逸らすことができない。
「俺はもう嫌なんです。自分のせいで、好きな人が傷つく姿を見たくない!」
「さっきも言ったろ、俺は全然傷ついちゃいないって。むしろ気を遣いまくって、変な態度をとられることのほうがショックだぞ」
「そんな……。俺、どうすればいいの?」
橋本が髪の毛を掴む手を外すと、宮本は頭を抱えてふさぎ込んだ。
「くだらないことで、いちいち深く悩むなって。そうやって悩んでると、いつまで経っても結婚できないんじゃないか」
無駄なことで悩む恋人をどうにかしたかったのと、結婚について榊と喋った経緯が橋本にあったからこそ、結婚という二文字が口から飛び出てしまった。
「結婚?」
宮本は聞き慣れないワードに反応するなり、目を何度も瞬かせる。
自分に気を遣って顔色を窺う宮本が、唐突に出てきた結婚という話題に、ふたたび困惑するのが想像ついた。
「や、あのな――」
「俺としては、陽さんと結婚したいと考えてるので、悩むことはしないです」
「( ゚∀゚)・∵ブハッ!」
いきなり繰り出された宮本のストレートに、橋本は思いっきり吹き出した。
「陽さん、大丈夫ですか? 変なことを言ったつもりはないんですけど。もしかして嫌だったとか?」
(ヤバい。雅輝は無自覚で、ストレートな言葉をぶちかましてくる男だった。下手な計算をしない分だけ、衝撃が半端ない――)
橋本は頬の熱を感じながら、上擦った声で当たり障りのない返事をしてみる。
「へへへ変なことじゃないと思う、うん。それに嫌じゃない、大丈夫だ!」
「だったら、俺と結婚してください」
「(゚Д゚)、;‘.・グハァ」
いきなりプロポーズされた衝撃に耐えきれなくなり、口元を両手で押さえて顔を俯かせた。
「陽さん?」
「……どうしてこのタイミングで、そんなことを言い出した?」
「それは――その……。今日4人で、三笠山に行ったじゃないですか」
「ああ、そうだな」
橋本の問いかけに、宮本はぽつぽつと言葉を繋いでいく。
「和臣さんを助手席に乗せて、峠を下っていきながら、陽さんたちをバックミラーでちゃっかり見てました」
「うん……」
「キョウスケさんは、結婚しているのがわかっているけど、えっと……陽さんと並んでる姿は、俺よりもお似合いだなと思ってしまって」
「何を言い出すかと思ったら、お似合いなわけないだろうに。アイツの隣に似合うのは、和臣くんだけだろ」
「でも俺の目にはふたりの並んでる姿が、しっくりきてしまったんです! 何ていうか、紳士服専門店のモデルみたいに見えてしまったというか」
ツッコミどころ満載な宮本の言葉に「なんだそりゃ?」と言いかけて、言葉をくっと飲み込んだ。好きだった男と並んでるところを見て、不安にならない恋人はいないことに気がついたから。
「……雅輝それって、ただ妬いてるだけだろ?」
間違いなく、確信をついていると思う言葉を告げてやった。